努力家
マジかよ? 冠番組、それも初めてのだし、尽くせる限りの力を注ぎ込みたい気持ちはわからなくもないが、レギュラーを一本に絞って、そんでコケてしまったら、レギュラーがなくなるだけでなく、誘いを断ったところから「若手のくせに」と印象を悪くして、さらに「生意気なうえに力量もない」というので、もう声をかけてもらえなくなることが十分想定できるわけで、自ら進んで崖っぷちで戦うようなもんだぞ——。
「すげえ根性だな」と、俺も小野田も、声には出さなかったけれど、ともにそう思った。
だが一方で、すぐに、こうも考えた。
失敗はあり得ないと、やっぱり自分たちのことを天才だとうぬぼれてやがるんだな。馬鹿め。絶対に墓穴を掘るぞ。事実、視聴率といい、うまくいってないじゃねえか——。
それで俺は、仕事現場でもプライベートでも、芸人仲間と顔を合わせると必ずというほどに、その後者の気持ちを口にした。
共感する奴、興味ない感じの奴、当然いろいろいるが、こう返してきた男がいた。
「いや、あいつらはすげえ努力家だと思うよ。そういう姿を見せないだけで」
「ええ?」
俺が不服なリアクションをすると、そいつは続けた。
「俺、あいつらのデビュー当時に、よく一緒の舞台に立ったんだけど、まったくウケてなくてさ。多分、そのときのメンツのなかで一番笑いをとれてなかったんじゃないかな? で、暗ーい顔をしてて」
「でも、あいつらは普段から明るくないじゃねえか」
二人のうち、ましな千堂も、愛想は良いが、元気や陽気といったタイプではなく、根は暗そうなイメージもある。
「それが、この世の終わりかってくらいの本当にひどく落ち込んだ雰囲気だったんだよ。で、ぼそぼそと声が小さくて何を言ってるのか全然聞き取れないんだけど、脇で二人でずーっとしゃべってたんだ。どうするか相談したり、ネタの練習に励んだりしてたんだろうな。そんで、徐々に徐々に笑いをとれるようになっていったんだ。努力の賜物だよ、あれは」
……。
すると、その話がまるで予言であったかのように、以降、いまいち笑いを落とし込めていなかった「まだなの?」も少しずつ面白さが増していって、視聴率もゆっくり上昇していったのだ。
そして現在、テレビの視聴者は年寄りが中心だが、若者が観る番組では圧倒的な首位となっている。レギュラーはそれ一本、しかもあいつらは動画配信をまったくやってないことが、功を奏したのは確実だ。「まだなの?」以外の誘いを断ったのは、単にその番組に注力するためだけでなく、こうなるようにと計算していたのかもしれない。
この展開に、以前の俺なら悔しがったけれども、今は違う。というのは、「まだ」が別次元というほど上の存在になってしまったからだ。高校球児がメジャーリーガーをライバル視なんてしないだろう。そんな感じだ。
また、そこまでの立場になっても二人の態度は変わらず、前はムカついていたおとなしいたたずまいが現在では好印象だ。同期だというのに、俺たちがさほど親しい関係になっていないからってので、話すとき敬語をちょいちょい挟んでくるし。
「『まだ』みたいになれるように頑張ろうぜ」
「ああ」
今じゃ、これが俺と小野田の合言葉のようになっている。




