↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/30

第二十五話「十秒だけ」


 【許可】


 【拒否】


 二つだけだった。


 私は箸を置いた。


 塩味のカップ麺から、まだ湯気が出ている。


 画面を触る前に、通知の詳細を開いた。


 送信元。


 第7世界線。


 要求種別。


 観測。


 観測時間。


 十秒。


 干渉。


 不可。


 取得情報。


 映像、音声。


 私はそこまで読んで。


 昨日の第104世界線を思い出した。


 一日一回。


 知らない誰かの日常を、十秒だけ見る。


 相手は選べない。


 見られる側は気づかない。


 私は、それを自分で処理できなかった。


 似ていたから。


 画面には、あと一項目あった。


【観測対象:世達】


 私だった。


 カップ麺の湯気が、画面を少し曇らせた。


「……嫌な予感しかしません」


 言ってから。


 少し違うと思った。


 嫌ではない。


 たぶん。


 私は【許可】を押した。


     ◇


【観測開始】


 何も起きなかった。


 部屋はそのまま。


 カップ麺。


 机。


 脱いだ上着。


 床に置いた鞄。


 開きっぱなしの個人端末。


 私は急に。


 鞄を椅子の横へ寄せた。


 上着を畳もうとして。


 やめた。


 今さらだった。


【残り七秒】


 見られている。


 そう思った瞬間。


 何をしていいか分からなくなった。


 手を膝に置いた。


 それも変な気がした。


 カップ麺を食べた。


 熱かった。


 むせた。


【残り三秒】


「……最悪です」


【観測終了】


 画面が戻った。


 私は水を飲んだ。


 十秒。


 それだけ。


 なのに。


 第418世界線の女性が、カーテンを閉めた理由を少しだけ分かった気がした。


     ◇


 火曜日。


 十八件。


 少ない。


 私はエグチを食べながら、昨日の観測履歴を開いた。


【第7世界線 → 世達】

【十秒】

【完了】


 観測者の欄はなかった。


 詳細。


【要求主体を特定できません】


 私はエグチを置いた。


 女性ではない。


 とは書いていない。


 女性だ。


 とも書いていない。


 世界線から。


 通知には最初からそう書いてあった。


「……確認事項がまた増えましたね」


 私は個人端末を閉じた。


 一件目を開いた。


     ◇


 六件目。


 第104世界線。


 昨日、私が別担当へ回した世界。


 処理結果が返っていた。


【判定:経過観測】


 理由。


「現象による重大な害は確認されていない。ただし、被観測者が観測を認識できず、拒否手段も存在しないため、継続評価を要する」


 私は三回読んだ。


 昨日の私には。


 この一文が書けなかった。


 似ていたから。


 今なら。


 少しだけ分かる。


 十秒でも。


 見られていると知れば、鞄の置き場所まで気になる。


 でも。


 第104世界線では。


 見られる側は知らない。


 知らないなら害はないのか。


 知らないままなら、拒否できなくてもいいのか。


 分からない。


 私は処理結果に追記しなかった。


 担当者はもう私ではない。


 それでいい。


     ◇


 昼。


 第7世界線を開いた。


 個人端末。


 春。


 縁側。


 女性がいた。


 湯呑み。


 一つ。


 膝の上に何か置いている。


 紙だった。


 私は拡大した。


 白い紙。


 文字はない。


 女性は紙を見た。


 こちらを見た。


 それから。


 紙を裏返した。


 裏にも何もない。


「……何ですか」


 当然、返事はない。


 女性は少し考えるように首を傾けた。


 紙を置いた。


 湯呑みを持った。


 私は三十秒ほど見て。


 接続を切った。


 分からない。


 でも。


 昨日までより。


 画面が近い気がした。


     ◇


 十四件目を終えたところで、秩序ちゃんが来た。


「世達ちゃん」


「はい」


「第104世界線の再割当、確認しました」


「はい」


「判断できなかったんですね」


「私が似たことをしていたので」


「そうですね」


 秩序ちゃんは書類を一枚置いた。


「それで、昨日」


「はい」


「今度は見られました」


 秩序ちゃんの手が止まった。


「誰にですか?」


「分かりません」


「……分からない相手に許可したんですか?」


「第7世界線です」


「世界線は相手の名前ではありません」


「知ってます」


「十秒?」


「十秒です」


「何を見られました?」


「カップ麺を食べて、むせました」


 少し間。


「それだけですか?」


「それだけです」


「では、先に記録してください」


「業務ですか?」


「違います」


「では始末書ではないですね」


「そこを最初に確認するんですね」


「大事なので」


 秩序ちゃんは何か言いかけて。


 やめた。


「次に要求が来たら、送信主体を確認してください」


「確認できませんでした」


「では、許可しないという選択肢もあります」


「はい」


 秩序ちゃんは行った。


 机の上の書類を見る。


 昨日の十一枚だった。


 一枚も減っていない。


     ◇


 十八件。


 終了。


 始末書、十一枚。


 昨日の分。


 今日の分、ゼロ。


 珍しい。


     ◇


 夜。


 203号室。


 醤油味。


 今日は上着を畳んだ。


 鞄も椅子の横へ置いた。


 置いてから。


 自分で気づいた。


「……何してるんでしょう」


 個人端末が鳴った。


【第7世界線から、あなたへの観測要求があります】


 昨日と同じ。


 詳細。


 観測時間、十秒。


 送信主体。


 特定不能。


 【許可】


 【拒否】


 私は【拒否】に指を置いた。


 秩序ちゃんの言う通りだった。


 相手が分からない。


 拒否していい。


 当然。


 指を離した。


 【許可】を押した。


【観測開始】


 私はカップ麺を持った。


 画面の向こうは見えない。


 誰が見ているのかも分からない。


 それでも。


 少し持ち上げた。


「こんばんは」


【残り六秒】


 返事はない。


【残り四秒】


 私は麺を食べた。


 今日はむせなかった。


【観測終了】


 すぐに第7世界線を開いた。


 夜。


 縁側。


 女性がいた。


 湯呑みを持っていた。


 女性は。


 それを少し持ち上げた。


 止まった。


 下ろした。


 私は画面を見た。


 カップ麺を持ち上げた。


 女性はもう一度。


 湯呑みを上げた。


 私は接続を切らなかった。


 十秒を過ぎても。


 見ていた。


 向こうも。


 たぶん。


 こちらを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。