epi 5 氷の補佐官融解作戦2
「はぁぁ………」
およそ貴族令嬢らしからぬ姿で、倒れこんだベッドに顔を埋めながら、リゼは何度目かわからない深い溜息をついた。
結婚を控えた令嬢が婚約相手の職場で他の男性と二人きりで談笑に耽ってしまうとは。
しかも彼は当たり前のことを指摘しただけなのに、謝罪もそこそこにさっさと帰ってきてしまうなんて……。
すごく感じが悪かったに違いない。
どう考えても自分に否がある……思い出すだけで罪悪感と羞恥心で身悶えしそうになる。
少しでもヴェルナスに近づきたくて策を弄していたはずが……逆に会う度に墓穴を掘っている気がする。
何か良い案は無いかと頭を巡らせていたリゼはふとアイリーンの言葉を思い出した。
アイリーン経由のギルバートからの情報によると、ヴェルナスはドライフルーツのタルトが好きらしい。幸いリゼも大好きなものだったので、よく作ってくれている屋敷の料理人に頼んでレシピを教えてもらおう。
【手作りの焼き菓子をプレゼントする】
次の策はこれだわ!
ここで追撃の手を緩めるわけにはいかない。
リゼは鼻息も荒く早速厨房に向かった。
◇ ◇ ◇
「補佐官様もお好きだとうかがったので、料理長に教わりながらお作りしたんです。召し上がっていただけますか?」
「……手作り…ですか⁈」
自信作のタルトを手にブルームハルト邸にやって来たリゼは、昨晩文章化して暗記するほど繰り返し練習した謝罪の言葉の後に、早速ヴェルナスに手渡した。
リゼの謝罪の言葉を『こちらの方こそ』と穏やかに制すと、ヴェルナスはリゼの手から綺麗に包装されたタルトの箱を受け取った。
「よかったら、ご一緒に……」
「いえあの……補佐官様がお酒を嗜まれるとうかがったので…風味づけにお父様のブランデーをこっそり頂いて入れてみたんです。もし酔ってしまってまた見苦しい姿をお見せしてはいけないので私は……」
「酔う……⁈」
何を想像したのか、ヴェルナスの頬が少し上気したように見えた……がすぐにコホンと小さく咳払いしていつもの顔に戻る。
「では、こちらは後ほど私一人でいただくことにいたしましょう。あなたにはこれを」
と言って紅茶によく合いそうなクッキーをリゼに差し出してくれた。
口に運ぶとそれは……
「……シナモンのクッキー⁈私大好きなんです。嬉しい!」
嬉しい偶然に背中を押され、リゼは勢いを借りてヴェルナスに伝えてみる。
「あの……補佐官様、もしお嫌でなければ、お名前でお呼びしたいのですが……ダメでしょうか?」
リゼの提案に瞠目して固まるヴェルナス。
あ…ダメなやつだったのね、ハイ。
調子に乗ってあまりにもぐいぐい責め過ぎたわ……。
頭の中で、ちーーんと終了の鐘が鳴った。
その後、無言で紅茶を飲み、もはや味のしなくなったシナモンのクッキーを咀嚼する音だけが響く部屋で、またもや二人気まずい時間を過ごしたのだった。
◇ ◇ ◇
手元の刺繍枠に張られたハンカチを眺めながら、リゼは今日の出来事を反芻していた。
先日のギルバートとの件といい、今日の呼び名の件といい……。ひょっとするとヴェルナスは積極的な令嬢よりも大人しく奥ゆかしい方が好みなのかもしれない。
作戦の方向を奥ゆかしい令嬢版に変更した方が……⁈そんなことを考えながらも手を休めることなく針を進めていく。
ヴェルナスが大切にしていたという刺繍入りのハンカチを今度はリゼがプレゼントしようと、暇を見つけては少しづつ作り続けているのだ。アイリーン経由のギルバート情報によると、件のハンカチにはマーガレットの花が施されていたらしい。
対抗するわけではないが、ヴェルナスとの(数少ない)思い出の花ということで、アイリスの刺繍を刺すことにした。
我ながらなかなか良い出来だ。
お父様が良い教師をつけてくださったお陰で、およそ令嬢の嗜みといわれているものは平均以上にこなせる自信がある。
今日はヴェルナス情報の定期報告お茶会のためにアイリーンが訪ねてくる予定になっている。彼女が来たらさっそく見せてみよう……。
そんなことを考えていると突然、
「リゼッ‼︎」
扉が乱暴に開かれ、血相を変え目に涙を浮かべたアイリーンが飛び込んできた。
唇をわなわなと震わせながら、アイリーンが低く呟いた。
「……政務補佐官様が……事故に遭われたって」




