負けたくねえ
「くそー」
悔しい! とにかく、その一言だ。
俺、牛窪重雄は、お笑い芸人をやっている。養成所で出会った小野田哲史と「ペンション」というコンビを組んで活動し、今年で四年目だ。
俺たちは誰よりも負けないと自負する稽古量によって、去年の年末、若手漫才師ナンバーワンを決める「漫才チャンピオンシップ」で優勝した。俺たちくらいの浅い芸歴だと特に、漫才だけでなくコントだ何だといろいろ手を出す連中が少なくないが、浮気せず漫才だけで頑張ってきた成果とも言えるだろう。
歴代のチャンピオンたちはほとんどが結成十年以上で、三年目の俺たちは異例。「すごい!」と日本じゅうの大勢の人から称賛される、はずだった。
ところが、相方の白川が腹痛を起こし、おまけとしてやった、「まだ」の千堂による一人漫才という暴挙に、注目も賛辞も根こそぎ持っていかれてしまったのである。
思えば、あいつらは初対面から気に食わなかった。
「よろしく」
所属事務所も活動を始めた地域もだいぶ異なるものの、同期というのは知っていたので、俺が親しみを込めてあいさつをしたのに——
「ちわっす」
「どうも」
その以前からチラッと目にしていた芸風やたたずまい同様の、冷めた、やる気の見えない態度に、「チッ」と俺は心の中で舌打ちをした。
いるんだよな、そういうスタンスが、才能がある感じがして、かっこいいと思ってる奴らが。
確かに天才肌の先輩にはそういった人も少なくはない。
でも、もう古いんだよ——。
そして漫才チャンピオンシップの放送後、コンビで売れたいからだろう、千堂だけで登場することはめったになく、白川も笑いをとり、テレビなどに引っ張りだことなったあいつらは、このたび冠番組を持つことになったのだ。
しかも、時間帯はゴールデンで、レギュラーはほぼ二人のみの、コントといったコメディー色の濃い、芸人が最もやりたいと思っている番組内容である。
「くそっ!」
「うるせえな、なに騒いでんだよ」
俺たちは今、仕事のために、テレビ局の楽屋にいる。その部屋から出ていた相方の小野田が戻ってきて、俺に言った。
「『まだ』の奴らのことでイライラしてさ。ゴールデンの冠番組が決まりやがって、腹が立つだろ?」
「気にすんなよ。漫才チャンピオンシップの件で、俺たちはあいつらの引き立て役みたいに見られて、番組でもよくいじられるけど、意識すればするほど余計にそうなっちゃうぜ」
「だってよ……」
「俺たちだって、同期のなかじゃ圧倒的に出世してるんだ。いずれ追い抜けばいい。下手に成功を急ぐと、失敗するぞ」
「だけど、あいつら、この前顔を合わせたとき、『チャンピオンシップ、すいませんっした』って軽い調子で一言だけだぜ。なめてんだよな、俺たちのことも、お笑いも」
すると小野田は、静かな口調のままだが、より真剣なトーンで話した。
「だからさ、俺たちはほんと人一倍お笑いに向き合ってるんだ。最後にはそういう人間が勝つように世の中はできてんだよ。大丈夫。焦りだけ禁物だ。わかったか?」
「……ああ、そうだな。『コメディアンという人種で、ここまで真面目に努力するのは珍しい』ってしょっちゅう口にされる二人がコンビを組んだんだから、俺たちが最強だよな」
「おお。よし、じゃあ、景気づけに、この後、飲みにいこうぜ」
「って、言ったそばから遊ぶんかい!」
「下手くそなツッコミ! お笑い界の天下なんて、無理だわ、こりゃ」
「ハハハハハ」
小野田は、歳は俺の一つ上だ。熱くなりやすい自分をいつもなだめてくれて助かっている。
そうして、俺たちはそれまでやってきたように、寝る間を惜しんで、漫才のネタを考え、稽古を積んでと、娯楽に興じたりすることなく、お笑い一筋で心血を注いだ。
結果、漫才チャンピオンシップで得られなかったぶんを取り返したというくらい、仕事のオファーをもらえるようになったのだ。
かたや、「まだ」のほうは、手に入れた初の冠番組以降はレギュラーを持てず、そのたった一つのメインの番組の視聴率も伸び悩んでいる。ざまあみろ。
「え!」
そんなある日、俺は芸人仲間から聞いたのである。
「どした?」
後からその仕事現場に来た小野田が、驚いている俺に問いかけた。
「『まだ』の奴ら、『まだなの?』以外のレギュラー、ないじゃんか?」
「まだなの?」というのが、あいつらの冠番組のタイトルだ。
「ああ」
「世間の人気の割に増えないから、どうもおかしいと思ってたけど、あの二人、冠番組を持ったら、それに全精力を傾けるために、他のレギュラーの依頼はすべて断ってるんだってよ!」
「ええっ!」




