第十二話「どこかで見た世界」
処理を続けていると、たまに思う。
この世界線、どこかで見た気がする、と。
でも私はこの世界線を今日初めて処理した。見たはずがない。たぶん気のせいだ。
気のせいだと思って、処理する。それだけだ。
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第一章「月曜の朝」
◆ 朝、業務室
月曜だった。
朝のエグチを食べながら端末を開いた。今日の案件数は二十九件。先週秩序ちゃんが「来週の月曜は少ない見込みです」と言っていた。二十九件が少ない見込みだ。秩序ちゃんの基準が私と違う可能性がある。
一件目を開いた。
◆ 第823世界線「海賊王を目指している少年の世界線」
概要欄を読んだ。
「【報告】第823世界線において、一人の少年が「この世界で一番偉大な海賊になる」と宣言して航海を始めてから四十年が経過。少年は現在中年になっているが、まだ航海中。世界線の航海距離が物理的な限界に近づいており、世界が「球体」であることと「無限に広がっている」という二つの設定が矛盾し始めている。構造的不整合のため処理要請」
……四十年間航海している。
詳細を読んだ。この世界線では「偉大な航路」と呼ばれる危険な航路があって、そこを航海し続けた結果、世界の端に近づきすぎた。世界線の物理設計では世界の端が定義されていなかったので、端に近づくほど構造が歪んでいる。
世界線の球体設定を強化した。端のない球体として再定義することで、どこまで航海しても端に辿り着かない構造にした。少年——今は中年——の航海は続けられる。世界線の構造が安定した。
処理時間:二十一分。
……四十年間、同じ夢を追いかけている人がいる世界線だった。
なんとなく、処理しながら少し気になった。目的地に辿り着けないまま航海し続けることが、その人にとって良いことなのか悪いことなのか。処理したのは「端がない世界」にしただけで、その問いには答えていない。
まあ、業務なので。
二件目を開いた。
◆ 第114世界線「死んだら別の世界に転生する世界線」
概要欄を読んだ。
「【報告】第114世界線において、死亡した住民が別の世界線に「転生」する現象が常態化している。転生者は前世の記憶を保持したまま別世界に生まれる。問題は転生のルーティングが過負荷状態になっており、転生先の世界線への割り当てが混乱している。複数の転生者が同じ世界線に集中しており、その世界線の人口バランスが崩れつつある」
……転生者が集中している。
詳細を読んだ。転生ルーティングの混雑が原因で、ある特定の世界線——「魔王がいて勇者が倒しに行く構造の世界線」——に転生者が殺到していた。その世界線の勇者ポジションに転生者が百二十三人同時に就任しようとしていて、魔王が百二十三人の勇者候補に同時に狙われている状態だ。魔王が困っていた。
転生ルーティングの負荷分散を行った。転生者を複数の世界線に均等に振り分けた。魔王への集中が解消された。
処理時間:十八分。
……魔王が百二十三人の勇者に同時に狙われていた。それはそれで大変だっただろう。処理して正解だった。
でも魔王が困っている姿というのは、少し想像しにくい。どんな顔をしていたんだろう。確認はしなかった。
三件目を開いた。
◆ 第509世界線「少年が修行して強くなり続ける世界線」
概要欄を読んだ。
「【報告】第509世界線において、住民の戦闘力インフレが制御不能な状態になっている。当初、最強の戦士の戦闘力が「100」だった世界線が、現在は最弱の一般人でも「4500万」を超えており、数値の管理システムがオーバーフローしている。世界線の物理演算が追いつかず、地形が頻繁に崩壊している」
……戦闘力が4500万。
詳細を読んだ。この世界線では戦闘力を数値で管理するシステムがあったが、住民が修行を繰り返すたびに数値が上がり続け、現在は世界線の物理演算の上限を超えている。地面が崩れる、大気が震える、星が割れる、という現象が日常的に起きていた。
戦闘力の数値管理システムを廃止した。代わりに「相対的な強さ」という概念に置き換えた。数値がなくなったので、オーバーフローが解消された。地形の崩壊が止まった。
処理時間:十五分。
……数値をなくすと、誰が一番強いか分からなくなる。でも地形が崩れなくなった。住民にとってどちらが良いかは分からないが、世界線の構造的には安定した。
四件目を開いた。
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第二章「午後の案件たち」
◆ 第731世界線「記憶を失った少年が仲間を集める世界線」
概要欄を読んだ。
「【報告】第731世界線において、記憶を失った主人公格の住民が「仲間を集めて記憶を取り戻す旅」を百八十年続けている。旅の途中で仲間が増え続けており、現在の旅パーティーが2万3千人に膨れ上がっている。移動が困難になっており、また「記憶を取り戻す」という目的が達成されないまま旅が続いているため、世界線のナラティブ構造が疲弊している」
……2万3千人の旅パーティー。
詳細を読んだ。記憶を失った住民が旅の途中で仲間を増やし続けた結果、パーティーが巨大化した。今や「記憶を取り戻す」という目的より「このパーティーをどう移動させるか」という問題の方が深刻になっている。先頭の住民が出発しても、最後尾の住民が出発できるのは三日後だった。
ナラティブ構造の整理を行った。「記憶を取り戻す」という目的を達成させることで旅に区切りをつけ、パーティーを解散させた。主人公格の住民の記憶が戻った。2万3千人が各自の生活に戻った。
処理時間:二十七分。
……百八十年間、記憶がないまま旅を続けた住民の記憶が、今日の私の処理で戻った。
どんな記憶だったかは確認しなかった。それは私が見るものではない気がして。
五件目を開いた。
◆ 第47世界線「高校生が特殊な能力に目覚める世界線」
概要欄を読んだ。
「【報告】第47世界線において、高校生の住民の三分の二が「特殊な個人能力」に目覚めており、能力者同士の衝突が日常化している。問題は能力の種類が多様すぎて、互いの能力が予測不可能な相互作用を起こしており、世界線の物理法則が局所的に崩壊しているエリアが都市部に四十二か所発生している」
……高校生の三分の二が能力者。
詳細を読んだ。この世界線の高校生は成長期に能力が発現するらしい。能力の種類は一人一人異なり、「炎を出す」から「指先から無限にプリンが出てくる」まで幅がある。問題はこの四十二か所の物理崩壊エリアで、それぞれ異なる能力の干渉によって異なる種類の崩壊が起きているため、一括処理ができない。
四十二か所を個別に処理した。それぞれのエリアで起きている能力干渉を特定して、局所的に物理法則を補正した。
処理時間:四十四分。最も時間がかかった案件だった。
途中で「指先から無限にプリンが出てくる能力」のエリアを処理した。大量のプリンが物理空間に詰まっていた。プリンを除去して物理法則を補正した。
……プリンはおいしそうだった。
確認だけした。触れなかった。業務なので。
六件目を開いた。
◆ 第999世界線「人類が壁の中に閉じこもっている世界線」
概要欄を読んだ。
「【報告】第999世界線において、全人類が巨大な壁に囲まれた地域に閉じこもって生活している。壁の外には巨大な人型生物が生息しており、人類を脅かしている。問題は巨大な人型生物の個体数が増加の一途を辿っており、壁の構造強度が限界に近づいている。壁崩壊の可能性が七十三パーセント」
……壁の中に人類。
詳細を読んだ。この世界線の巨大な人型生物は体長が5メートルから60メートルまで様々で、壁を破壊しようとする習性がある。人類は壁の中で軍隊を組織して対抗しているが、個体数の増加に追いつかない。壁の外に出ようとする者もいるが、生存率が低い。
巨大人型生物の増殖メカニズムを調べた。この生物は特定の条件下でのみ増殖する。その条件を無効化した。個体数の増加が止まった。壁崩壊の可能性が七十三パーセントから四パーセントに下がった。
処理時間:三十三分。
……壁の中で生きている人類が、今日から少し安全になった。
壁の外に出ようとしている人たちがいる。今日の処理で、少し出やすくなったかもしれない。
それについては何も記載しなかった。業務は壁崩壊の防止だったので。
七件目を開いた。
◆ 第12世界線「最後の一人が宇宙人と戦い続ける世界線」
概要欄を読んだ。
「【報告】第12世界線において、地球外知的生命体との戦争が長期化している。一人の中学生が特殊な機械に乗り込んで戦い続けており、精神的負荷が限界に近づいている。問題は「この戦争に勝つ」という目的が世界線の物理設計上達成不可能な構造になっており、戦争が永続するようになっている。世界線のナラティブ構造の問題」
……中学生が一人で戦い続けている。
詳細を読んだ。この世界線では地球外生命体が人類を絶滅させようとしていて、特殊な機械だけが対抗できる。その機械に乗れるのは特定の条件を持つ少年少女のみで、中学生が主に担わされている。戦争が永続する構造になっているのは、地球外生命体が倒されるたびに新しい個体が来る無限ループ設計になっているからだった。
無限ループの設計を変更した。地球外生命体の出現上限を設定した。上限に達した後、生命体が撤退する条件を追加した。
処理時間:二十九分。
……処理しながら、中学生が一人で何年も戦い続けている状況を確認した。精神的負荷の数値が表示されていた。見たくない数値だった。
処理して、ループが止まる設定にした。あの中学生が、いつかこの戦争を終わらせられるようになった。
なったはずだ。
業務なので確認はしなかった。
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第三章「夕方と既視感」
◆ 夕方。業務を終えて
二十九件、全部終わった。夜の八時だった。
今日は色々な世界線を処理した。
四十年間航海している人。百二十三人に狙われている魔王。百八十年間記憶がなかった人。壁の中で生きている人類。一人で戦い続けている中学生。
どの世界線も、何かが長く続いていた。目的に向かって、あるいは目的に辿り着けないまま、長く続いていた。
処理したことで、何かが変わった世界線もある。変わらなかった世界線もある。
私は処理しただけだ。
コーヒーを飲んだ。冷めていた。今日は飲む暇がなかった。
なんとなく、頭の片隅でまた渾沌ちゃんの声がした。なんでやってるの。
今日処理した世界線を思い出した。四十年間航海している人は、なんでやっているんだろう。百八十年間記憶がないまま旅を続けた人は。一人で戦い続けた中学生は。
彼らは業務だからやっているわけではない。
でも続けた。
……なんでだろう。
答えは出なかった。でも今日初めて、自分の問いと、処理した世界線の誰かの問いが、少しだけ重なった気がした。
気のせいかもしれない。
第7世界線の観測画面を開いた。
◆ 第7世界線
夜だった。雪がほとんど溶けていた。地面に少しだけ白いものが残っている程度だ。春が近い。
老人が縁側にいた。夜の縁側だ。今日は子供の姿が見えない。老人が一人で外の空気を吸っている。
この老人は何年ここにいるんだろう。
私が担当してからずっとここにいた。でも担当する前から、ここにいたはずだ。私が見ていない時間も、この老人はここにいた。川のそばに座って、雪が降るのを見て、朝の空を見て、夕日の中で子供と話して。
それが続いている。
目的があるのか、ないのかは分からない。ただ、ここにいる。
……まあ。
私もここにいる。処理して、書類を書いて、カップ麺を食べて、この画面を開いて。目的があるのかないのかは、まだ分からない。でも続いている。
それが今日も変わらなかった。
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第四章「今日の終わり」
◆ 夜。203号室
部屋に戻った。
カップ麺を作った。今日も醤油にした。食べながら今日の案件を思い返した。
どこかで見た気がする世界線が多かった。四十年航海。転生ルーティングの混雑。戦闘力が4500万。2万3千人の旅パーティー。高校生の能力者。壁の中の人類。中学生が一人で戦う世界。
全部、どこかで見た気がする。
でも私はこれらの世界線を今日初めて処理した。見たはずがない。
……気のせいだ。たぶん。
カップ麺を食べ終えた。始末書を五枚書いた。ラックに入れた。
横になった。
目を閉じる前に思った。
今日処理した世界線の誰かが、自分と少し似ている気がした。目的があるのかないのか分からないまま、続けている感じが。
答えは出ていない。でも今日、少しだけ問いの形が変わった。
なんでやってるの、という問いが、今日は少し違って聞こえた。
なんでやってるの。
……なんでだろう。続いているから、かもしれない。続いていることが、続いている理由になっているような気がした。うまく言葉にならない。
まあ、今日はここまでだ。
寝た。
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◇ 業務記録モノローグ —— 世達 夜十一時二十分
今日の件数:二十九件。
処理完了:二十九件。
未処理:ゼロ件。
始末書記入漏れ:五枚(本日中に対応済)。
エグチ:一個(朝)。
カップ麺:一個(醤油味)。
特記事項:第7世界線、今日も継続中。雪がほとんど溶けた。春が近い。老人が夜の縁側にいた。今日処理した世界線の誰かと、自分が少し似ている気がした。どこかで見た気がする世界線が多かった。気のせいだと思う。
……以上。




