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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第84ページ  みんな先へ行ってしまう気がした


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 次の日の朝。


 凛は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


 眠りは浅かった。


 夢の中でも、誰かに置いていかれる感覚がずっとあった。


 広い駅のホーム。


 たくさんの人が前へ歩いていく。


 凛だけがうまく歩けない。


 足が重くて動かない。


 気づけば周囲には誰もいなくなっていて、一人だけ取り残されている。


 そんな夢。


 凛は布団の中で、小さく息を吐いた。


 胸の奥に重たい感覚が残っている。


 でも今日は、一限から講義があった。


 休む理由はない。


 凛はゆっくり身体を起こした。


 洗面所で顔を洗う。


 鏡を見る。


 少し疲れた顔。


 それでも以前より、“もう全部無理”だけではなくなっている自分もいた。


 苦しい。


 でも、“誰にも言えない苦しさ”ではなくなってきている。


 その違いは、凛にとって思っている以上に大きかった。


 大学へ向かう電車。


 窓の外では、曇った冬空が広がっている。


 車内にはスーツ姿の社会人が多かった。


 疲れた顔。


 眠そうな目。


 でもみんな、ちゃんと朝になれば働きに行く。


 凛はその光景を見ながら、また少し苦しくなる。


「……私にできるのかな」


 小さく呟く。


 社会へ出ること。


 毎日働くこと。


 人間関係。


 “普通の生活”。


 凛には、その全部がとても遠く感じた。


 大学へ着く。


 キャンパスには、いつも通り学生たちの声が溢れていた。


 笑い声。


 待ち合わせ。


 サークル勧誘。


 その空気の中へ入るだけで、凛は少し疲れる。


 でも最近は、“疲れる自分”を前ほど責めなくなってきていた。


 真白に言われた言葉。


 ――感じすぎる人なんだと思う。


 あの一言が、凛の中へ静かに残っている。


 講義が終わった昼休み。


 凛は購買へ向かう途中で、偶然ゼミの男子グループの会話が耳へ入った。


「内定式もう緊張したわ」


「春から大阪なんだよね」


「俺、営業だけは向いてなさそうで怖い」


 笑いながら話している。


 未来の話。


 社会人になる話。


 それを聞いた瞬間、凛の胸が急にざわついた。


 みんな、もう前へ進んでいる。


 未来へ向かっている。


 なのに自分だけ、まだ“生きるだけで精一杯”な気がした。


 凛はその場から逃げるように歩き出す。


 呼吸が浅い。


 頭の奥がじわじわ熱い。


 “置いていかれる”。


 その感覚が、一気に膨らんでいく。


 中庭のベンチへ座り込む。


 冷たい風。


 冬の木々。


 周囲では学生たちが楽しそうに話している。


 凛は膝の上で指をぎゅっと握った。


「……なんで私はこんなに怖いんだろ」


 みんな不安はあるはずだ。


 でも、それでも進んでいる。


 なのに凛は、グループディスカッションだけで呼吸が苦しくなる。


 未来を考えるだけで、消えたくなる夜がある。


 その差が、凛にはとても大きく思えた。


 スマートフォンが震える。


 七海からだった。


『今日学食いる?』


 凛は少しだけ画面を見つめる。


 人といる元気は、今あまりなかった。


『ごめん、ちょっと一人いたい』


 送信。


 すぐ既読。


『りょーかい』


『無理しないでね』


 短いメッセージ。


 それだけなのに、少しだけ胸が温かくなる。


 昔の凛なら、“一人いたい”すら言えなかった。


 誘いを断るだけで嫌われる気がしていたから。


 でも今は。


 少しずつ、“今の自分”を言葉にできるようになっている。


 凛はベンチへ座ったまま、ぼんやり空を見る。


 灰色の空。


 冬の匂い。


 その時、不意に真白の言葉を思い出した。


 ――“普通になる”じゃなくて、“自分で生きる”に近づいてる。


 凛は静かに目を伏せる。


 自分で生きる。


 その言葉は、まだうまくわからない。


 でも。


 今までの凛は、“周囲へ合わせること”だけを人生の基準にしていた。


 みんなと同じように笑う。


 同じように働く。


 同じ速度で進む。


 それができない自分を、ずっと責めてきた。


 でも最近、少しだけ思う。


 本当に必要なのは、“同じ速度”じゃないのかもしれない。


 凛はポケットからイヤホンを取り出す。


 静かなピアノ曲を流す。


 少しだけ、呼吸が落ち着く。


 周囲の声が遠くなる。


 凛はそのまま、スマートフォンのメモアプリを開いた。


 最近は、苦しい時ほど言葉を書きたくなる。


 頭の中だけだと、感情がぐちゃぐちゃになるから。


 凛はゆっくり文字を打ち始める。


『みんな先へ進んでいる気がして、苦しくなる。

私はまだ、“普通に生きる”だけでこんなに疲れているのに。』


 そこまで書いて、指が止まる。


 胸の奥が少し痛い。


 でも。


 書くことで、自分の感情が少し整理される。


『本当は、置いていかれるのが怖い。

みんながちゃんと未来へ向かう中、自分だけ立ち止まったまま消えていく気がする。』


 文字を打ちながら、凛は静かに涙を拭った。


 “置いていかれる”。


 それが、ずっと怖かった。


 だから必死に合わせようとしてきた。


 でも、合わせるほど壊れていった。


 その時、後ろから声がした。


「朝比奈?」


 凛は肩を震わせて振り返る。


 三崎だった。


 バイト先の社員。


 スーツ姿で立っている。


「何してんの?」


「……ちょっと休憩です」


 凛は慌ててスマートフォンを閉じた。


 三崎は特に気にした様子もなく笑う。


「就活大変だよな」


 その口調は軽い。


 でも凛の身体は少し強張っていた。


 三崎は続ける。


「まあでも、慣れだから」


 その言葉を聞いた瞬間、凛の胸がまた少し冷える。


 慣れ。


 頑張ればできる。


 みんなやってる。


 その言葉たちは、悪意がなくても凛を苦しくさせる。


「社会出たら嫌でも慣れるよ」


 三崎は笑いながら言った。


「最初しんどくても、みんなそうだから」


 凛は小さく「はい」と返した。


 でも心の中では、少しずつ呼吸が苦しくなっていく。


 “みんなそう”。


 その言葉。


 凛は昔から、その中へ入れなかった。


 三崎が去ったあと、凛はしばらく動けなかった。


 ベンチへ座ったまま、小さく息を吐く。


 やっぱり社会は、“普通に適応できる人”前提で回っている。


 凛みたいに、人より疲れやすい人間は置いていかれる。


 そんな不安が、また胸の奥へ広がっていく。


 でも。


 その時。


 凛はふと、自分がさっき書いた文章を見返した。


『本当は、置いていかれるのが怖い。』


 その一文。


 凛はそこへ、ゆっくり続きを書き足した。


『でも、“置いていかれたくない”と思っているということは、

本当はまだ、ちゃんと生きたいのかもしれない。』


 その文字を打った瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなる。


 怖い。


 でも。


 怖いということは、多分まだ諦めきれていない。


 凛はスマートフォンを胸へ抱える。


 周囲では学生たちの笑い声が響いている。


 未来へ向かう人たち。


 ちゃんと生きているように見える人たち。


 その中で凛は、まだ不安だらけだった。


 でも。


 以前の凛より少しだけ、“苦しい自分”を見失わなくなっている。


 それは多分。


 誰かと繋がりながら、“自分の速度”を探し始めているからだった。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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