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逃避行  作者: 眠気
5/16

5.ホントにヤクザじゃん





 寂しい。胸がきゅっと締まって、痛む。

 目が覚めたら、知らない町並みが窓の外に広がっていた。


「あ、起きた?」

「ん……うん、おはよう」

「おはよ。もうすぐつくぞ。タイミング良いな」

「そうなの? どこに……」


 車が急に止まった。前には、立派な豪邸と門が。でも、閉じている。

 どうやって入るんだろう……と疑問に思っていると、勇気が窓を開けて、暗証番号を入力する。

 まもなく、門がゆっくりと開きだした。


「すごいね、勇気。大きな家」

「だろー? 我が家へようこそ~」

「ここ、勇気の家なの?」

「まーな。正確に言えば親父の家だけど」

「へー……ヤクザってお金持ちなんだね」

「まっ……まあ、そうだな」


 勇気は笑顔を凍り付かせて答えた。あれ、失言しちゃったな。

 門から中に入ると、大きな庭が現れた。……大きい。思ったより大きい。ここ宮殿なの? 普通に怖いよ。本当にお金持ちだ。噴水まである。

 噴水すごいな~、と眺めていると、徐々に本殿に車が向かっていく……かと思いきや、なぜか方向転換。裏手にぐるりと回ってしまった。


「駐車場って、ここじゃないの?」

「うん。スペースが決まってんだよね」

「へー」


 まあ、そうだよね。

 私は手入れの行き届いた庭を窓越しに眺める。ふと前に地下へのスロープが現れた。無骨なそれを下っていくと、やがて倉庫のような場所に着く。

 車が減速していくので、ここが車庫なんだと分かった。広い車庫内には高級車がずらりと並んでいて、すごい、と素直に感心する。

 ランボルギーニ、ベンツ、ポルシェ。もちろん普通の自動車もある。これはトヨタのセンチュリーかな。天皇陛下とヤクザが同じ車に乗っているのって変な感じ。

 良い車をこんなに持っているなんて、相当稼いでいるらしい。不思議。今時のヤクザってどうやって稼いでるのかな。日本じゃ活動しにくそうだし、海外?

 でもメキシコとか中国とか、結構どこも縄張り意識強めなイメージあるよね。

 アヤシイ人にはついていかない。それが私の家のポリシーだった。金持ち、しかも良家。親が資産家で、庭付きの広い家に住んでる。そういう類いの家。高級車に乗っている上品なおじさまやおばさまのパーティーによく招待されていた。

 こういう車。例えばロールスロイスやベントレーなんかもそう。そういう車に乗ってる社長さんや事業家さんたちにも、沢山会ってきた。時には気に入られることもあった。皆良い人たちで、賢く、ユーモアがあって、癖がある人も稀にいるけど、そのほとんどはそれなりに人格者だった。少々歪んでいる人もいたけれど。

 でも、その人たちも結局、見た目ではヤクザと変わらないのだ。そう思うと馬鹿らしいなと思う。どんなに薄汚い人間でも、金さえあれば取り繕えるんだ。

 あんなに選民主義な両親も、今この場で何も知らされずにこの車を見て、持ち主がヤクザだなんて思えるのかな。きっと思えないよね。

 人間なんてそんなもの。価値観なんてそんなもの。そんなものに支配されてる両親が、時々すごく可哀想に思える。

 死にたくなったのなんて気分。大きな理由があるわけじゃないの。本当はね。

 でも、もうそれで良いやと思ってた。だってなにもない。私にはなにもない。

 楽しいこと。幸せなこと。悲しいこと。なにもない。学校もつまらない。お花畑で育ったみたいな子たちにあわせる毎日。窮屈で退屈でしょうがない。どうでも良い。

 恵まれてるって分かってるんだけどな。嫌いでもないんだけど。不思議。本当。

 つい昨日までは、何にも思ってなかった。本当に、本当。まあこんなものだよね、って諦めてた。どうでも良かったから下手に抵抗もしなかった。そうしていたら自慢の娘として大切にしてもらえたから。

 でも、今朝。急に死にたい、って思った。あ、今、私すごく死にたい。生きてたくないって。

 夢とかなんにもなくて、やり残したこともなくて、死のうと思ってもなんにも不安じゃなかった。だからきっと、私ってすごくつまらない人間だったんだと思う。

 ふわふわしてた日々が急に破れていって、滑稽なピカソの絵みたいにぐちゃぐちゃになった。本当はね、どうでも良いの。ピカソはすごい人だけど、私ね、全然興味持てないの。そういうこと。

 ね。そうやって言えたら良かったのかな。今ここにいる瞬間に、なんの気兼ねもなく勇気に話せるみたいに、言えたら良かったのかな。

 そうしたら楽しくなったのかな、私。面白くなったのかな。

 私は勇気の手を握った。ゴツゴツした男の人の手だった。勇気は私を一瞥したけど、なにも言わずに、握り返した。それが少しだけ嬉しかった。

 車が完全に止まって、勇気の手が離れていく。


「降りれば良い?」

「ん。大丈夫そう?」

「大丈夫。ありがとう」


 優しい言葉にこくりと頷く。車から降りると冷気を感じた。晩秋の地下だもんね。

 薄暗い駐車場はがらんとしてて、高級車だけがこちらを見ているので威圧感がある。ふと寒さを感じてぶるりと震えた。制服一枚。冬服だけど、靴下は膝下丈、スカートの下には半ズボンと下着だけだから、寒い。

 そんな私の様子を見て、勇気はおもむろに車から上着を取り出してきた。


「寒いならこれ着て」

「良いの?」

「もちろん。あまってるから」

「じゃあ遠慮なく」


 黒のダウンを着込むと、一気に温かくなった。


「ありがと勇気。やっぱり女たらしだよね」

「おお、急だな。でも、ホンモノの女たらしなら、もっとスマートにエスコートするって」

「じゃあ勇気は二流?」

「三流」


 即答だった。車の鍵をスマートに閉めて、勇気は肩をすくめる。

 そうかな、と私は首を傾げた。

 歩き出した私たちは、そのまま話を続けていく。


「そこまでヒクツにならなくて良いと思うけど」

「やー、ホンモノがすぐ近くにいるから」

「誰?」

「会ったら分かる」

「そっか。雰囲気が女たらし?」

「そうだな」


 そうなんだ。なんだか気になる。見てみたい。


「会えるかな」


 聞いてみた。勇気は困った顔をした。


「会わない方が良いんじゃねーかなぁ」

「怖い人なの?」

「まあ、そうだな」

「じゃあいいや。勇気でいい」

「いや、俺もやめとけよ」


 間髪入れずに言ったので目を丸めた。


「なんで?」

「やー、ほら、若者の情操教育によろしくない……的な?」

「今のところそんな感じしないけど」

「そうか? 子供の傍で煙草の匂いぷんぷんさせてる悪いおっさんなんて、稲穂の周りにはいなかっただろ」

「確かにそうかも。あと勇気はおっさんじゃないよ」

「や、稲穂に比べたらそうだって。やめとけよ、年上なんて。ろくなことになんねぇぞ」

「勇気みたいに?」

「ま、まあ……うん。そうだな」


 私の言葉に、勇気は複雑そうな顔をした。

 心なしか顔が落ち込んだような気がする。なんだかしょぼくれちゃったみたい。


「えーっと、ごめんね?」

「おい、そういうの一番傷つくんだぞ!」


 哀れみを込めた目で言ったら、嘘泣きされた。文句が多い。


「じゃあなんて言えば良い?」

「え、そりゃ、“次は年下にしてみる?”とか言ってさりげないボディータッチだろ」

「勇気ってむっつりだね」

「あ、それ稲穂から言われるとちょいツラい……」


 そう言って勇気は大げさに胸に手を当てた。なんだか妙に似合っていた。


「ねえ、私、これから何すれば良いの?」


 そろそろ茶番も飽きてきたし、私は勇気に聞いてみた。


「んー、まあとりあえず顔見せかな。その後はおうちでまったり」

「それだけ? てっきり、殺し屋になるために訓練させられるんだと思ってた」

「やーやー、しないよ。一般人には無理だし、ああいうの。稲穂はなんにも考えず、家で俺を待ってれば良いの。普通でオールオーケー! まあ、たまに組の奴がやって来るかもしれねえけどな」

「家にずっといなくちゃだめなの?」

「まあ、別に出ても良いけど、俺と一緒の時だけだな。そのうち失踪したってバレるだろうし」

「ああ、確かに。うちならもうバレてるかも」

「えっ、マジ?」

「二人とも過保護だから」


 目を丸くした勇気は、間もなく、はあーっ、と重いため息をつく。


「その辺の親なら二時間くらい帰りが遅くなっても気にしないだろ。稲穂も中学生だし」

「うちのお母さんは違うよ。私が三十分外に出るだけでも、GPSつけさせる人だから」

「え、GPSまで?」

「うん。あ、でも今は外してるよ。スマホも捨てた。死ぬの、邪魔されたくなかったし」

「えーそんな思い切り良くなくても……」

「勇気はある方が良かった?」

「いや全く。グッジョブ」

「お褒めに預かり光栄です」


 歩きながら軽くお辞儀をしてみた。勇気はおぉー、と手を叩いた。


「完璧な日本語だな」

「良い教育を受けさせてもらってたからね」

「へー、やっぱお嬢様は違うな」

「お嬢様ではないと思うけど」

「大手証券会社の社長令嬢で、しかも名門私立中学校の生徒だろ? 逆にお嬢様じゃなかったらなんなんだよ」

「勇気、私のこと詳しいね。ストーカー? んー、私は一般人かなぁ」

「こんな一般人がいてたまるか。あと、俺別にストーカーじゃないからな!」

「え、じゃあロリコン?」

「違う! 俺無実!」

「と、被告人は申しておりますが」

「俺は無罪だ! これは冤罪だー!」


 完璧な茶番だ。勇気、ノリ良いなぁ。


「……と、言っている間にエレベーターにつきました」

「わ。これ、乗るの?」

「そう。とりま二階まで」

「へー」


 ライトが点滅する怪しげなエレベーターに乗り込む。かなり広い。車一台入りそうなくらい。こんなに広いエレベーター、初めて見た。

 入り口付近のボタンに目をやると、なぜか六階まである。入ってきたときは精々三階ぐらいまでしかなさそうに見えたけど……。

 不思議に思っていたら、すぐに謎は解明された。


「三階押せば良い?」

「や、五階押して。ここ三階だからさ」

「あ、そうなんだ。じゃあ地下二階まであるの?」

「うん。でも、絶対行くなよ。殺されるから」

「……冗談?」

「ホント」


 本当にそうみたい。

 目が笑ってない勇気に「分かった」と頷いて、私は大人しく5のボタンを押した。エレベーターが動き出す。

 地下三階には何があるんだろう。麻薬の大規模栽培所?それとも拷問部屋?

 どっちもありそう。

 五階につくと、勇気は真っ直ぐ一番奥の部屋に歩いて行った。私も着いていく。


「親父、連れてきました」


 勇気がノックをして、よく通る声で扉に向かって言った。


「入れ」


 ドスの利いた声。怖、とこっそり思う。ホントにヤクザじゃん。

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