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第十四話「めでたしの修正」


 子供の頃に読んだ本がある、という人がいる。



 私にそういう記憶があるかどうかは、よく分からない。ぱんでむに来る前のことはあまり覚えていない。覚えていないというより、掘り起こす機会がない。



 でも今日処理した世界線を振り返ると——なぜか、読んだことのない本のページが脳裏をよぎる感触があった。



 気のせいだと思う。たぶん。




───────────────────────


第一章「水曜の朝」



◆ 朝、業務室



 水曜だった。



 朝のエグチを食べながら端末を開いた。今日の案件数は二十一件。水曜としては少し少ない。コーヒーを入れた。今日は最初から温かいうちに飲む作戦だ。先週は途中で冷めた。



 一件目を開いた。




◆ 第133世界線「眠り続ける女性がいる世界線」



 概要欄を読んだ。



「【報告】第133世界線において、ある王国の王女が呪いによって深い眠りに就いてから三百年が経過している。問題は王女が眠り続けているために王国の時間が停止しており、住民も三百年間同じ瞬間を繰り返している。住民は繰り返しを認識できていないが、世界線の時間構造が劣化しており、崩壊まで残り十七年と推定される」



 ……三百年間眠っている。



 詳細を読んだ。呪いの構造を確認した。呪いは「特定の条件が満たされるまで眠り続ける」というものだったが、その「特定の条件」が三百年間満たされていなかった。条件を調べた。



 ……「真実の愛による接触」とある。



 非常に曖昧な条件だった。「真実の愛」の定義が世界線の設計仕様に記載されていない。世界線の崩壊まで十七年しかないので、私が外部から条件を再定義した。



 「真実の愛」を「当該人物の幸福を純粋に願う感情を持つ者による接触」と再定義した。



 再定義後、条件の照合を行った。王国内に条件を満たす住民が七百三十一人いた。一番近くにいた住民に接触させた。王女が目を覚ました。時間が動き始めた。



 処理時間:二十三分。



 ……「真実の愛」が曖昧な条件だったせいで三百年間眠り続けた。定義さえ決まれば七百三十一人が条件を満たしていた。



 定義は大事だと思った。業務書類でも定義が曖昧だと処理に時間がかかる。



 二件目を開いた。




◆ 第406世界線「少女が巨大な怪物に変身した男と暮らす世界線」



 概要欄を読んだ。



「【報告】第406世界線において、呪いにより獣の姿に変えられた貴族が城に引きこもって百五十年が経過している。問題は呪いの解除条件が「誰かに愛されること」であり、百五十年間その条件が満たされていないため、呪いが変異して城全体が生き物のように動き始めた。城の自律行動が周辺地域に影響を与えており、城から十キロ圏内の地形が毎週変動している」



 ……城が生き物になっている。



 詳細を読んだ。城の自律行動の原因は、呪いが長期間維持されたことで呪いそのものが「環境に適応」したためだった。呪いが進化していた。呪いの進化は想定外の事態で、設計上の問題だ。



 城の自律行動を抑制した。呪いの進化を一段階巻き戻した。地形変動が止まった。



 呪いの解除条件については、依然として満たされていないため処理できなかった。解除条件「誰かに愛されること」は外部から操作できる種類の条件ではない。



 処理時間:十九分。



 ……城は止まった。でも貴族はまだ獣の姿だ。百五十一年目が始まった。



 次の案件を開いた。




◆ 第701世界線「嘘をつくと鼻が伸びる木製の少年がいる世界線」



 概要欄を読んだ。



「【報告】第701世界線において、木製の人形に生命が宿った個体が生活しているが、当該個体が嘘をつくたびに鼻が物理的に伸長する体質を持っている。問題は個体が過去三年間で計四万七千回の虚言を記録しており、現在の鼻の長さが四十七キロメートルに達している。鼻が近隣の村にまで伸びており、地域インフラに支障をきたしている」



 ……鼻が四十七キロメートル。



 詳細を読んだ。鼻の伸長は体質によるものなので、外部から止めることは難しい。ただ、現在の鼻の長さが地域インフラに支障をきたしているのは処理対象だ。



 鼻を現在の長さのまま維持しつつ、地域インフラへの物理的干渉を無効化する処理を行った。鼻は四十七キロメートルのままだが、物を押しつぶしたり道路を塞いだりしなくなった。



 個体の体質については変更しなかった。嘘をつくと鼻が伸びるというのは個体の問題なので。



 処理時間:十六分。



 ……四万七千回の嘘。三年間でそれだけの嘘をついた個体がいる。一日あたり四十三回計算になる。



 嘘をつくたびに物理的証拠が蓄積されるのは、ある意味で正直な仕組みだと思った。



 始末書も一種の物理的証拠の蓄積だ。少し違うが、なんとなく頭に浮かんだ。



 四件目を開いた。




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第二章「午後の案件たち」



◆ 第888世界線「三匹の子豚が家を建てた世界線」



 概要欄を読んだ。



「【報告】第888世界線において、三名の兄弟が居住用構造物を建設したが、建材の強度に大きな差異がある。最も強固な建材で建てられた建物に三名が避難したところ、外部から「吹き飛ばす」能力を持つ存在が建物を破壊しようとして失敗した結果、能力の反動で当該存在の呼吸器系が損傷し、世界線の医療システムに過大な負荷がかかっている」



 ……能力の反動で医療システムが過負荷になっている。



 詳細を読んだ。「吹き飛ばす能力」を持つ存在は、三名目の建物に何度も能力を行使した結果、肺に過剰な負担がかかっていた。医療システムが一個体の治療に全リソースを割いており、他の住民の医療が後回しになっていた。



 医療システムのリソース配分を補正した。当該存在の治療に使うリソースを適切な割合に調整した。他の住民への医療が再開された。



 処理時間:十二分。



 ……「吹き飛ばす能力」で建物を壊そうとして、自分が壊れた存在がいる。建物の強度が上を行ったために起きた逆転だ。



 能力を過信した結果の自壊、ということになる。気をつけようと思った。何に気をつけるかは分からないが。



 五件目を開いた。




◆ 第329世界線「人魚が人間になりたかった世界線」



 概要欄を読んだ。



「【報告】第329世界線において、海中に生息する人魚形態の知的生命体が、地上の人間形態への変身を望み、取引によって声と引き換えに足を得た。問題は声を失ったことで当該個体のアイデンティティ認証システムが機能しなくなり、世界線の市民管理データベースから当該個体の存在が消えている。消えたことで各種権利が剥奪されており、当該個体が法的に「存在しない」状態になっている」



 ……存在しない状態になっている。



 詳細を読んだ。この世界線では声紋がアイデンティティ認証に使われていた。声を失ったことで認証不可能になり、データベースから消えた。法的に存在しないので、住む場所も、働く権利も、医療を受ける権利もない。



 アイデンティティ認証システムを修正した。声紋以外の認証方法——外見・体温・心拍パターン——を追加した。当該個体の存在がデータベースに復元された。各種権利が回復した。



 処理時間:二十一分。



 ……声を失って存在が消えた個体が、今日から法的に「いる」ことになった。



 いることと、認証されること、は違う。でも認証されないといることが保証されない世界線だった。



 私はぱんでむのシステムに認証されている。業務担当として登録されている。それがなくなったら、私は「いる」のだろうか。



 ……まあ、業務があるのでいる。それだけだ。



 六件目を開いた。




◆ 第512世界線「マッチを売る少女がいる世界線」



 概要欄を読んだ。



「【報告】第512世界線において、ある少女が極寒の夜に屋外で発熱体を販売している。問題は当該少女が使用している発熱体に、燃焼時に幻覚を引き起こす成分が含まれており、使用するたびに幻覚が生じている。少女は幻覚を現実と認識しており、周囲の状況認識が著しく低下している。気温は零下十七度。低体温症のリスクがある」



 ……零下十七度で幻覚を見ている。



 詳細を読んだ。発熱体の幻覚成分は製造上の問題で混入したものだった。少女は幻覚の中に温かい場所と、亡くなった家族の姿を見ていた。



 幻覚成分の効果を無効化した。低体温症のリスクを下げるため、少女の周囲の気温を局所的に補正した。



 少女が幻覚から覚めた。周囲の状況を認識した。



 ……処理してから、少し考えた。



 幻覚の中に温かい場所があった。亡くなった家族がいた。幻覚を取り除いたことで、少女はそれを失った。



 でも気温は補正した。低体温症のリスクは下がった。



 どちらが少女にとって良かったかは、私には分からない。ただ、幻覚は処理対象で、低体温症のリスクも処理対象だった。両方処理した。



 処理時間:十八分。



 次の案件を開く前に、少しだけ画面を見た。少女が立っていた。幻覚がない寒い夜に、立っていた。



 それでいい、のかもしれない。分からない。でも立っていた。



 七件目を開いた。




◆ 第77世界線「靴を作る小人がいる世界線」



 概要欄を読んだ。



「【報告】第77世界線において、靴職人の工房に夜間、複数の小型知的生命体が侵入して靴を製造している。靴職人は当該生命体の存在を把握しており、友好的な関係を築いているが、問題は小型知的生命体が製造する靴の品質が人間の技術水準をはるかに超えており、世界線の靴産業の経済バランスが崩壊しかけている。失業した靴職人が世界線全体で四万七千人に達している」



 ……靴産業が崩壊している。



 詳細を読んだ。小型知的生命体の製造技術は、素材の特性を完全に把握した上での最適加工を行うもので、人間の技術では再現不可能だった。結果として、小型知的生命体が作った靴だけが市場に流通し、他の靴職人が廃業に追い込まれていた。



 産業バランスの補正を行った。小型知的生命体の製造量に上限を設けた。人間の靴職人が生産できる余地を確保した。



 処理時間:十四分。



 ……四万七千人の靴職人が失業した。靴を作る小人が善意で靴を作り続けた結果、産業が崩壊した。



 善意が大規模な損害を生むことがある。ぱんでむのバーガーが世界線に影響を与えることと、少し似ている気もした。



 似ていない気もする。



 八件目を開いた。




◆ 第1000世界線「千夜語り続ける語り手がいる世界線」



 概要欄を読んだ。



「【報告】第1000世界線において、ある語り手が千夜にわたって物語を語り続けている。問題は語り手の語る物語が「現実化する」性質を持っており、千夜分の物語が世界線に物理的に蓄積した結果、世界線の空間容量が限界に近づいている。現在、世界線の物理空間の八十七パーセントが物語の実体によって占有されている」



 ……物語が物理的に蓄積している。



 詳細を読んだ。語り手が語るたびに物語が現実化し、その物語の場所・人物・出来事が物理的に存在するようになる。千夜分の物語が積み重なった結果、世界線の空間が物語で埋まっていた。住民の生活空間が圧迫されていた。



 物語の実体を圧縮する処理を行った。物語は存在したまま、占有する空間を縮小した。世界線の空間に余裕が生まれた。



 処理時間:二十四分。



 ……千夜分の物語が世界線に存在している。語り手はまだ語り続けているかもしれない。語るたびに世界が広がる。でも広がりすぎると住む場所がなくなる。



 物語は場所を取る、ということを今日初めて考えた。



 九件目以降を処理した。




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第三章「夕方と、今日の整理」



◆ 夕方。業務を終えて



 二十一件、全部終わった。夜の七時半だった。



 今日も、どこかで見た気がする世界線だった。



 三百年間眠っていた王女。百五十一年目の獣。鼻が四十七キロメートルになった木製の少年。吹き飛ばし能力で自壊した存在。声を失って存在が消えた人魚。幻覚の中に家族を見た少女。善意で産業を崩壊させた小人たち。千夜分の物語で埋まった世界。



 どれも、どこかで聞いた気がする。



 ……でも聞いたはずがない。



 コーヒーを飲んだ。温かかった。今日は最後まで温かかった。



 今日特に気になったのは、第512世界線の少女だった。



 幻覚を取り除いた。幻覚の中に温かい場所があった。亡くなった家族がいた。それを取り除いて、寒い夜に立たせた。



 正しかったのか。



 業務だった。幻覚は処理対象だった。低体温症のリスクも処理対象だった。両方処理した。



 でも処理した後に、画面から目が離せなかった。



 少女が立っていた。寒い夜に。でも立っていた。



 ……立っていた。



 それで十分なのか、十分でないのか、私には分からない。でも立っていた、ということは確かだ。



 第7世界線の観測画面を開いた。




◆ 第7世界線



 夜だった。春の夜だ。雪がない。空気が変わった感じがした。



 老人が縁側にいた。今日は一人だった。何かを持っていた。カップのようなもの。お茶か、何か温かいものだろう。



 夜の空気の中で、温かいものを持っている老人がいる。



 今日、寒い夜に立っていた少女を処理した。少女も今夜、どこかに立っているだろう。幻覚なしで。寒いまま。でも立っている。



 老人は縁側に座って、温かいものを持っている。今夜は寒いかもしれないが、温かいものがある。



 ……第7世界線を見るのは、確認だと先週思った。



 何の確認かまだ分からない、とも思った。



 今日少しだけ分かった気がした。



 今日もここにある、という確認だ。



 老人がいる。縁側がある。川がある。村がある。今日も。



 それを確認している。



 なぜ確認するかは、まだ分からない。でも確認することは分かった。




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第四章「今日の終わり」



◆ 夜。203号室



 部屋に戻った。



 カップ麺を作った。今日は醤油にした。食べながら、今日の案件を振り返った。



 童話みたいな世界線が多かった。



 ……童話、という言葉が自然に出てきた。どこで覚えた言葉だろう。ぱんでむに来てからは読んだことがない。でも「童話みたいな」という感触が、処理しながらずっとあった。



 何かを昔に読んだのかもしれない。読んだはずがないのに、読んだ気がする。



 まあ、気のせいだ。



 カップ麺を食べ終えた。



 始末書を四枚書いた。ラックに入れた。



 机の上を見た。始末書のラックと、端末と、コーヒーカップ。それだけだ。変わらない。



 横になった。



 目を閉じる前に思った。



 千夜語り続ける語り手がいた。千夜分の物語が世界に積み上がった。処理して、物語を圧縮した。物語は存在したまま、小さくなった。



 私が処理した世界線の記録も、どこかに積み上がっている。始末書のラックに。端末の記録に。秩序ちゃんの書類に。



 小さいが、存在している。



 ……まあ。



 それでいい。今日も処理した。記録に残った。それが続く。



 なんでやってるの、という問いが今日は静かだった。



 答えが出たわけではない。でも問いが少し遠くなった。遠くなったのか、慣れたのか、どちらか分からない。



 寝た。




──────────────────


◇ 業務記録モノローグ —— 世達 夜十一時



 今日の件数:二十一件。


 処理完了:二十一件。


 未処理:ゼロ件。


 始末書記入漏れ:四枚(本日中に対応済)。


 エグチ:一個(朝)。


 カップ麺:一個(醤油味)。


 コーヒー:今日は最後まで温かかった。


 特記事項:第7世界線、今日も継続中。春になった。老人が縁側で温かいものを持っていた。第512世界線の少女が幻覚なしで寒い夜に立っていた。第7世界線を見るのは「今日もここにある」という確認だと分かった。なぜ確認するかはまだ分からない。



 ……以上。


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