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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第78ページ  「普通の人たち」の中で


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 その日の朝、凛はひどく気が重かった。


 就活用のグループディスカッション。


 大学のキャリアセンター主催の模擬面接と、企業研究会。


 参加自由だったが、教授から「今の時期は積極的に参加した方がいい」と何度も言われていた。


 だから凛も申し込んだ。


 でも、数日前からずっと憂鬱だった。


 “集団で話し合う”。


 その言葉だけで、胸の奥がざわつく。


 空気を読むこと。


 タイミングを見て話すこと。


 自分の意見を簡潔にまとめること。


 周囲へ合わせながら、ちゃんと存在感も出すこと。


 そういうもの全部が、凛は昔から苦手だった。


 でも社会は、それを“普通にできる前提”で進んでいく。


 朝の電車。


 窓へ映る自分の顔は少し青白かった。


 凛はイヤホンもつけず、ぼんやり揺られている。


 周囲にはスーツ姿の人が多かった。


 みんな疲れた顔をしている。


 でも、その疲れすら“ちゃんと社会で生きている証”みたいに見えてしまう。


 凛は小さく息を吐いた。


「……帰りたい」


 まだ会場へも着いていないのに、そんな気持ちが浮かぶ。


 でも。


 逃げたら駄目だとも思う。


 最近、少しずつ“苦しい”を認められるようになった。


 休むことも覚え始めている。


 それでも。


 社会へ出る怖さだけは、まだ全然消えない。


 大学の講堂へ着くと、すでに多くの学生が集まっていた。


 スーツ。


 笑顔。


 明るい声。


 “ちゃんとしている人たち”。


 凛にはそう見えた。


 七海も今日は別の企業説明会へ行っているらしく、一人だった。


 受付を済ませ、指定された席へ向かう。


 長机。


 六人グループ。


 周囲では既に会話が始まっていた。


「インターンどこ行きました?」


「ES何社くらい出してます?」


「SPIやばくないですか?」


 そんな言葉が飛び交う。


 凛は椅子へ座りながら、小さく呼吸を整えた。


 胃が痛い。


 逃げたい。


 でも。


 周囲の人たちは自然に笑っている。


 凛はその空気へ合わせるように、小さく笑顔を作った。


 しばらくして、司会の説明が始まる。


 模擬ディスカッションのテーマは、「若者のSNS利用について」だった。


 班ごとに意見をまとめ、最後に発表する形式。


 開始の合図と同時に、周囲の学生たちがすぐ話し始める。


「依存性が問題ですよね」


「でも情報収集には必要じゃない?」


「匿名性があるから誹謗中傷も増えるし」


 みんな、すぐ言葉が出る。


 凛は話を聞きながら、頭の中が真っ白になっていくのを感じた。


 何か言わなきゃ。


 でもタイミングがわからない。


 話そうと思った瞬間、別の人が喋り始める。


 笑いも起きる。


 話題がどんどん進む。


 凛は手元の紙を握りしめた。


 胸がざわつく。


 呼吸が浅くなる。


 昔からそうだった。


 大人数になると、“会話へ入るタイミング”がわからなくなる。


 考えすぎているうちに、全部終わる。


「朝比奈さんはどう思います?」


 突然話を振られ、凛は肩を震わせた。


 全員の視線が集まる。


 頭が真っ白になる。


「あ……えっと」


 喉が詰まる。


「SNSって……その、人と繋がれる反面、比べすぎて苦しくなる人もいるかなって……」


 声が小さくなる。


 自分でも、何を言っているかわからなくなる。


「たしかに」


 誰かが頷く。


 でも会話はすぐ別の方向へ流れていった。


 凛は静かに視線を落とす。


 駄目だ。


 また上手くできなかった。


 周囲の人たちは、自然に会話を回している。


 笑っている。


 自信があるように見える。


 凛だけが、“ここにいる資格がない人”みたいに感じた。


 ディスカッションが終わったあと、軽いフィードバックが行われる。


 司会役の社員が笑顔で言った。


「朝比奈さんは、もう少し積極性が出るといいですね」


 その言葉は優しかった。


 責める口調ではない。


 でも。


 凛の胸には深く刺さった。


 “もっと積極的に”。


 “もっとちゃんと”。


 昔から何度も言われてきた言葉。


 凛は笑顔を作りながら頷いた。


「はい」


 それしか言えない。


 終わったあと、凛は一人で講堂を出た。


 外はもう夕方だった。


 冬の空気が冷たい。


 でも頭の中は熱く、ぐちゃぐちゃだった。


「……無理」


 駅へ向かう途中、凛は小さく呟く。


 向いていない。


 社会へ出ること。


 人と話すこと。


 “普通”に働くこと。


 全部、自分には難しい気がした。


 涙が出そうになる。


 でも外だから我慢する。


 泣いたら駄目。


 迷惑になる。


 そんな考えが、まだ反射みたいに浮かぶ。


 凛はスマートフォンを取り出した。


 真白とのトーク画面。


 開いて、閉じる。


 こんなこと言ったら重いかもしれない。


 また“助けてほしい人”になってしまう気がする。


 でも。


 今、一人では少し苦しかった。


『今日、就活のやつ行ってきた』


 送信。


 数秒後、既読。


『お疲れさま』


 その一言だけで、少し涙が出そうになる。


『全然上手くできなかった』


 凛は続けて打つ。


『みんな普通に喋れるのに、自分だけ浮いてる感じした』


 送信。


 駅前の雑踏がうるさい。


 でも凛の耳には、あまり入ってこなかった。


『そっか』


 真白から返事が来る。


『かなりしんどかったね』


 その言葉を見た瞬間、凛の目が熱くなる。


 “もっと頑張れ”じゃない。


 “しんどかったね”と言われるだけで、少し呼吸が戻る。


『なんか、自分だけ社会不適合みたい』


 凛は本音を送った。


 既読。


 少し間が空く。


 凛はホームのベンチへ座った。


 夕方の駅は人が多い。


 でも今の凛には、その全部が遠かった。


『凛ちゃん』


 真白から返信。


『“みんな普通にできてるように見える場所”って、結構しんどいよね』


 凛は静かに画面を見つめる。


 本当にそうだった。


 みんな平気そうに見える。


 だから自分だけ壊れている気がする。


『でもさ』


『ああいう場所って、“喋れる人が有利”なだけで、人としての価値決まるわけじゃないよ』


 その言葉が、胸へゆっくり落ちる。


 価値。


 凛はずっと、“ちゃんとできるか”で自分を測ってきた。


 空気を読めるか。


 上手く話せるか。


 期待に応えられるか。


 それができない自分は、“価値がない”と思っていた。


『凛ちゃんの言葉、ちゃんと届く時あるじゃん』


 真白からまたメッセージ。


『SNSの文章とか』


 凛は小さく目を閉じる。


 あの時、“わかる”と言ってくれた人たち。


 苦しい夜、凛の言葉で少し呼吸ができたと言ってくれた人たち。


 それは確かに、凛にしかできなかったことかもしれない。


『社会って、“できること”だけでできてるわけじゃないから』


 その一文を見た瞬間、凛の胸がじわりと熱くなる。


 凛は駅のホームで、小さく息を吐いた。


 今日も苦しかった。


 “普通”の中へ入れない感覚は、やっぱり消えない。


 でも。


 昔と違うことが一つだけある。


 今の凛には、“苦しい”と言える相手がいる。


 “できなかった”を否定しない人がいる。


 その事実が、凛を少しだけ支えていた。


 電車がホームへ滑り込んでくる。


 冷たい風。


 夕暮れの光。


 凛はスマートフォンを胸へ抱えながら、ぼんやり思う。


 “普通になれない自分”は、まだ怖い。


 でも。


 そんな自分でも、誰かと繋がれる瞬間がある。


 その小さな希望だけは、昔より少し信じられるようになっていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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