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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第75ページ  優しい言葉ほど、怖かった


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 翌朝、目が覚めた瞬間。


 凛は反射的にスマートフォンを探していた。


 薄暗い部屋。


 カーテンの隙間から白い朝の光が差し込んでいる。


 時計はまだ七時前だった。


 大学へ行くには少し早い時間。


 でも凛の頭の中は、昨夜の投稿のことでいっぱいだった。


 SNSを開く。


 通知の数字が増えている。


 胸が少しざわつく。


 怖い。


 でも見たい。


 凛はゆっくり画面を開いた。


『泣きました』


『自分だけじゃないって思えました』


『言葉にしてくれてありがとうございます』


 そんなコメントが並んでいる。


 凛は布団の中で静かに息を止めた。


 こんなにたくさん、“わかる”が返ってくるなんて思っていなかった。


 たった数行。


 自分の苦しさを書いただけなのに。


 でも。


 その言葉を読んでいるうちに、胸の奥が少し苦しくなっていく。


「……なんでだろ」


 小さく呟く。


 嬉しいはずだった。


 なのに。


 同時に、とても怖かった。


 期待される気がした。


 “この人ならわかってくれる”。


 “もっと言葉をくれる”。


 そんなふうに見られ始めている気がして。


 凛はスマートフォンを伏せた。


 胸がざわざわする。


 昔からそうだった。


 人に期待されると苦しくなる。


 ちゃんと応えなきゃと思ってしまうから。


 期待を裏切った瞬間、嫌われる気がするから。


 凛は天井を見上げた。


 “わかる”と言われることは嬉しい。


 でも。


 “わかってもらえた”と思った瞬間、人は急に怖くなる。


 もっと知られたら嫌われるんじゃないか。


 本当の自分はもっと面倒で、暗くて、重いんじゃないか。


 そんな不安が一気に押し寄せてくる。


 凛はゆっくり起き上がり、洗面所へ向かった。


 鏡を見る。


 少し疲れた顔。


 目の下にはうっすら隈がある。


「……何やってるんだろ」


 ぽつりと呟く。


 文章を書き始めてから、自分の感情が前より動くようになっていた。


 昔はもっと、“無”だった気がする。


 苦しいことも、疲れたことも、全部飲み込んで。


 ただ“普通”のふりをしていた。


 でも今は違う。


 苦しい。

 寂しい。

 怖い。

 嬉しい。


 そういう感情が、ちゃんと表へ出てくる。


 それは少し楽でもあり、同時にとても疲れることでもあった。


 大学へ向かう電車の中。


 凛は窓際へ立ちながら、ぼんやり外を見ていた。


 人が多い。


 みんなスマートフォンを見ている。


 疲れた顔の人もいる。


 眠そうな人もいる。


 でも誰も、“苦しい”なんて言わない。


 だから社会はいつも、“みんな普通に生きてる”ように見える。


 凛はふと、昨日届いたコメントを思い出した。


『今、死にたいくらい苦しかったので助かりました』


 その一文。


 凛は何度も読み返してしまった。


 助かった。


 そんなふうに言われたこと、人生で一度もなかった。


 でも。


 だからこそ怖い。


 もし次に変なことを書いたら。


 誰かを傷つけたら。


 期待外れだったら。


 そんなことばかり考えてしまう。


 凛は吊り革を握りながら、小さく息を吐く。


 昔から、“優しくされること”に慣れていなかった。


 優しさを向けられると、不安になる。


 いつかなくなる気がするから。


 “今だけ”なんじゃないかと思ってしまうから。


 大学へ着く。


 教室へ向かう途中、七海が凛を見つけて手を振った。


「おはよー」


「おはよ」


「なんか今日、ぼーっとしてる」


 七海が覗き込む。


 凛は少し苦笑した。


「昨日あんまり寝れてない」


「また考え込み?」


「まあ……」


 二人で教室へ向かう。


 七海は途中でふと思い出したように言った。


「そういえば、昨日の投稿見た」


 凛の胸が少し跳ねる。


「え」


「凛ちゃんぽかった」


 その言葉に、凛は少し目を瞬かせた。


「……暗くなかった?」


「暗いっていうか、ちゃんと苦しかった」


 それは真白と似た言い方だった。


 凛は少し黙る。


 “ちゃんと苦しい”。


 それを否定されないだけで、こんなに救われるのかと思う。


「反応いっぱい来てたね」


 七海が言う。


「うん……なんか怖い」


「なんで?」


 凛は少し言葉を探す。


「……期待される感じがして」


 七海は少し考え込んだ。


 それから静かに笑う。


「凛ちゃんって、人にちゃんと向き合うから怖くなるんだろうね」


 その言葉に、凛は顔を上げる。


「適当にできないじゃん、多分」


 七海は続ける。


「だから、“わかる”って言われると、ちゃんと返さなきゃって思っちゃう」


 凛は静かに息を止めた。


 その通りだった。


 期待されると、“ちゃんとしなきゃ”が始まる。


 昔からずっとそうだった。


 母にも。


 学校でも。


 バイト先でも。


 “期待に応えられない自分”が、一番嫌いだった。


「……でもさ」


 七海が少し笑う。


「凛ちゃん、別に誰か救う義務あるわけじゃないよ」


 その言葉に、凛は少し戸惑う。


「え?」


「なんか、“ちゃんとしなきゃ”って顔してるから」


 七海は肩をすくめた。


「言葉って、勝手に救われる時もあるし」


 凛は静かにその言葉を聞く。


 勝手に救われる。


 確かに。


 凛だって、灯や真白の言葉に何度も救われてきた。


 でも二人は、“救おう”としていたわけじゃない。


 ただ、本音を話してくれただけだった。


「……そっか」


 凛は小さく呟く。


 もしかしたら。


 “誰かのために完璧な言葉を書かなきゃ”じゃなくてもいいのかもしれない。


 苦しいままでも。


 迷っていても。


 そのまま書いていいのかもしれない。


 教室の窓から、冬の空が見える。


 白く薄い空。


 冷たい風。


 でも凛は、その景色を見ながら少しだけ思う。


 昔の自分は、“理解されない前提”で生きていた。


 だから、誰にも期待しなかった。


 でも今は違う。


 怖くても。


 不安でも。


 “伝わる瞬間”を知ってしまった。


 その温かさを知ってしまったから、もう完全な孤独へは戻れない。


 凛は静かにノートを開く。


 白いページ。


 そこへ、ゆっくり新しい一文を書いた。


『優しい言葉ほど、消えるのが怖かった。』


 その文字を見た瞬間。


 凛は少しだけ、自分の本音へ近づけた気がした。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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