epi 8 予期せぬ謁見
「まぁそう緊張せず、気楽にしてよ」
目の前のその人は肩に掛かる金色の髪をさらりと揺らし、美しい碧眼を細めながら愉快そうに口を開いた。
無理です‼︎
だってあなた国王陛下ですよ!
アイリーンとの会話から少しでも早くヴェルナスに事の真相を聞きたくなってしまったリゼは、父のメレヴァン伯爵にそれらしい大義名分のもとに王宮を訪れる理由をこじつけてもらい、準備が整うや否や再び婚約者の職場・王宮へと乗り込ん……もとい、やって来た。
婚約者に会いに来たはずが、何故か国王陛下の私室にほど近い「閉ざされた庭」と呼ばれる陛下の私的な空間に通されたリゼ。そこで若干顔色の悪いヴェルナス、そして国王陛下その人に相対している。
陛下のごく親しい者のみが出入りを許されるこの場所、いわゆる国の重要機密の話し合いや密談が行われるここに、一塊の令嬢が簡単に出入りを許されてしてしまって良いのだろうか?
「せっかく僕が『おのれの私利私欲のために部下の私生活に権力を振りかざして踏み込む暴君の役』をやってあげたのに。ここまでお膳立てしても恥ずかしがって目も合わせない意気地なしなんて捨て置いて、僕の側妃にならない?」
「陛下!」
陛下のお戯れも大概だけど、あろうことか陛下をギリ…と睨みつけるヴェルナス。
(陛下がお膳立て……⁈)
「仮にも王を睨みつけるとは……⁈首ハネちゃおうかな?どう思うエリザベート嬢?」
「私を失うことを一番恐れていらっしゃる陛下らしからぬお言葉」
「ほんと癇に障るよね。有能じゃなかったら即地方に左遷してやるのに」
国王陛下と一官僚の会話とは思えない気兼ねの無さだ。
それだけヴェルナスが陛下の信頼を得ているということなのだろう。
お父様、お母様、我らが未来の旦那様は国王陛下のお気に入りの、相当に将来有望な方だったようです。
「承知の通り、ここは色々ときな臭いところだからさ。気になることがあるからっていきなり婚約者の職場に乗り込んできてしまうくらいのツワモノでないと側妃も務まらないんだよね、君みたいに」
肘を付いた両手に顎をのせてニッコリと微笑む。
「せっかく見つけた有能な部下が私情をこじらせて職務に集中できないと僕としてもまぁまぁ困るから、彼の願いを聞いてメレヴァン伯爵家とブルームハルト子爵家の婚約話を後押ししてあげたんだ」
陛下の口調はゆったりとしていて穏やかな表情を浮かべているが、どこにも隙を見せない抜け目のなさも感じられる。
この冗談のような婚約話の裏にとんでもない国家規模の密命が隠されていても不思議はない……そんな鋭さを隠している。
もしかして、腹心の部下の妻として相応しい人物かどうか見定められてる?
肩掛けにしたローブを直しながら陛下がふわりと優雅に立ち上がると、少し離れた場所に待機していた護衛たちにピリリと緊張が走った。
「税金使って痴話喧嘩するのもほどほどにね。今のこの時間にも国民の血税が使われているんだ。とっとと誤解とやらを解いて我が国のためにせいぜいしっかり働いてくれたまえよ、政務補佐官殿。エリザベート嬢、またね。」
後ろ姿で手をヒラヒラさせながら、物々しい護衛を引き連れ、陛下は去って行ってしまった。
……いまのはいったい何だったの?
答えを求めてヴェルナスを見るも、先ほどよりも青ざめた顔で俯くばかりで、その様子は陛下といる時よりも固く緊張しているようにすら見える。
「補佐官様、お聞きしたいことがあって参りました」
陛下の首切り左遷発言にも動じなかったヴェルナスがビクリと体を震わせる。
「……すまない、リゼ」
「すまない……ってどういう事ですか?何がすまないんでしょう?」
思い人を理由に、これから私はこの人から婚約破棄を言い渡されるのだろうか……。
知らずこぶしを握り締めて身構えてしまう。
「……記憶喪失と嘘をついて、ギルバートに婚約書類を不正に……」
……はぁ⁈
「ち……ちょっと待ってください‼︎嘘って⁈ ギルバート様に不正って……⁈」
「……⁈…そのことを問いただしに来たのではないのですか?」
……頭の処理が追い付かない。
陛下の登場から既に許容量を超えていたのに、この上こんな追い打ちをかけるような爆弾を投下してくるなんて……。
とにかく少しでも落ち着けるように、ふぅーふぅーと息を吐いていると、目の前の婚約者が相当に怒り狂ってしまったと勘違いしたヴェルナスがさらに顔を青くする。
「リゼ……どうか、落ち着いて話を聞いていただけませんか」
望むところです……と鼻息も荒く頷くと、苦虫を噛み潰したような顔をしたままのヴェルナスが重い口を開いた。
「君は覚えていないかもしれないけど……僕たちは昔一度会ったことがあるんです」




