5.ホントにヤクザじゃん
寂しい。胸がきゅっと締まって、痛む。
目が覚めたら、知らない町並みが窓の外に広がっていた。
「あ、起きた?」
「ん……うん、おはよう」
「おはよ。もうすぐつくぞ。タイミング良いな」
「そうなの? どこに……」
車が急に止まった。前には、立派な豪邸と門が。でも、閉じている。
どうやって入るんだろう……と疑問に思っていると、勇気が窓を開けて、暗証番号を入力する。
まもなく、門がゆっくりと開きだした。
「すごいね、勇気。大きな家」
「だろー? 我が家へようこそ~」
「ここ、勇気の家なの?」
「まーな。正確に言えば親父の家だけど」
「へー……ヤクザってお金持ちなんだね」
「まっ……まあ、そうだな」
勇気は笑顔を凍り付かせて答えた。あれ、失言しちゃったな。
門から中に入ると、大きな庭が現れた。……大きい。思ったより大きい。ここ宮殿なの? 普通に怖いよ。本当にお金持ちだ。噴水まである。
噴水すごいな~、と眺めていると、徐々に本殿に車が向かっていく……かと思いきや、なぜか方向転換。裏手にぐるりと回ってしまった。
「駐車場って、ここじゃないの?」
「うん。スペースが決まってんだよね」
「へー」
まあ、そうだよね。
私は手入れの行き届いた庭を窓越しに眺める。ふと前に地下へのスロープが現れた。無骨なそれを下っていくと、やがて倉庫のような場所に着く。
車が減速していくので、ここが車庫なんだと分かった。広い車庫内には高級車がずらりと並んでいて、すごい、と素直に感心する。
ランボルギーニ、ベンツ、ポルシェ。もちろん普通の自動車もある。これはトヨタのセンチュリーかな。天皇陛下とヤクザが同じ車に乗っているのって変な感じ。
良い車をこんなに持っているなんて、相当稼いでいるらしい。不思議。今時のヤクザってどうやって稼いでるのかな。日本じゃ活動しにくそうだし、海外?
でもメキシコとか中国とか、結構どこも縄張り意識強めなイメージあるよね。
アヤシイ人にはついていかない。それが私の家のポリシーだった。金持ち、しかも良家。親が資産家で、庭付きの広い家に住んでる。そういう類いの家。高級車に乗っている上品なおじさまやおばさまのパーティーによく招待されていた。
こういう車。例えばロールスロイスやベントレーなんかもそう。そういう車に乗ってる社長さんや事業家さんたちにも、沢山会ってきた。時には気に入られることもあった。皆良い人たちで、賢く、ユーモアがあって、癖がある人も稀にいるけど、そのほとんどはそれなりに人格者だった。少々歪んでいる人もいたけれど。
でも、その人たちも結局、見た目ではヤクザと変わらないのだ。そう思うと馬鹿らしいなと思う。どんなに薄汚い人間でも、金さえあれば取り繕えるんだ。
あんなに選民主義な両親も、今この場で何も知らされずにこの車を見て、持ち主がヤクザだなんて思えるのかな。きっと思えないよね。
人間なんてそんなもの。価値観なんてそんなもの。そんなものに支配されてる両親が、時々すごく可哀想に思える。
死にたくなったのなんて気分。大きな理由があるわけじゃないの。本当はね。
でも、もうそれで良いやと思ってた。だってなにもない。私にはなにもない。
楽しいこと。幸せなこと。悲しいこと。なにもない。学校もつまらない。お花畑で育ったみたいな子たちにあわせる毎日。窮屈で退屈でしょうがない。どうでも良い。
恵まれてるって分かってるんだけどな。嫌いでもないんだけど。不思議。本当。
つい昨日までは、何にも思ってなかった。本当に、本当。まあこんなものだよね、って諦めてた。どうでも良かったから下手に抵抗もしなかった。そうしていたら自慢の娘として大切にしてもらえたから。
でも、今朝。急に死にたい、って思った。あ、今、私すごく死にたい。生きてたくないって。
夢とかなんにもなくて、やり残したこともなくて、死のうと思ってもなんにも不安じゃなかった。だからきっと、私ってすごくつまらない人間だったんだと思う。
ふわふわしてた日々が急に破れていって、滑稽なピカソの絵みたいにぐちゃぐちゃになった。本当はね、どうでも良いの。ピカソはすごい人だけど、私ね、全然興味持てないの。そういうこと。
ね。そうやって言えたら良かったのかな。今ここにいる瞬間に、なんの気兼ねもなく勇気に話せるみたいに、言えたら良かったのかな。
そうしたら楽しくなったのかな、私。面白くなったのかな。
私は勇気の手を握った。ゴツゴツした男の人の手だった。勇気は私を一瞥したけど、なにも言わずに、握り返した。それが少しだけ嬉しかった。
車が完全に止まって、勇気の手が離れていく。
「降りれば良い?」
「ん。大丈夫そう?」
「大丈夫。ありがとう」
優しい言葉にこくりと頷く。車から降りると冷気を感じた。晩秋の地下だもんね。
薄暗い駐車場はがらんとしてて、高級車だけがこちらを見ているので威圧感がある。ふと寒さを感じてぶるりと震えた。制服一枚。冬服だけど、靴下は膝下丈、スカートの下には半ズボンと下着だけだから、寒い。
そんな私の様子を見て、勇気はおもむろに車から上着を取り出してきた。
「寒いならこれ着て」
「良いの?」
「もちろん。あまってるから」
「じゃあ遠慮なく」
黒のダウンを着込むと、一気に温かくなった。
「ありがと勇気。やっぱり女たらしだよね」
「おお、急だな。でも、ホンモノの女たらしなら、もっとスマートにエスコートするって」
「じゃあ勇気は二流?」
「三流」
即答だった。車の鍵をスマートに閉めて、勇気は肩をすくめる。
そうかな、と私は首を傾げた。
歩き出した私たちは、そのまま話を続けていく。
「そこまでヒクツにならなくて良いと思うけど」
「やー、ホンモノがすぐ近くにいるから」
「誰?」
「会ったら分かる」
「そっか。雰囲気が女たらし?」
「そうだな」
そうなんだ。なんだか気になる。見てみたい。
「会えるかな」
聞いてみた。勇気は困った顔をした。
「会わない方が良いんじゃねーかなぁ」
「怖い人なの?」
「まあ、そうだな」
「じゃあいいや。勇気でいい」
「いや、俺もやめとけよ」
間髪入れずに言ったので目を丸めた。
「なんで?」
「やー、ほら、若者の情操教育によろしくない……的な?」
「今のところそんな感じしないけど」
「そうか? 子供の傍で煙草の匂いぷんぷんさせてる悪いおっさんなんて、稲穂の周りにはいなかっただろ」
「確かにそうかも。あと勇気はおっさんじゃないよ」
「や、稲穂に比べたらそうだって。やめとけよ、年上なんて。ろくなことになんねぇぞ」
「勇気みたいに?」
「ま、まあ……うん。そうだな」
私の言葉に、勇気は複雑そうな顔をした。
心なしか顔が落ち込んだような気がする。なんだかしょぼくれちゃったみたい。
「えーっと、ごめんね?」
「おい、そういうの一番傷つくんだぞ!」
哀れみを込めた目で言ったら、嘘泣きされた。文句が多い。
「じゃあなんて言えば良い?」
「え、そりゃ、“次は年下にしてみる?”とか言ってさりげないボディータッチだろ」
「勇気ってむっつりだね」
「あ、それ稲穂から言われるとちょいツラい……」
そう言って勇気は大げさに胸に手を当てた。なんだか妙に似合っていた。
「ねえ、私、これから何すれば良いの?」
そろそろ茶番も飽きてきたし、私は勇気に聞いてみた。
「んー、まあとりあえず顔見せかな。その後はおうちでまったり」
「それだけ? てっきり、殺し屋になるために訓練させられるんだと思ってた」
「やーやー、しないよ。一般人には無理だし、ああいうの。稲穂はなんにも考えず、家で俺を待ってれば良いの。普通でオールオーケー! まあ、たまに組の奴がやって来るかもしれねえけどな」
「家にずっといなくちゃだめなの?」
「まあ、別に出ても良いけど、俺と一緒の時だけだな。そのうち失踪したってバレるだろうし」
「ああ、確かに。うちならもうバレてるかも」
「えっ、マジ?」
「二人とも過保護だから」
目を丸くした勇気は、間もなく、はあーっ、と重いため息をつく。
「その辺の親なら二時間くらい帰りが遅くなっても気にしないだろ。稲穂も中学生だし」
「うちのお母さんは違うよ。私が三十分外に出るだけでも、GPSつけさせる人だから」
「え、GPSまで?」
「うん。あ、でも今は外してるよ。スマホも捨てた。死ぬの、邪魔されたくなかったし」
「えーそんな思い切り良くなくても……」
「勇気はある方が良かった?」
「いや全く。グッジョブ」
「お褒めに預かり光栄です」
歩きながら軽くお辞儀をしてみた。勇気はおぉー、と手を叩いた。
「完璧な日本語だな」
「良い教育を受けさせてもらってたからね」
「へー、やっぱお嬢様は違うな」
「お嬢様ではないと思うけど」
「大手証券会社の社長令嬢で、しかも名門私立中学校の生徒だろ? 逆にお嬢様じゃなかったらなんなんだよ」
「勇気、私のこと詳しいね。ストーカー? んー、私は一般人かなぁ」
「こんな一般人がいてたまるか。あと、俺別にストーカーじゃないからな!」
「え、じゃあロリコン?」
「違う! 俺無実!」
「と、被告人は申しておりますが」
「俺は無罪だ! これは冤罪だー!」
完璧な茶番だ。勇気、ノリ良いなぁ。
「……と、言っている間にエレベーターにつきました」
「わ。これ、乗るの?」
「そう。とりま二階まで」
「へー」
ライトが点滅する怪しげなエレベーターに乗り込む。かなり広い。車一台入りそうなくらい。こんなに広いエレベーター、初めて見た。
入り口付近のボタンに目をやると、なぜか六階まである。入ってきたときは精々三階ぐらいまでしかなさそうに見えたけど……。
不思議に思っていたら、すぐに謎は解明された。
「三階押せば良い?」
「や、五階押して。ここ三階だからさ」
「あ、そうなんだ。じゃあ地下二階まであるの?」
「うん。でも、絶対行くなよ。殺されるから」
「……冗談?」
「ホント」
本当にそうみたい。
目が笑ってない勇気に「分かった」と頷いて、私は大人しく5のボタンを押した。エレベーターが動き出す。
地下三階には何があるんだろう。麻薬の大規模栽培所?それとも拷問部屋?
どっちもありそう。
五階につくと、勇気は真っ直ぐ一番奥の部屋に歩いて行った。私も着いていく。
「親父、連れてきました」
勇気がノックをして、よく通る声で扉に向かって言った。
「入れ」
ドスの利いた声。怖、とこっそり思う。ホントにヤクザじゃん。




