第二十三話「一件、減らした」
金曜日。
案件数、二十一件。
私はエグチを一口食べたところで気づいた。
一覧の一番上。
◆ 第7世界線
異常報告ではなかった。
【長期観測対象再評価】
その下に、見慣れない表示があった。
【観測継続理由を入力してください】
昨日まで、そんなものはなかった。
私はエグチを置いた。
理由。
……。
書けなかった。
老人はもういない。
異常もない。
処理予定もない。
それでも毎日見ている。
業務上の理由は。
たぶん、ない。
画面の下に二つのボタンがあった。
【観測継続】
【観測終了】
朝から困った。
◇
一件目。
第604世界線。
住民が眠るたび、一日だけ若返る。
三十日眠れば三十日。
一年なら一年。
赤ん坊まで戻れば、それ以上は若返らない。
事故も起きていない。
ただ、世界中で睡眠時間が減っていた。
映像の中で、白髪の男性がコーヒーを飲んでいた。
「今日は三時間だけ寝ます」
隣の女性が言った。
「昨日もそう言ってた」
「昨日は四時間寝た」
「誤差でしょ」
「一時間は大きいよ」
二人とも笑った。
机には睡眠薬ではなく、目覚まし時計が七個並んでいた。
私は処理方法を開いた。
若返り現象の解除。
平均寿命への影響。
医療への影響。
人口構成。
本人希望。
数字がたくさん出た。
以前なら、全部読んでから決めていた。
今日は途中で閉じた。
代わりに、睡眠時間の推移を開いた。
世界平均、三時間十九分。
まだ減っている。
処理。
若返り現象を解除。
確認。
実行。
二十二分。
映像の男性が、ソファで眠った。
女性が目覚まし時計を一個ずつ止めた。
七個全部。
最後の一個を止めてから、自分も隣で寝た。
私は次を開いた。
◇
七件目。
第119世界線。
昨日、保留した世界。
嘘をつくと声が出ない。
新しい報告が来ていた。
住民投票。
解除、四十七%。
維持、四十七%。
未回答、六%。
昨日より悪化していた。
私はコーヒーを飲んだ。
まだ温かかった。
珍しい。
投票結果の下に、追加資料があった。
学校。
子どもたちが作文を読んでいる。
一人の女の子が前に立った。
「将来の夢は」
そこで声が消えた。
教室が静かになった。
女の子は原稿を見た。
もう一度。
「将来の夢は」
また消えた。
先生は待っていた。
女の子は原稿を折った。
「まだ、ありません」
今度は聞こえた。
何人かが笑った。
女の子も笑った。
次の子が前へ出た。
私は映像を戻した。
一回。
二回。
三回。
それから閉じた。
処理画面には昨日と同じ選択肢がある。
解除。
維持。
個別化。
経過観測。
私は経過観測を押した。
理由欄。
「判断材料不足」
入力。
消した。
「継続観測」
消した。
結局、空欄のまま送ろうとした。
エラーになった。
仕方ない。
「急ぐ理由を確認できないため」
通った。
……便利な言葉だった。
◇
昼休み。
私は第7世界線を開いた。
業務ではない。
分かっている。
春。
縁側。
昨日の女性がいた。
洗濯物を畳んでいた。
老人の席には何もない。
湯呑みも一つだった。
昨日だけだったらしい。
女性はシャツを畳んだ。
タオル。
ズボン。
白い肌着。
途中で一枚だけ手を止めた。
男物の、古いシャツ。
畳んだ。
他と同じように重ねた。
私は画面を閉じた。
観測継続理由。
まだ書けなかった。
◇
午後。
二十件目を終えたところで、秩序ちゃんが来た。
「世達ちゃん」
「はい」
「今日は早いですね」
「二十一件しかないので」
「そうですね」
秩序ちゃんの視線が私の端末へ落ちた。
第7世界線の再評価画面が残っていた。
「まだ決めていないんですか?」
「はい」
「期限は今日までです」
「知ってます」
「そうですか」
秩序ちゃんは行こうとした。
「秩序ちゃん」
止まった。
「業務上の理由がない世界を見てもいいですか?」
少し間があった。
「業務としてですか?」
「……たぶん違います」
「では、業務上の理由は必要ありません」
秩序ちゃんはそれだけ言って行った。
私は画面を見た。
少しして。
笑った。
たぶん。
◇
二十一件目。
第903世界線。
異常内容。
毎朝、世界のどこかから一軒だけ家が消える。
住民も家財も消えない。
家だけ。
住んでいた人は朝になると、更地の上で目を覚ます。
発生開始から百八日。
百八軒。
原因不明。
次の発生まで、七時間十三分。
私は資料を読んだ。
昨日までなら保留したと思う。
分からないから。
本人たちの希望も聞いたと思う。
でも。
百九軒目が消える。
それは、もう分かっている。
私は原因解析を後回しにした。
現象停止。
実行。
警告。
【原因未特定のため、停止処理による副作用を予測できません】
確認。
【実行しますか?】
私は押した。
世界が一瞬だけ暗くなった。
戻った。
家は消えなかった。
それだけだった。
原因は、まだ分からない。
始末書は十一枚になった。
金曜日なのに。
◇
業務終了。
第7世界線。
再評価期限まで三分。
私は【観測終了】を押した。
確認画面。
【以後、本世界線は通常監視へ移行します】
押した。
第7世界線が一覧から消えた。
私はしばらく、その空いた場所を見ていた。
それから端末を閉じた。
203号室へ戻った。
カップ麺にお湯を入れた。
三分。
待っている間に、個人端末を開いた。
検索。
第7世界線。
出た。
一般観測権限。
接続。
春の夜。
川。
家。
縁側。
女性が座っていた。
湯呑みは一つ。
私はカップ麺の蓋を開けた。
少し伸びていた。
業務案件は。
今日、一件減った。
画面の向こうで、女性が空を見上げた。
私も見た。




