epi 4 氷の補佐官融解作戦1
お世辞にも成功とはいえない苦い経験に終わってしまった初顔合わせ。
家同士が決めた言わば政略結婚であるとはいえ、家族になるからにはお互いのことを少しでも知り、好意の下に共に過ごしたい。
庭園で見た、亡き母のことを語るヴェルナスの寂しげな表情……。そんなヴェルナスに、温かい家庭を築いてあげたい。
リゼは汚名を返上すべく、そしてヴェルナスのためにも、自分に少しでも好意を持ってもらおうと幾つかの作戦を練りあげた。
そして今日、満を持してそのうちの一つを実行するためにヴェルナスの邸宅にやって来た。
気合のあまり、令嬢らしからぬ仁王立ちでブルームハルト家の執事に到着を告げる。
リゼを見た執事は一瞬ぎょっとした表情を見せたものの、躾の行き届いた子爵家に仕える者らしく、すぐに落ち着きを取り戻し取次をした。
「メレヴァン伯爵令嬢……何だか今日は……青いですね」
(ハイ‼︎青いです、全身あなたの瞳の色です‼︎)
耳元で揺れるイヤリング、鎖骨の上で光るネックレス、靴、ドレス……全身を青一色に包まれたリゼは、ヴェルナスの次の一言を待った。
コーディネート的にはともあれ……ヴェルナスの瞳の色に合わせた装いは、リゼの柔らかな金色の髪にとてもよく似合っていると思った。
さぁ補佐官様!
絆されてください‼︎
……ひょっとしたらリゼの思いが伝わり、少~しくらい甘い雰囲気になるのではないかという淡い期待は、見事に打ち砕かれた。
青一色のリゼを見たヴェルナスは一瞬目を丸くしたのち、すぐさま視線を外すとリゼをソファへ促した。
その後、それが触れてはいけない話題でもあるかのようにリゼのファッションどころか青という単語すら口にせず、二人は別れたのだった。
◇ ◇ ◇
全身青まみれの出来事から数日後、リゼはヴェルナス宛ての婚約関係の書類を届けるため、王宮の取次所を訪れていた。
書類にかこつけてヴェルナスに会いに行きたいと、父に代理を申し出たのだ。
ちなみに今日のリゼは全身……ではなく、控えめにイヤリングとネックレスのみにヴェルナスの瞳色の使用を止めた。
取次所で名を告げ、控えのソファに座っていると後ろから男性に声をかけられた。
「メレヴァン伯爵令嬢⁈」
「はい……あの、あなたは……⁈」
「ギルバートです、アイリーンの婚約者の」
慌てて立ち上がる。
アイリーンの婚約者⁈……確か、王室書記官をしているとか。
「そうか……君がヴェルナスの……」
含みのある笑みを浮かべてリゼを眺めるギルバート。
ヴェルナスとも親交がある……とアイリーンから聞いてはいたが。
婚約者の同僚に会うのも、友人の婚約者に会うのも……なんだか気恥ずかしい。
「初めまして、ギルバート書記官様。アイリーンからお噂はかねがね」
アイリーンを通してお互いの話を聞いていたせいか、初対面という気がしない。
ギルバートの親しみやすい雰囲気も手伝って、ついヴェルナスのことを聞いてみたくなってしまった。
「あの……ブルームハルト政務補佐官様は職場ではどんなご様子なのですか?好きな食べものや趣味は?」
畳みかけるように質問をぶつけるリゼに、ギルバートが思わず破顔する。
「アイリーンから聞いてはいたけど。君はホントにヴェルナスのことが好きなんだね」
友人の婚約者とは言え、初対面の人に対していくらなんでもいきなりまくし立て過ぎた⁈しかも職場でヴェルナスのことを聞きまくるのはさすがに失礼すぎだったかも……。
「お……お恥ずかしいです。いきなり……申し訳ありませんでした」
頬が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
恥ずかしくて両手で包んで隠す。
そんなリゼを見て、ギルバートが『あはは』と屈託のない笑い声をあげた。
「いや、むしろ嬉しいよ。こんな真っすぐなご令嬢が婚約者の友人で、同僚の婚約者でもあるなんて」
と、不意にギルバートが笑顔を収めて真面目な表情をリゼに向けた。
「ヴェルナスは冷徹政務補佐官なんて言われてるけど、案外不器用で一途な奴なんだ。好きな子に貰ったハンカチをずっと大切に持ってるような……」
そこまで言うと、ギルバートがチラリと意味深な視線をリゼに送った。
「面白味に欠ける人形みたいな真面目人間だけど、悪い奴じゃない……よろしく頼むね、エリザベート嬢」
そう言うと、にこりと笑ってリゼの肩にポンと手を置いた。
気さくな方だなぁと思っていると、後ろから低く落ち着いた声が響いた。
「メレヴァン伯爵令嬢」
「補佐官様⁈」
職場で会えるのも新鮮で嬉しい……と思ったのもつかの間、ヴェルナスの表情を見て浮かれた気分が一気に冷え込んだ。
機嫌が……悪い⁈
気を使ったギルバートが、ヴェルナスへの挨拶も早々に立ち去ろうとする。
「……じゃあまたね、エリザベート嬢」
「はい、ギルバート様」
ギルバートを見送りながら、ヴェルナスの冷ややかな視線を感じていた。
「…………ギルバート書記官とずいぶん親しいんですね……お互いファーストネームで呼び合うほどとは」
「いえ、そんな!ギル……書記官様は友人の婚約者なんです。それでご挨拶をしていただけで……」
「そうでしたか。……しかしこれから婚約をしようという令嬢が公衆の面前で男と二人きりで談笑とは……感心しません」
え⁈
「ご、ごめんなさい。そういうつもりでは……」
謝罪の気持ちを込めて、ヴェルナスを真っすぐに見つめた。
初顔合わせ以来の失敗続きに、情けなくて目が潤んでしまう。
そんなリゼにヴェルナスはまたもや目を逸らし、あからさまに顔を背けた。
怒りのせいだろうか、耳や顔が赤らんでいるようにも見える。
怒らせてしまった⁈
「……補佐官様にお会いしたくて、父に頼んで王宮にやって来たんです。お仕事中のあなたの姿を少しでも……」
「メレヴァン嬢!」
許しを請うために必死に言葉を継ぐリゼを、ヴェルナスは背を身けたまま片手で制した。
目を合わせないどころか、顔を向けてもくださらないの…?
「……すみません……今日はもう、帰ります。お見送りは結構ですので、どうぞお仕事にお戻りください」
涙で滲む目を隠すように俯いたままヴェルナスに告げると、リゼは足早にその場を去った。




