第十一話 ヤング大岡越前と犬と鈴(中編)
この時代の将軍は徳川綱吉であり、有名な「生類憐みの令」を制定した将軍でもある。この法は「天下の悪法」とも評されることが多々あるが、それは子犬を捨てたものが市中引き回しの上、獄門になったという逸話(真偽はともかく)がある程、罰が厳しかったことや多くの野良犬を保護して莫大な銭がかかったためと言われている。
犬を飼っていた筆者としては子犬を捨てるような者は厳罰に処されても同情はしないが流石に獄門はやりすぎだと思う。
ただこの法令は犬だけでなく捨て子をした親を厳罰に処したり、病人にやさしくする等の条例もあり、動物愛護と社会福祉を足したような法であったとも後年は考えられている。
白沢も罪と罰のバランスはともかく、法の持つ全体的な趣旨には賛同する立場であったので、綱吉のことは嫌いではない。
「その探し物とは?」
「鈴だ」
「鈴?」
白沢とお舞は同時に言って顔を見合わせる。
「鈴と言ってもただの鈴ではない。元々大権現様が身に着けていた由緒正しき魔よけの鈴なのだ」
「それがどうして?」
白沢が聞くと忠助は苦々しい顔をしてより小さな声で囁くように話し出した。
「代々将軍家において跡継ぎに渡される鈴なのじゃが……上様が犬をかわいがられているのが存じておるな?」
「ええ、なんでも百頭以上の犬を飼っておられるとか」
「その中でも最もかわいがっている犬が“ちん”という犬種で最近生まれた子犬がいるのじゃが、その子犬をかわいがるあまり首輪にその魔よけの鈴をつけられたのじゃ」
「ほう、おもしろい、では次の将軍は犬であるか?」
お舞がからかうように言う。
「笑い事ではない。それだけでもそのことが諸大名や民に知れたら将軍家の威信にかかわるというのに、さらに困ったことが」
「その鈴を紛失したということですか?」
忠助は黙ってうなずき話を続ける。
「やめとけばいいのに上様は時々お忍びでその犬を連れて江戸の町を散策することがおありでな、その際は我々側近もお供するのだが、先日散策から帰って犬を見ると首輪から鈴が無くなっていることに気が付かれたのじゃ」
「……」
白沢が黙り込む。
お舞も黙っている。こっちは饅頭で口の中がいっぱいだからだが。
「鈴なわけじゃから落ちた時に気が付きそうなものなんじゃが、誰も気づかなんだ。当然この話は上様と我々側近だけの秘密となり、我々側近は散策した道筋を目を皿のようにして探したが見つからなんだ」
「その鈴の特徴は何かございますか?」
「大権現様からのものであるから相当古いものではあるが、代替わりするたびに新品同様に手入れするのでそれほど骨董品には見えないはず。一番の判別方法は鈴についているお守りの内袋に葵の御紋(徳川家の家紋)が入っているので、それで確かめるのが確実じゃ」
そのとき奥の部屋からちりんと音が鳴る。
「おお、鈴の音はまさにあんな感じじゃ。白沢殿は猫でも飼っておられるのか?」
「いや、あれは仕舞い忘れた縁側の風鈴の音です。もう秋なのにいつまでもつけっぱなしでして、いい加減仕舞いまする」
「話はそれたが、もはや白沢殿が最後の希望なのじゃ、将軍家、いや世の安寧の為のおもって引き受けてくれぬか」
忠助は頭を下げ懇願する。
町医者に頭を下げるエリート侍に心を打たれて……と言うわけではないが、
「承知しました。私の方で探してみますので公方様やその側近の方々があまり派手に動かぬよう普段通りお過ごしください」
「おお、かたじけない。見つけた暁には必ず礼をする故、吉報を待っておるぞ」
忠助はそう言うと安堵したような顔で診療所を後にした。
「さてと」
白沢が奥のふすまを開けると部屋の真ん中に着物を着た女性が申し訳なさそうに座っている。
「鈴竹姫さん、ちょっと聞いてた話と違うんですけどね。説明してもらえますか?」
——数日前、キノコ狩りの為多摩方面に出立する日の朝の事
旅支度をし、診療所に三日間休診の貼り紙をして出かけようとしたとき、声をかけられた。
「もし、白沢様」
白沢が振り向くとそこには高級な着物を着た年の頃は十六、七と思われる女性、しかし人ならざるものであることは一目でわかった。
「あなたは付喪神ですね、私は今から出かけなければならないのですが、どういった御用ですか?」
ここまで姿がはっきりしているのはかなりの年月を経た霊力の強い付喪神で、普通に霊感のない人からでももはっきり見える程であった。白沢からして、姿を見るまでは人か人ならざるものか判別できなかったほどだ。
「ご相談がございまして、お出かけであれば私は元の鈴の姿に戻りますのでお腰しにでもつけて連れて行ってもらえませんか、道すがらお話します」
そう言うとその女性は小さな鈴になり、白沢の手のひらにぽんと乗った。
「やれやれ、強引な方だ」
しかし手のひらに乗った鈴をそのへんに放ることも出来ず、とりあえず腰につけていくことにした。
白沢が歩くとちりんちりんと音が鳴る。
小次郎の管理する山まではまる一日かかる。その道すがら白沢は鈴の付喪神の話を聞くことにした。
この付喪神の名前は鈴竹姫。鈴の付喪神と言えば鈴彦姫が有名であるがこの鈴は今から百五十年前ほどに作られ、ある小さな大名の子供に与えられたものだそうだ。
それからこの鈴は家の守り神として代々受け継がれてきたが、今の当主がこともあろうに犬の首輪につけられたと、それだけでも屈辱なのにその犬はよだれがひどくいつも体中ベタベタにされてもう限界が来ていた。
そこであるとき、鈴竹姫は犬が外に出ている隙にこっそり紐をほどいて音もなく犬から離れ、すぐに今の女性の姿になって人ごみに紛れたそうな。
しかしながら鈴竹姫はずっとその家の中で暮らしてきたのだ、人の世の中でどのように暮らしてよいかわからず、白沢の元へ相談にやって来たのだ。なんなら白沢の元に置いてもらおうかとも思っていた。
尚、白沢の事を教えたのはもちろん九尾の狐である。
しかし、その後白沢はキノコ狩りに行き、山の神の娘を預かることになったり、急いで帰ってきたら患者が殺到したりでちゃんと相談に乗る時間が取れず今の今になったわけだが、忠助の出現でだいぶ話が変わってきた。
「小さな大名って言ってませんでしたっけ?」
白沢が腕組みをして言うと、付喪神が言い訳する。
「いやまあ、竹千代ちゃん(家康の幼少名)の為にあたしが作られたときはまだ徳川家など駿府の小さな大名でしたし……」
「あなたが付喪神になったころには、もう天下取ってたでしょうに」
「でも犬公方の鈴だというと、問答無用でもとに返されると思いましたし、九尾の狐様もその方が良いと」
「犬公方とか言っちゃだめですよ、いくらお身内でも天下人なんですから」
「あたしからしたら、犬好きの変人ですけどね、まったくろくなことしやしない」
鈴竹姫が綱吉に悪態をつく、家康とともに育った付喪神からすれば現役の将軍も出来の悪い子孫くらいに思っているのだろう。
その様子を面白そうに見ていたお舞が言う。
「しかし、奇遇なこともあるものじゃな。たまたま相談に来た鈴の付喪神を今度は役人が探しに来るとはのう。白沢殿がわらわの山に偶然来たのもそうじゃが、白沢殿は最近大当たりじゃの」
お舞の言葉には白沢がため息をつく、
「全然嬉しくないですけどね。当たるなら富くじにしてほしいです。しかし困りましたね、公方様の鈴となると話が変わってくる。私が持っている所を見つかったら投獄されちゃいますよ」
「そこをなんとか、もう犬の首に着けられるのはいやなんです」
鈴竹姫は両手を畳につけ懇願する。
白沢は腕組みをしたまま考える。
「犬に着けられなければ戻ってもいいんですか?」
「そりゃ元々は住み慣れた家ですから、でもそんなことが出来るんですか?」
「えっと、その犬とは意思疎通はできますか?」
「いえ、まだ生まれてから半年ほどの犬ですから、考えてるのはおやつの事ばっかりでまともな意思疎通はまだ無理ですね」
「ふーん、となると……」
後篇に続く




