第十四話 麒麟が来る(前編)
GW明け一発目の投稿になります。
何を血迷ったか山のエッセイも書き出したので、不定期連載になりますが区切のいいところまではなるべく続けて更新したいと思います。
珍しく白沢は腹を立てていた。たまにしかない休日に、しかも大好きな蕎麦を食べている所を邪魔されて何用かと思えば親分が昼から酔っぱらってどこかに置き忘れた十手を探して欲しいというものだった。
親分も昨日徹夜で仕事をしたので今日は休みだったそうだが、酒好きの親分は寝ないでそのまま朝から酒を飲んでいたそうだ。
それならそうで十手は家にでも置いていけばいいのに、腰にさしたままふらふらと飲み歩いているからどこかに置いてきてしまったのだ。
寝不足の上に朝から飲み歩いていてどの店を回ったかも覚えていないらしいが、十手が腰にないことに気がついて一気に酔いがさめたようだ。
確かに十手は岡っ引きの必需品でお上からの預かりものだ。無くしたとあっては親分は職を失うだろう。
親分は青ざめた顔で白沢に協力を嘆願してきた。
協力って言っても白沢に全部頼りきりなのだが、とにかく親分は必死で頭を下げる。
白沢はため息をつきながらも、親分の腰ひもから十手の匂いを辿って、三軒目の店の座布団の下で十手を見つけた。
あまりにくだらないことで休日を使ってしまって白沢は怒っているのだ。
さすがに親分も悪いと思ったのか、お礼にと草餅を包んで渡してきたがそれくらいで白沢の機嫌は直らない。まあ、もらう物はもらう。
白沢はぷりぷりしながら草餅を大事そうに抱えたお舞と一緒に診療所への戻ってくると、診療所の前に誰か立っている。
かなり長身の男の様だが、今日は休診日なので断らなければならない。ただ、もし急患であれば対処しなければ、そう思って近づくと明らかに人ではない気配であった。
しかもかなり強い気配だ。
ただ、それは剣呑な気配ではなく懐かしい気配。
白沢が近づいてくるのを察知してその長身の男がくるりと振り向いた。
「やっと帰って来たか、久方ぶりやな、白沢よ」
振り向いた長身の男は白沢の古いなじみである者であった。
「麒麟じゃないか、いつ日本に?」
麒麟と言うのは白沢と同じく中国に伝わる神獣で獣類の長とされる。某ビール会社のラベルにもなっている姿が有名であるが、もちろん今は人間の姿である。
日本と言う国は天皇や征夷大将軍が政を行うことはあったが、基本的には都から離れた地方の豪族や荘園と言う領地を持った公家、神社仏閣などは独立勢力として存在しており、日本全てにおいて掌握していたわけではないと考えられている。
それを初めて全て支配下においたのが豊臣秀吉であり、平和な時代への第一歩となった。その際、大坂(大阪)で太平の世の前兆と言われる麒麟が出現したといううわさがあった(諸説あり)。
ただ、麒麟に言わせれば当時たまたま戦火が激しくなった隣国の日本がどういう状況か皇帝からの依頼で調査に来ただけで、来た時には秀吉による小田原城攻めが終わったころなのでもうほとんど戦は無くなっていたらしい。
もちろん平和を運んでくるとかそういう気は毛頭なかったそうなのだが、まあそう思われているならそれでいいかとも思っている。
白沢と麒麟は白沢が唐(今でいう中国にあたる)にいる頃からの顔なじみだが、前回日本の大坂(大阪)に来た後で京都で白沢と会い、しばらく寝食を共にしていたのだ。
「ひとつきほど前や、百年ぶりというところかな」
「うむ、そうだな」
二人とも旧知の間柄らしく微笑を浮かべて会話している。
「この御仁は白沢殿の知り合いか? 人ではないようじゃが」
お舞が白沢に尋ねる。
「なんや、かわいい子供を連れとるな、初めまして大陸から来た麒麟や、よろしゅう」
「ほう、大陸から? ならば白沢殿と同じじゃのう、わらわは山の神の娘で今は白沢殿の助手をしておる、名は舞じゃ」
「お舞ちゃんか、よろしゅう」
二人が挨拶を済ませたのを見て白沢が話を続ける。
「しかし今の日本は人よりも犬を大事にするほど平和だぞ、おぬしの出る幕ではないのではないか?」
「だから、あれはたまたまやと言ってるやろ。わしが来たくらいで戦が無くなるんやったら誰も苦労せんわ、大体わしが帰った後日本ではまたひと悶着あったやないか」
麒麟は日本に居た当時大坂(大阪)の堺に住んでいたため、言葉が上方なまりになっている。
「はは、冗談だ」
白沢が九郎の肩をポンと叩く。
「しかし白沢よ、おぬしはすっかり言葉遣いが変わったのう、以前は完璧な京ことばやったのに今はすっかり江戸に染まったか」
「郷に入りては郷に従えだよ」
ちなみにこの小説ではあまり昔っぽい言葉は使わず現代的な言葉遣いにしているが、作者が面倒くさがって現代語にしているのではなく、読者が読みやすくなるよう配慮しているということを記載しておく。
話を戻そう。
「では、何用で日本に?」
白沢が問う。
「うむ、じつはちょっと人探しや。以前日本に来た時に京で茶碗を買って土産に持って帰ってんけど、二か月ほど前に割れてもうてな。どうしてもそれと同じものが欲しくて日本にきたんや。しかし、京では見つからんかった」
「確かになにやら京の町で買ってきた茶碗をえらく気に入っていたな。とはいえ、百年前に買ったんだからそりゃ茶碗の作者も無くなってるだろ」
白沢があきれた顔でいう。
「そらわかってるわ、せやけど子供なり弟子なりに技術が引き継がれてるやろうから、その線でさがしてみたんやが……」
「見つからなんだか?」
お舞が言葉をはさむ。
「そや、で色々調べた結果わしが買った茶碗を作った先代の息子がどうも江戸に引っ越してなにかの店をやっているらしくてな、でも店の名前まではわからんかったし、どうも陶芸の工房とかではないらしい」
「それで、江戸に来たという訳か、ずいぶんとその茶碗を気に入ったものだな」
「そら、百年使えば愛着もあるし、なによりこの茶碗で食う飯が美味い」
「でも手掛かりもなしに探すのは大変だぞ、江戸だって広いし」
「そこで、おぬしや」
麒麟はにやりと笑う。
「え?」
「おぬしは昔から探し物が得意やったろ?」
白沢は困惑した顔で手のひらを横に振る。
「わしが探し物が得意のいうのは元々手元にあったものが無くなった時にその痕跡を終えるという話じゃ、最初から顔も知らん陶芸家の子供や弟子なんぞ探せんぞ」
「まあ、そういわんと、匂いを辿れんでも江戸の暮らしが長いおぬしなら力になってくれると信じて訪ねて来たんや、頼むわ! 時間はかかってもええから、仕事が暇なときにでも探すの手伝どうてくれ」
「時間かかってもって……その間おぬしはどうするんだ?」
「隣見てみ」
麒麟が診療所の右側の親指で指す。白沢が診療所に隣りを見ると、隣にあった空き家がいつの間にか貸本屋になっていた。
看板には『貸本 麒麟堂』と書いてある。
当時江戸では様々な書籍が版元から出ており、江戸庶民の楽しみになっていた。戦が無くなり平穏な時代になったこともあり、教養として楽しむために読書をするようになったのだ。それだけ江戸には庶民でも読み書きができる人が多かったとも言える。
「いつの間に……、これはお主が?」
「そういうことや、しばらく江戸に住むために貸本屋をすることにした。上方からも本をいっぱい持ってきたからな。これからはお隣さんや、よろしゅう頼むわ。それと今わしは麟太郎と名乗っとるからそう呼んでくれ」
唖然とする二人に麒麟が続けて言う。
「取りあえず引っ越し蕎麦でも食いに行こか、わしのおごりや」
そうして、白沢達は元居た蕎麦屋に戻って行った
続く




