あっぱれ!慎平、ここにあり
松葉慎平は大夢相手にノックを打っていた。
流石バットコントロールはお手のものである。
慎平本人としても高校受験の良い息抜きになっている。
実力テストでも着実に点数を伸ばしてきている。
そもそも慎平は野球部に入部した時は同期に慎平よりも良いピッチャーがいることは知っていたので、
野球はほどほどにして勉強に力を入れていた感じがあった。
まぁ、早い話が野球と勉強それぞれのエネルギーを使い分けて行動してきたのだ。
顧問や部員に文句を言われないように頑張ってきた。
生徒会にも所属していたため、人物としても信頼における存在であった。
慎平は一流アスリートや一流の学者を目指しているわけではないが、
人間の可能性を主題にして生きているため、
それが教師を目指すきっかけになったし、人生のモチベーションにもなっている。
いわばやる気スイッチの塊ってわけだ。
もちろん慎平の周りには人物としても能力としても何かに秀でる人間が集まっている。
個人個人の強みを活かして周りとうまくやっていく能力に長けている。
その厚い人望から、ミラクルメーカー、工場長、先生の先生など変わったあだ名が付けられていた。
ただ、大夢からは慎ちゃんと呼ばれている。
もちろん部活では松葉さん、慎平さんと呼んでいたが。
大夢と慎平は1学年違うが友達のような関係だ。
「ひろむ!良い感じ良い感じ!」
ノックといっても、そんなにきついものではなく、
基本的な動作を反復していた。
捕球に関しては大夢性格故か、ガサツになることはない。
慎平自身はなぜ大夢がエラーをしていたのか良く分かる人間だったから、
大夢に合ったメニューを計画して、その都度大夢と確認しながら実行していた。
慎平は本当にコミュニケーション能力が高い。
学力もよし。人物もよし。社会性もよし。
願わくば彼の性格を丸ごとコピーしてみたいくらいだ。
大夢は外野以外にも内野を守る可能性を見出すこともできた。
今までセンターやライトが主ではあったがポジションを思い切ってコンバートすることも一つある。
そして慎平の意外な一言で大夢の野球人生が加速する。
「大夢、ピッチャーやってみないか」
「えっ、それ、本気で?」
「あぁ、今まで黙っててすまんな、大夢ならセンスあるよ。鍛えれば絶対に道は開けてくる。」
慎平によれば大夢は機敏性と体力を考慮するとセカンドやピッチャーにも適正はあるとのこと。
奇しくも妹と同じポジションだ。
気心知れてる慎平に言われた以上大夢は疑う余地などなかった。
また慎平は心の中で、
「もし俺が大夢のことを知らなかったら、絶対口には出していない。大夢は絶対に化ける。俺は信じている。特に根拠はないけどな、って言ったら大夢が気を悪くするからな。あいつは自分の良いところを認めてくれなきゃ前に進まないから。」
また、「問題は一つだけ。あの糞顧問が異動するかしないかだ。はたまた辞めてしまうか。」
そうだ、元々はあの自己中顧問とそれに漬け込む部員達によって大夢は野球部を辞めさせられたんだ。
慎平が続いて「あいつらチームメートは辞めるわけがないしせめてあの顧問だけでも・・・大夢を除いた今の1、2年は猿ばっかだ。進路も地元に高校あるからいいやじゃねぇよ。くそ生意気なんだよ、ったくムカつく野郎だぜ。でも、大夢なら・・・あいつがチームを救えるんじゃないかな。」
慎平は最後の大会では背番号11だった。大夢は外野の控えでギリギリの20だった。
大夢よりも上手い同期は面白くなく大夢に対するいじめがエスカレートしていった。
もちろん大夢は練習に来なくなった。野球部も辞めた。その代わり陸上部に転部した。
大夢が抜けた新人戦は初戦コールド負け。
大夢がいるかいないかはチームが勝てるか勝てないかの瀬戸際だと、慎平は感じていた。
慎平自身、もう少し自分に嫌われる勇気があればな、と思う部分はあった。
しかし前だけしか見えていない。
今を一つ一つアウトを積み重ねていくピッチングと同じように、
慎平は自己実現に向けて、他己実現に向けて、精一杯今を生きている。




