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逃避行  作者: 眠気
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2.チョロい


「なあ、これから行くところでは、ルールがあるんだ」

「……たとえばどんな?」

「そんな難しいものはねーよ。そうだな、たとえば“神崎隆太”は組長、“神崎弥生”は姐さん、って呼ばなきゃならないとか。あと、黒街景太郎って人には絶対におかしな事しちゃ駄目だぞー」

「神崎弥生……?」

「そ。そんなに難しくないだろ?」

「私、その人知ってるかも」

「え」


 勇気が一瞬こちらを見た。

 運転中だからすぐに前向いたけど。


「同姓同名かもしれないけど、何度か会ったことがあるの。お父さんの知り合いだって聞いたけど」

「あー、まって、その人どんな人?」

「綺麗な人。ちょっと怖い感じの、迫力がある人かな」

「もっと!具体的に!」

「髪が長くて綺麗。眼鏡かけてる。今は多分30歳前半。頭が良くて、確か有名な大学卒業してる。で、ずっと前に結婚したとは聞いてたけど、相手が誰かは言ってなかったかな」

「それほぼ黒じゃん……。え、会ったの?」


 勇気は随分弥生さんのことが気になるみたいだった。私は勇気の役に立てるのが嬉しくて、なるべく丁寧に質問に答える。


「小さいときに三回。一回はお母さんがいないとき、もう一回は弥生さんのおじいさんと一緒に。もう一回は……家に来てたけど、理由は分からなかったよ。キレーな人だって思ってた」

「おじいさん……それって、名前とか、覚えてるか?」

「健一さんだったはずだよ」

「嘘だろ……」

「嘘じゃないよ。やっぱり、あの人が勇気の言ってる弥生さんなの?」

「うーん……まあ、そうだろうな」


 信号が赤になり、車が止まる。

 勇気は顔を押さえて上を向いた。よっぽど驚いたらしい。


「そんなに驚く?」

「めっちゃ驚く」

「そっか」


 ちょっと面白かった。


「なーんでもっと早く言ってくれないかなー」

「言う場面ないじゃん」

「そーなんだけどさぁ」

「勇気、怒った?」

「いや、でも、ちょっとまずいかもなあ」

「ごめんなさい。私のせいで」

「や、稲穂のせいじゃないから」

「でも私、勇気と離れたくない」


 勇気は目を丸くした。

 信号が青になった。


「信号」

「あっ」


 勇気は急いでアクセルを踏んだ。


「……まさか、俺に一目惚れみたいな……?」

「そうなのかな」

「えっ、マジで? ホントに?」


 勇気は少し焦っているようだった。


「……やっぱり、好きじゃないよ」


 傷付きたくなくて、嘘をつく。私は、嫌われたくない。誰も嫌われたくない。もうこれ以上、傷つくのは嫌だ。


「えー、天邪鬼」


 ホッとしたような、悲しいような、よく分からない表情だった。

 やっぱり迷惑だったのか。胸がきゅっと縮む。

 ふいっと彼から目を逸らす。

 頬杖をつきながら外を眺めた。


「勇気は、なんで、私を助けたの?」

「またその質問?」

「勇気は嘘つきだから」

「えー、そんなことないって」

「未成年を風俗で働かせるのは違法だよね」


 勇気は押し黙った。視線がこちらに刺さる。

 私はそれを無視した。


「私を何に利用するつもりなの? こんな未成年引っ張り込まなくても、使えそうな成人女性くらい沢山いるでしょ」


 わざわざリスクの高いことをする意味なんてないはず。勇気の真意が見えない。

 静寂が車内を包んだ。

 信号が赤になった。


「……神崎を、殺すために」

「え?」

「はは、ジョークだよ。忘れて忘れて」

「おばさんに恨みでもあるの?」


 勇気がチベットスナギツネみたいな顔になった。

 どういう感情なの、それ。


「……はぁーーーーーっもうさぁ!」

「長い溜息」

「流そうとしてるんじゃん! こっちは!」

「無視した」

「やめろよな、そうやっていらないことに首突っ込むのはさ。後悔するぞ」

「しないよ。勇気のことを知れるなら、私、きっと後悔しない」


 勇気を真っ直ぐに見つめると、黒い瞳と目が合った。

 変な顔。うわっ、って言ってるみたいな、照れてるみたいな顔。


「あーー、もーー……っ!」


 勇気はガシガシと頭をかきむしる。


「もしかして、照れてる?」


 私がそう言うと、彼は分かりやすく固まった。


「……俺のこと、マジで好きなの?」

「うーん」

「そこはハッキリ言えよー」

「だって、勇気は私のこと、好きじゃなさそうだし」

「えーーー、俺が好きじゃなかったら好きじゃないの?」

「迷惑になることはしないよ」

「物分かり良すぎない?」

「普通だと思うけど」


 信号が青になる。

 勇気はまた前を向いた。


「弥生さんのこと、好き?」

「んー、別に。そこまで仲良くないから」

「そうか」

「勇気はなんであの人を殺したいの?」

「えーー、まあ色々」

「私のことは殺さなくて良いの?」

「俺が? なんで?」

「あの人を苦しませるために?」

「意味ないから、しないな」

「そっか」


 確かにその通りだ。私は納得して勇気から目を逸らした。


「稲穂は俺のどこが好きになったの?」

「えっ、急」

「だってまだ会って1日目じゃん。普通に気になる」

「んーー、顔」

「顔かよ」

「駄目?」

「俺そんなイケメンじゃないじゃん」

「私はイケメンだと思うけど」


 鼻筋通ってるし、目元も爽やかだし、整ってるし。どこぞの俳優さんだと言われても信じる。


「上が大勢いるだろ。俺に決めるの、もったいなくない?」

「勇気だから好きなんだよ。顔もそうだけど、性格とか、身長とか……匂いとか?」

「やめろよ。照れる」

「本気にしてないでしょ」

「バレた?」

「まあ、好きって言っても友達レベルの好きだよ」

「なんだ、つまんねえな」

「勇気のこと、まだ全然知らないから」

「ふーん。じゃあ、俺のこと知ったら、好きになんの?」

「知ってから決めるよ」

「そ、じゃあ教えなーい」


 勇気は子供みたいに言った。


「……ねえ、勇気の恋の話聞かせてよ。恋バナの続き」

「そんなに気になんの?」

「うん、気になる」

「しょーがねーなー」

「どんな人がタイプなの?」

「えー? 胸のデカい女」


 即答だった。私の胸は……正直、そんなにない。だから私に好かれたくなかったのかな。原因を分析してみる。


「巨乳好きかあ」

「そこはドン引きするところじゃねぇの?」

「だって、男の子って大体そんな感じだから」

「んー、でも顔が好みだったら胸なくても良いな」

「顔の方が大事なんだ」

「そりゃーまあ。あ、でも、付き合うならやっぱ性格が一番だな」

「堅実な答えだ」

「だってどんだけ顔がよくても、すぐヒステリー起こす女だったらヤじゃん」

「確かに」


 それは女からしても嫌だ。


「今まで付き合った奴も、大体性格で別れたんだよなー」

「何人ぐらいと付き合ったの?」

「あー、4人?」

「モテてるじゃん」

「モテてねぇよ。ただ気楽に付き合えそうだと思われただけっつーか」

「年上? 年下?」

「年上のが多かった、けど。一回年下と付き合ったけど、甲斐性がないってフラれた」

「甲斐性がない……」


 なんか分かる気がする。勇気って、あんまり頼りがいのある人でもなさそうだし。


「俺ってそんなに甲斐性ないのかなー」

「うーん、どうだろう。でも、確かに年上の方が合いそう」

「つっても、それだって、大抵一年以内には別れてたぞ。向こうがからかい半分で告ってくるのを、大真面目に受けとってさぁ」

「ピュアだったんだ」

「そーそー。ピュアピュア」

「なんかプリキュアみたい」

「うわっ、懐かしいなプリキュア。昔チラッと見た気がする」

「本当? 共通点二つ目?」

「そーだな。二つ目二つ目ー」


 少し嬉しくて、顔がはにかんだ。


「今まで付き合った人たちに、未練とかない?」

「えーー。それはないな。皆巨乳だったけど」

「じゃあ、どんな子だったら良いの?」

「それはーー……」


 言いかけて、勇気は口を噤んだ。

 誰かを思い出しているようだった。


「……初めに付き合った人って、どんな人だったの?」

「ああ、うーん。優しかったよ。よく気遣ってくれてさ。色々教えてくれた」

「意味深だね」

「や、まあ、恋愛のテクニックとかだな。女はこういう駆け引きをするとか、こうされるとぐっとくるとか」

「面白そう。私も気になる」

「そうかぁ? 男なら役立つと思うけどな」

「女でも役立つよ。恋愛上手な人のやり方って、すごく参考になる」

「ふーん。お前なら、そんなことしなくてもモテると思うけどな」


 そういうこと、サラッと言える辺りがチャラいなあ。

 そしてそれに喜んでる私はチョロいのかな。


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