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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第86ページ  「ちゃんとしてないと、愛されないと思ってた」


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 その夜、凛はなかなか眠れなかった。


 部屋の電気は消している。


 でも頭の中だけがずっと明るく、いろんな感情が止まらなかった。


 真白へ送った長いメッセージ。


 “普通になろうとするたび、息ができなくなっていた”。


 その言葉を打った瞬間、自分でも驚くくらい涙が出た。


 多分あれは、凛が長い間ずっと飲み込んできた本音だった。


 でも今まで、その苦しさを誰かへ説明できたことはなかった。


 周囲から見れば、ただ“考えすぎな人”だったから。


 “真面目すぎる人”。


 “気にしすぎる人”。


 そういう言葉で片づけられてきた。


 だから凛も、自分の苦しさを“甘え”なんじゃないかと思い続けていた。


 でも真白は違った。


 “普通が苦しい人に、普通にしなよはきつい”。


 その言葉を読んだ時、凛は初めて少しだけ、“苦しかった自分”を否定しなくていい気がした。


 凛は布団の中でゆっくり息を吐く。


 窓の外では、風の音がしていた。


 冬の夜。


 静かな東京。


 その時、スマートフォンが震えた。


 画面を見る。


 母だった。


 凛の胸が少し強張る。


 最近、母からの連絡は以前より少し怖かった。


 嫌いなわけじゃない。


 でも話すたび、“普通”という言葉が自分の中へ戻ってくるから。


 少し迷ってから、凛は通話ボタンを押した。


「もしもし」


『あ、凛?』


 母の声はいつも通りだった。


『起きてた?』


「うん」


『ごめんね、遅くに』


 その口調に悪意はない。


 母はいつだって、“普通の母親”として接しようとしている。


 でも。


 凛は昔から、その“普通”の中で苦しくなっていた。


『就活どう?』


 その言葉を聞いた瞬間、凛の胸がまた少し重くなる。


「……まあまあ」


 反射的にそう答えてしまう。


 本当は全然“まあまあ”じゃない。


 怖い。


 苦しい。


 向いていない気がする。


 でも凛は昔から、本音をそのまま母へ言えなかった。


『凛は真面目すぎるからねぇ』


 母は少し笑いながら言った。


『もっと気楽にやればいいのに』


 その言葉を聞いた瞬間、凛の胸が静かに痛む。


 まただ、と思った。


 気楽にできるなら苦しくない。


 でも母は、多分悪気なく言っている。


 だから余計に苦しかった。


 “普通にできる側の人”には、この感覚は伝わらない。


『最近ちゃんとご飯食べてる?』


「……うん」


『あんた昔から無理するとすぐ顔に出るからね』


 その言葉を聞きながら、凛はぼんやり思う。


 母は凛を心配している。


 愛情もある。


 でも同時に。


 母はずっと、“ちゃんと生きられる娘”を求めていた。


『あんまり考え込みすぎないようにね』


 電話の最後、母は優しくそう言った。


 凛は小さく「うん」と返す。


 通話が切れたあと、部屋はまた静かになった。


 凛はスマートフォンを見つめたまま動けなかった。


 胸の奥がざわざわしている。


 責められたわけじゃない。


 怒られたわけでもない。


 でも。


 凛は母と話すたび、“ちゃんとできない自分”へ戻ってしまう感覚があった。


 布団の中で目を閉じる。


 すると、昔の記憶がゆっくり浮かんでくる。


 小学生の頃。


 母と一緒にスーパーへ行った帰り道。


 凛は人混みと音に疲れて、途中でしゃがみ込んでしまったことがある。


『もう、何してるの』


 母は困った顔をしていた。


 怒鳴ったわけではない。


 でも凛には、その“困った顔”が何より怖かった。


 迷惑をかけた。


 普通の子なら、ちゃんと歩けるのに。


 そう思った。


 それから凛は、“困らせない子”になろうとした。


 静かにする。


 我慢する。


 空気を読む。


 ちゃんとする。


 そうしないと、愛されなくなる気がした。


 凛は布団をぎゅっと握りしめる。


「……私、ずっと怖かったんだ」


 小さく呟く。


 “ちゃんとしてないと愛されない”。


 その感覚。


 多分、凛の人生の中心にずっとあった。


 だから苦しくても頑張った。


 空気を読んだ。


 笑った。


 疲れても、“普通のふり”をやめられなかった。


 でも。


 最近の凛は、その生き方に限界を感じ始めている。


 真白へ“会いたい”と言った夜。


 灯へ“しんどい”と送った夜。


 七海へ“一人でいたい”と言えた昼。


 少しずつ、“ちゃんとしてない自分”を外へ出し始めている。


 怖い。


 でも。


 そのたび、すぐ捨てられたわけではなかった。


 凛はスマートフォンを開く。


 真白とのトーク画面。


 少し迷ってから、メッセージを打った。


『さっき母と電話した』


 送信。


『別に嫌なこと言われたわけじゃないのに、なんか苦しくなった』


 既読。


 真白から返事が来るまでの間、凛は静かに呼吸を整える。


『そっか』


 短い返事。


 でもそれだけで少し安心する。


『凛ちゃん、多分“ちゃんとしてなきゃ”がかなり深いところにあるんだろうね』


 その言葉を見た瞬間、凛の目が少し熱くなる。


 深いところ。


 本当にそうだった。


 頭じゃなく、身体の奥に染みついている感じ。


 ちゃんとしていないと嫌われる。


 迷惑をかけたら捨てられる。


 そういう感覚。


『多分それって、凛ちゃんが弱いからじゃなくて、“ずっと頑張って生き延びてきた癖”なんだと思う』


 凛はスマートフォンを見つめたまま、動けなくなる。


 生き延びてきた癖。


 その表現は、不思議なくらいしっくりきた。


 凛は今まで、“自分が悪い”と思っていた。


 でも違うのかもしれない。


 苦しかった環境の中で、“嫌われない方法”を必死に覚えてきただけなのかもしれない。


『だから今、凛ちゃんがしんどくなるのって、“弱いから”じゃなくて、“ずっと無理してきた反動”でもあると思う』


 そのメッセージを読んだ瞬間、凛の目から涙が零れた。


 無理してきた。


 本当に。


 ずっと。


 誰にも迷惑をかけないように。


 ちゃんとした子でいられるように。


 自分を削りながら生きてきた。


 だから今、少しずつ限界が来ているのかもしれない。


『凛ちゃんさ』


 真白からまたメッセージ。


『最近、“苦しい自分”を前よりちゃんと見れるようになってきてるじゃん』


 凛は静かに目を閉じる。


 確かに。


 昔は、“苦しい自分”を見るのが怖かった。


 認めた瞬間、本当に壊れそうだったから。


 だから無理やり普通のふりをしていた。


 でも今は違う。


 苦しい。


 怖い。


 疲れた。


 そういう感情を、少しずつ言葉にできるようになっている。


『それって多分、“自分を責める”から、“自分を守る”へ変わり始めてるってことだと思う』


 その一文を見た瞬間、凛の胸の奥がじわりと熱くなる。


 自分を守る。


 凛は今まで、一度もそんなふうに考えたことがなかった。


 ずっと、“直さなきゃ”だった。


 “普通にならなきゃ”だった。


 でも本当は。


 必要だったのは、“壊れそうな自分”を責めることじゃなく、守ってあげることだったのかもしれない。


 窓の外では、風が静かに鳴っている。


 凛は布団へ顔を埋めながら、小さく息を吐く。


 まだ怖い。


 社会も。


 未来も。


 普通になれない自分も。


 でも今夜。


 凛は少しだけ思えた。


 “ちゃんとしてない自分”にも、本当はずっと、助けが必要だったのだと。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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