epi 7 青の応酬と疑惑
これはいったい……⁈
目の前の光景に、リゼは夢でも見ているのだろうかと思わず目をこっすって二度見した。
そうしている間にも見慣れた部屋が青で埋め尽くされていく。
その日、ヴェルナスの来訪を告げる先触れの書状と共に送られてきた青い花々。使用人たちの手によって手際よく次々と運び込まれ、あれよあれよという間にリゼの部屋を占拠していった。
ノックの音がして、今や青の間となったリゼの部屋の扉が開かれると、上機嫌の父メレヴァン伯爵が頬を上気させて入室してきた。
「エリザベート、お前と補佐官殿の婚約が正式に受理されたぞ」
「……はい?」
貴族同士の婚約申請の処理には半年ほど掛かるのが通例だ。当然、メレヴァン家とブルームハルト家の婚約もその程度の時間がかるものと踏んでいたのだが。
異例の状況に言葉を失うリゼを気に掛ける余裕もないほど浮かれているメレヴァン伯爵。
「どうも補佐官殿が上手くやってくれたようだ。さすが有能な人間はやることが速いなぁ」
上手くって……法的にアリな方法で⁈それって有能で片付けて良いのかしら⁈
ヴェルナスの豹変ぶりと、あまりの展開の速さに不穏な空気を感じざるを得ない。
青に埋め尽くされた部屋でリゼが複雑な思いに包まれていると、ヴェルナスの到着を告げる家令の声が届いた。
◇ ◇ ◇
片膝をついてリゼを熱っぽく見つめるヴェルナスと、目の前に差し出された青く輝く石の付いた指輪。
驚きで言葉を失うのは今日これで何度目か。
思い出してみると、何も今日に限ったことではなかった。
ヴェルナスが事故に合って以来、何度こうして絶句する瞬間を過ごしてきただろう。
嬉しいはずなのに、何と答えれば良いのか。今のリゼの混乱と不安と期待の入り混じった全てを伝える言葉は到底見つけられなかった。
「ありがとうございます。青……ですね」
リゼの言葉にヴェルナスが意外そうに小さく首をかしげる。
「いつも青いものを身に着けていらっしゃるので。……青がお好きなんですよね⁈」
「いえ、補佐官様の瞳の色なので、いつも身に着けているだけです」
「なっ………‼︎‼︎」
リゼの一言に、ヴェルナスが顔を染めてのけぞる。
……当たり前じゃないですか?むしろ気づいていなかったの?
恋人や婚約者への信愛の証として、相手の瞳の色の装飾品を身に着けたり、強い気持ちの表れとして自らの瞳の色の物を相手に送るのは今や常識である。
「……リゼ……君はなんてっ…‼︎」
頬を紅潮させたままのヴェルナスは、気を取り直すようにコホンと咳ばらいをすると、何かの使命感に燃えるかのような光を宿した目でリゼを見据えた。
「……そういう事ならば、リゼ!婚約の証として贈り物をさせていただきましょう‼選りすぐりの青い宝飾品を王都中から——」
「補佐官様‼ 贈り物は、お花と指輪で充分です」
「……なるほど」
……絶対わかってないわよね、この顔
部屋に溢れる青に埋もれながら、リゼは早くも贈り物の算段をし始めている様子のヴェルナスの顔を不安げに見つめた。
◇ ◇ ◇
「まぁ……素敵な婚約指輪」
リゼの指に輝くサファイヤの指輪を見るなり、アイリーンが呟いた。
華やかなアイリーンに良く似合う真っ赤な紅で縁取られた唇が、綺麗な弧を描く。
リゼは気恥ずかしくも複雑な思いで苦笑いを浮かべた。
そんなリゼをアイリーンが心配そうにのぞき込んでくる。
「……今度は何?晴れてお望み通り”お互いに気持ちを持って結婚”できるんじゃない?嬉しくないの?」
そう問われると、答えに窮してしまう。嬉しい……と素直に喜ぶには、ヴェルナスの変化と態度はあまりにも過剰だし、何より目も合わず会話もままならなかった彼がなぜ急に?
「嬉しくない……わけではないけど。補佐官様のあまりの変わりように、不安になるの」
それに……とリゼは事故後ヴェルナスを見舞った日の出来事を思い出す。
顔を赤らめたリゼを心配(するという小芝居を)したヴェルナスは、冗談かと思いきやあの後本当に医師を呼んでしまったのだった。その際、診察ついでに事故と後遺症について医師から聞いた話によると
——頭部を強く打ったことにより、記憶がなくなるだけではなく、残っている記憶自体も混濁する
……ことがあるらしい。
「すごく愛してたとか、仲が良かったとか……嘘をついているようには見えないけど……どう考えても私との記憶じゃないもの」
そこまで話してはっとする。
「アイリーン、補佐官様は一途な方だってギルバート様も仰っていたわよね? ……もしかして補佐官様は、一途に思っていらしたというマーガレットの刺繍のハンカチの方と私との記憶を勘違いされているんじゃ⁈」
想像に過ぎなかったつじつま合わせが急に真実味を帯び始め、呼吸が重くなったような気がした。
……これ以上このことを考えてはいけない。下手に踏み込まず、素知らぬ顔をしてこのまま穏やかに婚約を進めれば、いづれヴェルナスの妻になれるのだから。
しかし一度生じた疑いの種は、リゼの中でもはや無視できないほどの存在感を放っていた。
薬指できらびやかに光る指輪が、急に自分にはひどく不釣り合いな不穏を象徴する代物に思えてきて、リゼは唇を噛み締めた。
「補佐官様に直接おうかがいしてみるわ」
そうと決めたら居ても立ってもいられず、リゼは父の書斎へ向かった。




