天才
うちの芸能事務所は小さい。
社長の丹野くんは、私の学生時代の同級生だ。彼はミーハーで、この業界に進むと迷いなく決めて、大手のプロダクションに入ったのだが、一方で生真面目な性質も持ち合わせており、派手な芸能の世界、人間性を疑う人も少なくないために、そういう人たちと関わるなかで「やってられない」と所属していたところを飛びだして、自ら事務所を立ち上げたのだ。
そして、サービス残業が常態化したブラックな会社で働いていて、転職したい気持ちを抱えていた私は、丹野くん同様にミーハー気質であるゆえに、まんまと彼の誘いに乗った、という経緯で今がある。
そのようにして始めた事務所名を、丹野くんは「まっとう」とした。「まだ」といい、おかしな名前ばかりだ。「まっとう」とつけたのはここまでの説明でわかるだろう。「まだ」の由来は、本人たちによると「まだ誰も踏み入れたことのない領域へ行く」といった意味らしいが、そんなに深く考えて決めたわけでもないそうだ。
ともかく、うちの事務所は弱小で無名なのだから、いろいろな面で「まだ」には漫才チャンピオンシップで活躍し、あわよくば優勝してもらいたかったのである。ここのところ人気や評価がじわじわ上がってきている感じがあって、実現できる雰囲気がしていたタイミングだったのだ。
それを、通常はあり得ない、エントリーを避けるだなんて、丹野くんが大手から独立したことからも、現在の芸能界の主流に刃向かっているという誤解だって招きかねない。そうなったら、事務所にとって、ゼロどころかマイナスだ。
なので、私は彼らの不参加を許可しなかった。
「そんなことをしたら、あんたたち、この業界から干されちゃうよ」
との脅し文句を浴びせて。
それに対して、「干されてたっていいですよ」といった返しをされるのでは? と不安がよぎった。今は動画投稿サイトを主戦場として活動しているタレントが大勢いるからだ。しかし——
「わかりました」
そう素直に応じたので、ほっと胸をなで下ろした。
「動画サイトを中心に活動するっていうのも、今みんなやっていて、やっぱり客観的に見て面白みがないですから」
後に、二人はそのように訳を語った。
とはいえ、やはり漫才チャンピオンシップに普通に出場するのも違うということで、問題とはならないように考えてのあの振る舞いだったみたいだ。
レースから外れたことで、他の出場者たちと比べて、気楽にやれた側面も千堂にはあっただろう。
にしても、一人だけの変則的な漫才で、「実質的な優勝だ」と口を揃えて評される結果を残すなんて——。
「あなた、良かったですなあ、『まだ』に事務所に入ってもらえて。あの二人は天才ですよ」
以前、長年コメディアンをやってこられている方に、私は言われたことがある。
「ただ、天才というのは、変わり者でもあるから、いろいろ苦労されると思いますが」
「はあ……」
私はお笑いについて熟知していないし、「まだ」と関わるようになって間もないと言っていい時期だったこともあって、見た目といい凡人にしか見えない彼らへのその言葉に、まったくピンときていなかった。
あれって、本当だったんだ——。
〈天才芸人現る〉
漫才チャンピオンシップの放送が終了した直後から、ネットやメディアで、千堂へのそんな文言を何度も見聞きした。
そして、彼のもとに恐ろしいというほどの仕事のオファーが舞い込んだのだ。聞くところによると、漫才チャンピオンシップで優勝した大手の事務所のコンビを圧倒する数だったようである。してほしかった優勝はできなかったけれど、優勝する以上に注目される結果になったわけだ。やったー! とうちのスタッフみんなで大喜びした。
ところが、ここでも——
「『まだ』でならOKですが、俺一人の仕事なら受けませんので」
千堂の野郎はほざきやがったのである。
「嘘でしょ? そんなことをしたら、後々たくさんお世話になるかもしれない大切な依頼先から愛想を尽かされちゃうよ。まだ仕事を選べるような立場じゃないんだから」
「だって、俺たち、二人で売れたいんですもん。それに——」
相変わらずリラックスした態度の千堂がそう返すと、話さなくてもわかっているようで白川が言葉を継いだ。
「愛想を尽かされちゃったら、それはそれで面白いじゃないですか」
……はー?
それでどうなったかというと、深刻な事態には至らなかった。
オファーをいただいたところに、話を詰める前に、本人がコンビでの活動を望んでいる旨を伝えると、ほとんどが「じゃあ、二人でもいいですよ」と答えてくれたのだ。おそらく、向こうはどこも今話題の人間を呼べればいいのであって、目当ての千堂も来るわけだし、こちらが言わなくても仕事の依頼が山のように届いていることは予想がつくから、一人にこだわると断られかねないと思ったからじゃないだろうか。
それでもなお千堂のみと要求を貫いてきたところのものは、「ちょっとの件数しかないんだから、やりなさい」と私が説得して、彼が渋々受け入れたことで、事なきを得たのだった。
ちゃんとしたかたちではなかったとはいえ、干されるのはまずいから漫才チャンピオンシップに出ることにしたはずなのに、仕事の依頼先に愛想を尽かされても構わないような発言をするし、本当にあいつらの頭の中はどうなっているのだろうか?
先輩のあの芸人さんには天才だと言っていただいたが、二人はデビューしたての頃、漫才もコントもやるけれども、どのネタもまったくというくらいウケなかったのだ。そういう経験をしていれば普通、身のほどを知って、一つひとつの仕事を大事にという思考になり、ふざけた言動はしないものではないのか?
ウケていなかった期間も、自分たちは才能があると自覚していて「大丈夫」と判断して、漫才チャンピオンシップの評価で一層、いい気になってやがるのだろうか?
何にせよ、二人の常識外れの行動はまだまだ続いたのである。




