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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第88ページ  愛されるのが、ずっと怖かった


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 夕方。


 ゼミが終わったあとも、凛はしばらく大学を出られずにいた。


 中庭のベンチへ座ったまま、ぼんやり空を見上げる。


 灰色だった空は、少しずつ夜の色へ変わり始めていた。


 冷たい風が吹く。


 周囲では学生たちが笑いながら帰っていく。


 凛はその光景を見ながら、また少しだけ胸の奥が重くなるのを感じていた。


 ――みんな、ちゃんと生きている。


 その感覚。


 凛は昔から、人が“普通に幸せそうにしている姿”を見るのが苦手だった。


 羨ましい。


 でも同時に、苦しい。


 自分だけ、その輪の外側にいる気がするから。


 ベンチから立ち上がり、凛はゆっくり歩き始める。


 帰ろう。


 そう思った時だった。


 キャンパスの出口近くで、偶然七海を見つけた。


「あ、凛ちゃん!」


 七海が手を振る。


 その隣には、見知らぬ男の人がいた。


 背が高くて、穏やかそうな雰囲気の人。


「あ、彼氏?」


 凛が聞くと、七海は少し照れたように笑った。


「そう」


 その笑顔を見た瞬間。


 凛の胸が、少しだけぎゅっと痛んだ。


 七海は幸せそうだった。


 自然に笑っていた。


 その隣にいるだけで安心しているように見えた。


 凛は笑顔を作る。


「そっか、よかったね」


「ありがと」


 七海は少し嬉しそうに笑う。


 彼氏も軽く頭を下げた。


 短い会話。


 それだけだった。


 でも二人が並んで歩いていく後ろ姿を見た瞬間、凛の胸の奥に言いようのない感情が広がっていく。


 羨ましい。


 でも。


 苦しい。


 凛はその場で立ち尽くした。


 七海のことは好きだった。


 幸せになってほしいとも思う。


 なのに。


 どうしてこんなに胸が痛くなるんだろう。


 凛は小さく息を吐き、そのまま駅へ向かった。


 人混み。


 夕方の雑踏。


 でも頭の中では、さっきの光景ばかり浮かんでいる。


 七海の笑顔。


 自然に並んで歩く二人。


 “安心できる居場所”がある人の空気。


 凛は電車へ乗り込み、窓際へ立った。


 胸の奥がざわざわして落ち着かない。


 ――私には、ああいうの無理かもしれない。


 不意にそんな考えが浮かぶ。


 真白といると安心する。


 会いたいと思う。


 声を聞きたいと思う。


 でも同時に。


 近づけば近づくほど、怖くなる。


 嫌われたらどうしよう。


 重いと思われたら。


 “普通じゃない自分”を知って、離れていったら。


 そんな不安ばかりが膨らんでいく。


 凛は目を閉じた。


 昔からそうだった。


 人と距離が近くなるほど怖くなる。


 友達も。


 恋愛も。


 本当に自分を知られた瞬間、嫌われる気がしていた。


 家へ帰る。


 静かな部屋。


 コートを脱ぎ、凛はそのまま床へ座り込んだ。


 疲れていた。


 でも今日の疲れは、“社会”だけじゃなかった。


 人と比べてしまう苦しさ。


 幸せそうな人を見て、自分の空っぽな部分を感じてしまう苦しさ。


 それが胸の奥へ広がっていた。


 凛はスマートフォンを開く。


 七海からメッセージが来ていた。


『さっき急にごめんね笑』


『また今度ゆっくり話そ!』


 その文章は明るかった。


 凛は少しだけ安心する。


 七海は変わらない。


 でも同時に。


 また胸が少し痛んだ。


 ――置いていかれる。


 その感覚。


 凛は昔から、人が“誰かの特別”になっていく瞬間を見るのが苦手だった。


 自分だけ取り残される気がするから。


 凛はスマートフォンを胸へ抱え、ぼんやり天井を見る。


 すると、不意に昔の記憶が蘇った。


 高校一年の頃。


 仲の良かった友達が、恋人ができた途端ほとんど連絡をくれなくなったこと。


 最初は「おめでとう」と笑っていた。


 でも本当は寂しかった。


 置いていかれた気がした。


 でもそんな感情を持つ自分が嫌で、余計に苦しくなった。


「……私、愛されるの怖いんだ」


 ぽつりと呟く。


 その言葉を口にした瞬間、自分でも少し驚いた。


 凛は今まで、“愛されたい”と思っていた。


 でも本当は。


 “愛されること”自体が怖かったのかもしれない。


 近づけば、失う怖さが生まれる。


 大事になるほど、不安になる。


 だからどこかで、“最初から一人の方が安全”と思ってしまう。


 でも。


 最近の凛は、もう完全な孤独へ戻れなくなっていた。


 真白と話す時間。


 灯から来るメッセージ。


 七海の「無理しないでね」。


 そういう小さな温度を知ってしまったから。


 凛はスマートフォンを開き、真白とのトーク画面を見る。


 少し迷う。


 でも今夜も、ちゃんと話したかった。


『今日、七海ちゃんの彼氏見た』


 送信。


『なんか、幸せそうで苦しくなった』


 そこまで打って、凛は少し指を止めた。


 こんなこと言ったら嫌な人みたいだ。


 でも。


 今は隠したくなかった。


『羨ましかったし、置いていかれる感じもした』


 送信。


 既読。


 凛は静かに息を吐く。


 数秒後、真白から返信が来た。


『そっか』


『ちょっと寂しくなったんだね』


 その言葉を見た瞬間、凛の胸がじわりと熱くなる。


 寂しかった。


 本当は。


 羨ましいより先に、“寂しい”だった。


『多分さ』


 真白が続ける。


『凛ちゃん、“大事な人が自分から離れていく怖さ”がかなり強いんだと思う』


 凛は画面を見つめたまま動けなくなる。


 離れていく怖さ。


 本当にそうだった。


 だから人と深く関わるのが怖い。


 好きになるほど、不安になる。


『昔から、“安心できる関係が急になくなる”経験多かった?』


 そのメッセージを見た瞬間、凛の胸が少し痛む。


 母の顔色。


 友達との距離。


 “ちゃんとしていないと関係が壊れる”感覚。


 凛はずっと、人との繋がりを“失う前提”で見ていた。


『……多分』


 凛は小さく返した。


 すると真白はこう送ってきた。


『だから今、誰かを好きになると、“幸せ”より先に“失う怖さ”が来るんだと思う』


 凛は目を閉じる。


 その通りだった。


 真白といる時間は安心する。


 でも同時に。


 “この時間がなくなったら”を考えてしまう。


 それが怖くて、時々苦しくなる。


『でもさ』


 真白からまたメッセージ。


『怖いってことは、それだけちゃんと人を大事に思い始めてるってことでもあるよ』


 その言葉が、静かに胸へ落ちる。


 大事に思っている。


 だから怖い。


 凛は今まで、“怖くなる自分”を弱いと思っていた。


 でもそれは、本当は“誰かを失いたくない”感情だったのかもしれない。


 窓の外では、夜が静かに深くなっていく。


 凛はスマートフォンを胸へ抱えながら、小さく目を閉じた。


 愛されたい。


 でも愛されるのが怖い。


 近づきたい。


 でも失うのが怖い。


 その矛盾を抱えたまま、それでも誰かと繋がろうとしている。


 それはきっと。


 凛の中の“生きたい側”が、まだ消えていない証だった。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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