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第十話 ヤング大岡越前と犬と鈴(前編)

今回はまた前・中・後編のお話です。大岡越前のドラマを知らない人は検索しよう!

挿絵(By みてみん)

「これ、白沢殿起きんか」

 お舞が白沢の枕もとで白沢に声をかける。

「うーん、まだ明け六つ(午前六時)ですよ」

 布団の中で白沢が眼をこすりながら言う。

「日の出とともに活動するのが神の一族のならわしじゃ」

「私は神様じゃないですから」

「おぬし神獣であろう? ではわれらと似たようなものではないか」

 そうかなあ、と思いつつ白沢はゆっくり体を起こす。朝が弱い白沢にとって明け六つは早すぎる起床であった。

「それはそうと白沢殿はやめてください。患者さん達から変に思われるのでここでは先生でお願いします」

「わかったわかった、それよりも外に人が並んでおるぞ」

「え?」


 診療所の外には白沢の帰りを今か今かと待ちわびていた患者達で賑わっていた。

 昨日の夜遅く帰って来た白沢達だが早くも情報が広まったようだ。

 白沢はふーっと息を吐き、布団をかたずけ朝支度を始めた。この時代の医者は十徳じゅっとくと呼ばれるは礼服を着るのが一般的だったが、白沢は動きやすさを重視して、緑色の作務衣を着ていた。


 急いで朝餉を食べ、なんとか準備が整ったので診療所を開ける。

「皆、待たせたな。順番に見るから番号札を取って待っててくれ」

 白沢の診療所では毎日人が殺到するため、順番待ち用の番号札を作っていた。

 待ちわびた患者たちは我も我もと番号札を持ってそれぞれ時間をつぶしに行った。この番号札の良いところは番号を呼ばれたときに居なくても、その後来た時に最優先で診療を受けられるところだ。なので番号札を持っている人間は時間を気にせず飯を食ったり昼寝をしたりすることが出来る。これはこの時代には珍しい仕組みで白沢の発明である。

「おや先生、このかわいい女の子誰だい? 先生の娘さん?」

「いや、この子は私の親戚の娘でね、お舞という。事情があってしばらく預かることになったのだが、私の助手をやってもらうからよろしくお頼む」

「そなたらのことはわらわに任せておけ、ほら先生はよう治してやれ」

 患者達は顔を見合わせ、「おもしろい喋る方をする娘じゃ」とけらけらと笑いあった。

「家が元も公家だったので話し方が変わっていますが気にしないでください」

 白沢は淡々と言いながら、患者の診療を始めた。

 結局この日は五十人もの患者を診ることとなり、すっかり夜も更けて流石の白沢も疲れ切っていた。

 お舞は最初こそ患者の体を拭く水を変えたり、薬庫から薬を取ってきたりと助手らしく手伝っていたが、ひととき(約二時間)もすると飽きたのか、奥の部屋で寝てしまっていた。


「あー疲れた、疲れた」

 診療を終えた白沢が言うと、

「わらわも疲れた」

 寝起きのお舞が言う。

「お舞さんほとんど何もしてないじゃないですか」

 白沢は怒ることもなく冷淡に言った。

「何を言うか、たっぷりひとときも働いたのじゃ、山の神の娘にしては働き過ぎじゃぞ」

「いったい今までは山で何してたんですか? ていうか昼寝ばっかりしてるから朝が早く目が覚めるんじゃないですか?」

「まあ、そうともいう」

 お舞は悪びれることなく答える。

 それよりも今日は朝餉に小次郎にもらった松茸飯の握り飯を急いで食べたきりで、昼餉もなかったではないか、早く飯にしようぞ」

 お舞はお腹をさすりながら、飯を催促する。寝てばっかりでもお腹は減るようだ。

 そんな折、戸を叩く音がする。

「御免」

 男の声だ。

「今日の診療はもう終わりましたよ」

 白沢が返事をすると、戸の向こうの男は、

「診療ではなく白沢殿に話があって参った。目立たぬよう夜の訪問になったことは許されよ」

 と言ったので、白沢が戸を開けると、一人の侍が立っていた。いでたちからするとなかなかの家柄の侍の様だ。

「拙者、上様より書院番を仰せつかっておる、大岡忠助と申す」

 書院番とは将軍直属の親衛隊のようなもので、今でいう総理補佐官と言ったところであろうか、エリートコースの侍が任ぜられる役職である。

「大岡忠助様といいますと大岡忠真おおおかただざね殿のご子息で、先日跡をお継ぎになったとか、そうですか大岡様が書院番にお就きになったのですか、そのようなお方が私にお話しとは?」

「どうでもいいが、飯の後にしてくれんかの」

 かしこまる白沢をよそにお舞がぶっきらぼうに声をかけた。白沢はあわてて忠助に詫びるが、忠助は気にすることもなく、

「それは、申し訳ない。手土産に饅頭を持参したゆえ、これで少しばかり時間をもらえるか」

「おお、気が利くではないか」

 お舞はすっかり機嫌を直し、饅頭を両手に持って食べ始めた。

「この饅頭はうまいの、さすが江戸の町じゃ」

「気に召したようで何よりだ」

 本来旗本のエリートにして幕府の重役でもある大岡忠助はこんなに気安く庶民と会話する様な立場ではないが、何事にも公平な精神を持ち、庶民を見下すような振る舞いもしないということで、江戸ではすでにその人間性が評判になっていた。

 こののち、八代将軍吉宗の時代には大岡越前守おおおかえちぜんのかみとして、江戸の町奉行まで務めた人物である。この時はまだ二十五歳。

 余談ではあるがこの時代、名前は立場とともに変化するもので、一生同じ名前の人間などほとんどいなかったとされる。


 ——閑話休題、話は戻る。

 白沢は忠助を畳の間に上げ、上座に座布団を敷いて座ってもらった。

 そもそも霊獣である白沢には将軍だろうか中国の皇帝であろうがあまり関係はなく、人ごときに気を遣う必要もないのだが、江戸の町で人間の医師として暮らす白沢の社会性を表す所作であった。

「で、どのようなご用向きでしょうか」

 忠助は少し周囲を気にしながら小さな声で話し出した。

「実は上様に関することでな、探して欲しいものがあるのじゃ」

「公方様の? それはまた大事おおごとでございますね」

「なので、ことは内密に進めたいのじゃ、頼む」

 忠助は白沢の目をじっと見て言った。

                                 中編に続く


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