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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第80ページ  「会いたい」と言ってしまった夜


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 夜は静かだった。


 灯とのやり取りが終わったあとも、凛はしばらくベッドの上で動けずにいた。


 スマートフォンを胸へ抱えたまま、ぼんやり天井を見つめる。


 部屋の明かりは消していた。


 カーテンの隙間から、外の街灯の光だけが薄く差し込んでいる。


 胸の奥はまだ重かった。


 でも。


 少し前までみたいな、“完全な暗闇”ではなくなっていた。


 灯の言葉。


 ――消えたい時って、“本当は助けて”だったりするよね。


 その一文が、ずっと頭の中へ残っている。


 助けて。


 凛はその言葉を、人生でほとんど使ったことがなかった。


 小さい頃から、“迷惑をかけない子”でいようとしてきたから。


 苦しくても我慢する。


 泣きたくても笑う。


 助けを求めたら、困らせる気がしていた。


 だから。


 本当は何度も苦しかったのに、“大丈夫”ばかり覚えてしまった。


 凛はゆっくり目を閉じる。


 今日、就活会場で感じた息苦しさ。


 周囲へ馴染めない感覚。


 “自分だけ違う”と思ってしまった瞬間。


 あの苦しさは、まだ身体の中へ残っている。


 でも。


 灯へ「しんどい」と送れた。


 “もう無理かも”と少しだけ言えた。


 それだけで、ほんの少し呼吸が戻った。


 昔の凛なら。


 何も言わず、一人で潰れていた気がする。


 凛はスマートフォンを見つめる。


 真白とのトーク画面。


 最後のメッセージは数時間前。


『凛ちゃん、今日はゆっくり休みな』


 その短い言葉。


 それだけなのに、見ると少し安心してしまう。


 凛は画面を見つめながら、小さく眉を寄せた。


 最近、自分は真白へ頼りすぎている気がする。


 会いたくなる。


 声を聞きたくなる。


 苦しい時、顔を思い浮かべる。


 それは温かい。


 でも同時に、とても怖かった。


 もし突然いなくなったら。


 嫌われたら。


 離れられたら。


 そう考えるだけで、胸が締めつけられる。


 凛はスマートフォンを伏せ、両手で顔を覆った。


「……重いよね、こんなの」


 ぽつりと呟く。


 誰かを必要とすること。


 安心したいと思うこと。


 凛はまだ、それを“弱さ”みたいに感じてしまう。


 昔、母が疲れた顔で言った言葉。


『あんたまで手かからないで』


 その記憶が、今でもどこかに残っている。


 だから凛は、“必要とする側”になるのが怖い。


 頼った瞬間、見捨てられる気がする。


 でも今夜は、一人で抱えるには少し苦しすぎた。


 凛は何度もスマートフォンを手に取り、また置く。


 送ろうとして、やめる。


 迷惑かもしれない。


 重いかもしれない。


 でも。


 頭の中で何度も同じ感情が浮かんでいた。


 ――会いたい。


 その言葉に気づくたび、凛は少し怖くなる。


 “会いたい”なんて。


 そんなふうに思う相手ができること自体、昔の自分にはなかった。


 凛は深く息を吐く。


 そして。


 震える指でメッセージを打ち始めた。


『……今、ちょっと会いたいって思ってる』


 そこまで打って、止まる。


 送る?


 本当に?


 凛の心臓がうるさい。


 こんなの絶対重い。


 困らせる。


 でも。


 今日はもう、“平気なふり”をする力が残っていなかった。


 凛は目を閉じ、そのまま送信ボタンを押した。


 既読はすぐについた。


 凛の呼吸が止まる。


 怖い。


 返事が来るまでの数秒が、やけに長く感じた。


 やがて画面が光る。


『うん』


 その一言。


 凛の胸がじわりと熱くなる。


『今から少しだけ行く?』


 そのメッセージを見た瞬間、凛の目に涙が滲んだ。


 拒絶されなかった。


 困った感じもない。


 ただ自然に、“来る?”と言われた。


 凛はスマートフォンを握りしめる。


『……行きたい』


 送信。


 その文字を打った瞬間、自分でも驚くくらい涙が溢れた。


 行きたい。


 助けてほしい。


 安心したい。


 そんな感情を、凛は今までずっと押し殺してきた。


 でも今は。


 少しだけ、“誰かのところへ行きたい”と思えている。


 凛は急いで上着を羽織った。


 鏡を見る。


 目が少し赤い。


 でも、不思議とさっきより呼吸がしやすかった。


 夜の街へ出る。


 冷たい風。


 静かな道路。


 駅前のコンビニの灯り。


 東京の夜は、孤独な人を隠すみたいに静かだった。


 凛は歩きながら、ぼんやり思う。


 昔の自分なら、“会いたい”なんて言えなかった。


 寂しいも。


 苦しいも。


 全部、“迷惑になる感情”だと思っていた。


 でも今は。


 苦しい時、“誰かに会いたい”と思う。


 その感情を、少しだけ認め始めている。


 真白のカフェへ着くと、店はもう閉店後だった。


 でも中の灯りはついている。


 凛が扉を開けると、ベルが小さく鳴った。


 真白はカウンターの奥で片付けをしていた。


 凛を見ると、少しだけ安心したように笑う。


「こんばんは」


 その声を聞いた瞬間。


 凛の中で張り詰めていたものが、少し崩れそうになる。


「……こんばんは」


 声が少し震える。


 真白は何も言わず、カウンター席を指した。


「座る?」


 凛は小さく頷く。


 店の中は静かだった。


 コーヒーの匂い。


 柔らかい照明。


 落ち着いた音楽。


 その空気だけで、少し涙が出そうになる。


 真白は温かいココアを置いた。


「甘いやつ飲んだ方がいい気がした」


 凛はそれを見つめ、小さく「ありがとう」と言う。


 マグカップを両手で包む。


 温かい。


 その熱が、冷え切っていた身体へゆっくり染みていく。


「今日、かなりしんどかった?」


 真白が静かに聞く。


 凛はしばらく黙っていた。


 でも今夜は、ちゃんと話したかった。


「……なんか、自分だけ社会に向いてない気がした」


 ぽつりと呟く。


 真白は何も急かさず聞いている。


「みんな普通にできるのに、自分だけ会話も上手く入れなくて」


 凛の声は少し掠れていた。


「もう無理かもって思った」


 真白は静かに頷く。


 否定しない。


 すぐ励まさない。


 その沈黙が、凛には少し安心だった。


「でもさ」


 真白がゆっくり口を開く。


「凛ちゃん、今日ちゃんと“会いたい”って言えたじゃん」


 凛は少し目を瞬かせる。


「それ、多分すごい大事だと思う」


 その言葉を聞いた瞬間、凛の胸がじわりと熱くなる。


 確かに。


 今日の凛は、“一人で耐える”を選ばなかった。


 怖かったけれど、“会いたい”と言った。


 助けを求めた。


 それは昔の凛には、できなかったことだった。


「……怖かった」


 凛は正直に言う。


「重いって思われる気がして」


 真白は少し笑った。


「じゃあ今、重いって思ってるように見える?」


 凛は小さく首を振る。


「……見えない」


「うん」


 真白は穏やかに言った。


「“助けて”って言われることって、必ずしも迷惑じゃないよ」


 その言葉を聞いた瞬間、凛の目から涙が零れた。


 助けて。


 その言葉を、凛はずっと悪いものだと思っていた。


 でも今。


 “会いたい”と言っても、ここにいていいと言われた。


 それだけで。


 凛の中の孤独は、ほんの少しだけ軽くなっていた。


 窓の外では、冬の夜が静かに続いている。


 凛は温かいココアを飲みながら、ぼんやり思う。


 本当は。


 自分はまだ、生きたいのかもしれない。


 苦しいけれど。


 怖いけれど。


 誰かと繋がりながら、もう少しだけこの世界にいたいと思っているのかもしれなかった。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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