8.怖い
「どこ行くの」
後ろから声がした。間もなく足音がこちらに迫ってきた。私の肩を抱く大きな腕。視界に影が落ちる。なぜだか分からないけど、心臓がバクバクと鼓動し始めた。黒街さんに会ったときと同じ感じ。
勇気のかたい、大きな手が、私の首に巻き付く。なにをするんだろうと思って、気づいた。首を絞められているんだ。
「やっぱり、体に直接教え込んだ方が良い?」
これは、脅しでもなんでもない。直感がそう言った。
私はどんな目に遭うんだろうか。考えてみるけど、貧弱な想像力ではイメージできない。ただ、殺すと言っていないから、きっと、私の願いとは違った未来になることは理解できた。
「……勇気、わたし」
「なにか嫌なことあった?俺、できる限り叶えてたつもりだけど」
勇気の手に力が入っていく。私は少しずつ呼吸が荒くなっていく。息が苦しい。
「稲穂。外には行かない。そういう約束だろ?」
「……夜だよ。誰もいない」
「でも見ている人がいるかもしれない」
「私、歩かないと、太っちゃう」
「そんなこと気にしなくていいよ。稲穂は太っても可愛いから」
「最近昼夜逆転してきてるし」
「太陽光ライトでも買ってこようか」
「い、家で一人なの、寂しいから」
ぴくり、と首を絞めていた手が止まった。私は顔を上げた。すぐそこに、私を見下ろしている勇気の顔があった。
私はジッと勇気の目を見つめた。無意識に、体がカタカタ震えていた。勇気は真っ直ぐ私を見つめていた。真っ黒な瞳。お父さんや、お母さんと同じ目。
「俺がいないと、寂しい?」
「うん……私、一人が嫌になってきちゃった」
ぼんやりと黒い視界の中、勇気は少し考え込むように目を伏せた。
手が私から離れていく。私はけほけほと咳をして、ゆっくりと息を吐き出した。全身から力が抜けた。
目にじわじわと涙が滲む。本能的な恐怖だった。
「俺と一緒にいるなら、危険な目に遭うことになるよ」
「いいよ。勇気がいいなら、私はどこへでも行くよ」
それは本心だった。私はどんなに怖いところでも、勇気がいるなら怖くないと思った。
「……分かった。じゃあ、俺、暫く休み取るよ。だから一緒にいよう」
「うん……」
勇気は優しく私の頭を撫でて、それからそっと私を抱きしめた。筋肉の付いた腕が私に巻き付く。私よりずっと大きな体に包まれる。
体温を感じて、私は眠たくなった。また、涙が出てきそうになった。
そのまま、勇気に連れられて布団に戻った。毛布を被せられて、そのまま、また抱きしめられる。吐息が頬にかかった。
かたい胸板が密着する。勇気はどこもかしこもかたかった。私は少し羨ましくなった。こんなにかたくて頑丈だったら、きっと、どんな暴力にも負けずに済むに違いない。
私は目を瞑った。心臓が穏やかに波打つ。勇気の小さな鼓動が耳に届く。良かった、この人は私と同じ、人間だ。勇気だ。
安心して、意識が遠のいた。
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