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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第91ページ 「一緒にいたい」が、こんなに怖いなんて知らなかった


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 真白のカフェを出た頃には、日付が変わりかけていた。


 夜の空気は冷たい。


 でも凛の胸の奥には、まださっきの会話の熱が残っていた。


 ――“怖い”ちゃんと言えるようになったよね。


 その言葉。


 凛は帰り道の間、何度も思い返していた。


 昔の自分なら、“怖い”を誰かへ見せるなんて絶対にできなかった。


 不安になるのも。


 寂しくなるのも。


 全部、自分が弱いからだと思っていたから。


 でも今は違う。


 苦しい。


 怖い。


 離れてほしくない。


 そういう感情が、自分の中へちゃんとあることを、少しずつ認め始めている。


 凛はマンションの階段をゆっくり上がった。


 部屋へ入る。


 静かなワンルーム。


 電気をつけると、急に現実へ戻された感じがした。


 さっきまで真白のいる空間にいたからだろうか。


 一人になると、少しだけ胸が空っぽになる。


 凛はコートを脱ぎ、そのまま床へ座り込んだ。


 頭の中では、さっき言えなかった言葉が何度も繰り返されている。


 ――離れていかないでほしい。


 本当はそう言いたかった。


 でも怖かった。


 言った瞬間、自分が“重い人間”になる気がした。


 凛は両膝を抱え、小さく息を吐く。


「……なんなんだろ、これ」


 真白といると安心する。


 声を聞くと少し呼吸が楽になる。


 会えないと寂しい。


 返信が遅いと不安になる。


 そんな自分が、凛にはまだうまく理解できなかった。


 これが“好き”なのか。


 ただ安心したいだけなのか。


 依存なのか。


 その境界がわからない。


 凛はスマートフォンを手に取る。


 真白とのトーク画面。


 最後のメッセージは一時間前。


『帰ったらあったかくして寝なね』


 その短い言葉を見るだけで、胸の奥が少し柔らかくなる。


 凛は画面を見つめながら、ぼんやり思った。


 もし真白が突然いなくなったら。


 もう会えなくなったら。


 その想像をした瞬間、胸の奥が強く痛んだ。


 怖い。


 本当に。


 凛は昔から、“なくなる前提”で人間関係を見ていた。


 友達も。


 家族も。


 安心した瞬間、壊れる気がしていた。


 だから深く期待しないようにしてきた。


 でも最近は違う。


 期待してしまう。


 “また会いたい”と思ってしまう。


 “ここにいてほしい”と思ってしまう。


 その感情が、凛を苦しくもさせていた。


 凛はベッドへ横になった。


 天井を見る。


 静かな夜。


 でも頭の中はずっと騒がしい。


 その時、スマートフォンが震えた。


 灯だった。


『まだ起きてる?』


 凛は少しだけ目を瞬かせる。


『起きてる』


 返信。


『私今めっちゃ病んでる笑』


 そのメッセージに、凛は少しだけ笑ってしまう。


 灯は時々、苦しい時ほど冗談みたいに言う。


『どうしたの?』


『なんか急に、自分誰にも必要とされてない気がしてる』


 その言葉を見た瞬間、凛の胸が少し痛む。


 必要とされてない。


 その不安は、凛にもすごくわかる。


『私も今日、似た感じだった』


 凛は正直に返した。


『誰かと近くなるほど怖くなる』


 既読。


『あー……』


『わかる』


 灯からすぐ返ってくる。


『安心すると、その分なくなるの怖くなるよね』


 凛はスマートフォンを握りしめる。


 本当にそうだった。


 昔は孤独だった。


 でも孤独なら、“失う怖さ”は少なかった。


 今は違う。


 温かい場所を知ってしまったから、その分怖い。


『ねえ凛ちゃん』


 灯からまたメッセージ。


『それってさ、多分ちゃんと“誰かと生きたい”って思い始めてるってことなんじゃない?』


 その言葉を見た瞬間、凛の呼吸が少し止まる。


 誰かと生きたい。


 その感覚。


 凛は今まで、ちゃんと考えたことがなかった。


 一人で頑張るしかないと思っていた。


 誰にも迷惑をかけないように。


 ちゃんとして。


 壊れないように。


 そうやって生きることばかり考えていた。


 でも今は。


 真白と話したいと思う。


 灯のメッセージで安心する。


 七海が笑っていると嬉しい。


 そういう“繋がり”を、凛はもう完全には手放したくなくなっている。


『……でも怖い』


 凛は小さく送る。


『もし嫌われたらって思う』


 既読。


『うん』


『でもさ、人って嫌われるの怖いくらい大事な相手できる時あるよ』


 灯は続ける。


『それって悪いことじゃないと思う』


 凛は目を閉じた。


 悪いことじゃない。


 でも凛は今まで、“人を必要とする自分”をずっと否定してきた。


 依存しちゃ駄目。


 迷惑かけちゃ駄目。


 ちゃんと一人で立てなきゃ。


 そう思っていた。


 でも。


 人は本当に、一人だけで生きるものなんだろうか。


 凛は静かに天井を見つめる。


 真白の言葉を思い出す。


 ――“一緒にいると安心する”って、人間関係のすごく自然な部分だと思う。


 安心したい。


 一緒にいたい。


 そう思うこと。


 それは本当に“弱さ”なんだろうか。


 凛は胸の奥へ手を当てる。


 そこには今、確かに誰かを求める感情があった。


 寂しい夜に、会いたいと思う相手。


 苦しい時、“大丈夫”と言ってほしいと思う相手。


 それは多分。


 凛が初めて、“一人で生き延びる”以外の生き方を知り始めているということだった。


 窓の外では、空が少しだけ白み始めている。


 夜明け前の静かな時間。


 凛はスマートフォンを胸へ抱きながら、小さく目を閉じた。


 “離れていかないで”は、まだ言えない。


 でも。


 “ずっと一緒にいたい”と思う気持ちは、もう確かに凛の中へ生まれ始めていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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