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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第66ページ  「怖い」と言えた日


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 その日の夜。


 凛はベッドへ座ったまま、ぼんやりカーテンを見つめていた。


 部屋は静かだった。


 でも。


 胸の奥だけがずっと落ち着かない。


 今日、大学で過呼吸を起こした。


 七海がいなかったら、多分もっと酷くなっていた。


 呼吸ができなくなる感覚。


 視界が狭くなる感じ。


 “壊れる”という言葉が、本当に現実になる怖さ。


 凛は膝を抱える。


「……怖い」


 小さく呟く。


 今までは、“苦しい”ばかりだった。


 でも今日は違う。


 はっきり、“怖い”と思った。


 このまま、自分は普通に生きていけないんじゃないか。


 社会へ出られないんじゃないか。


 ちゃんと働けないんじゃないか。


 そんな不安が、頭の中をぐるぐる回っている。


 スマートフォンを見る。


 真白とのメッセージ画面が開いたままだった。


 凛は迷う。


 こんな時間に送っていいのだろうか。


 重くないだろうか。


 迷惑じゃないだろうか。


 でも。


 今日は、一人で抱えるには少し苦しすぎた。


『今日、大学で過呼吸起こした』


 凛はゆっくり文字を打つ。


 送信。


 心臓がうるさい。


 数秒後。


『そっか』


 すぐ既読がついた。


『今、一人?』


『うん』


『呼吸は落ち着いてる?』


 凛は画面を見つめながら、小さく息を吐く。


 真白はまず、“大丈夫?”より先に、“今どうなってるか”を聞いてくれる。


 それが少し安心した。


『今は大丈夫』


『でも、なんか怖い』


 送信した瞬間、凛は少し目を閉じた。


 “怖い”。


 その言葉を、人へ向けてちゃんと送ったのは初めてかもしれない。


 以前の凛なら。


 怖くても、“平気”を選んでいた。


 弱さを見せるのが怖かったから。


 でも今は。


 少しずつ、“助けて”に近い言葉を出せるようになっている。


『怖かったね』


 真白から返ってくる。


 その言葉を見た瞬間。


 凛の目に涙が滲んだ。


 否定されなかった。


 “気にしすぎ”とも、“もっと頑張れ”とも言われなかった。


 ただ、“怖かったね”と言われた。


 それだけで、胸が少し緩む。


『最近、自分が思ってるより限界近いのかも』


 凛は打つ。


『うん、多分かなり頑張ってたと思う』


 その返事に、凛は静かにスマートフォンを握りしめる。


 頑張ってた。


 その言葉は、今でも少し泣きそうになる。


 昔の凛は、“まだ足りない”しか知らなかったから。


『でもさ』


 真白から続けてメッセージが届く。


『過呼吸って、“弱いからなる”じゃないと思う』


 凛は画面を見つめる。


『限界まで無理した身体が、“もう無理”って教えてる感じ』


 その言葉が、胸へ静かに落ちる。


 今日。


 凛は確かに感じた。


 身体の方が先に悲鳴を上げていた。


 頭ではまだ、“頑張らなきゃ”と思っていたのに。


『……でも、情けなかった』


 凛は送る。


『大学であんななるとか』


 少し間。


『凛ちゃん』


 真白から返ってくる。


『壊れかけてる時に、“普通にできない自分”責めるの、一番危ないやつ』


 凛は静かに目を伏せる。


 一番危ない。


 本当にそうなのかもしれない。


 苦しい時ほど、自分を追い込んでしまう。


 “もっと頑張れ”を向けてしまう。


『今必要なの、多分“根性”じゃなくて休息』


 その言葉に、凛は少し苦笑した。


 休息。


 それを受け入れるのが、まだ難しい。


 止まることは、怖い。


 置いていかれる気がするから。


『止まったら、みんなに置いてかれそう』


 凛が送る。


 既読。


『凛ちゃんさ』


『最近ずっと、“壊れないように”頑張ってたでしょ』


 その言葉に、凛は息を止める。


 確かにそうだった。


 就活が怖くて。


 社会が怖くて。


 それでも、“壊れないようにしなきゃ”と気を張っていた。


『でも、人ってずっと緊張状態だと普通に限界くる』


 真白は続ける。


『だから今日みたいに、身体が止めに入ることある』


 凛はゆっくり目を閉じる。


 止めに入る。


 そう考えると、少しだけ今日のことの見え方が変わる。


 壊れたわけじゃない。


 身体が、“このままじゃ危ない”と教えてくれたのかもしれない。


『……怖いけど』


 凛はゆっくり打つ。


『少し休んでみる』


 送信。


 それは凛にとって、小さな決意みたいな言葉だった。


『うん』


 真白から返ってくる。


『ちゃんと怖いって言えたの、かなり大事だと思う』


 そのメッセージを見た瞬間、凛の胸がじわりと熱くなる。


 怖いと言えた。


 助けを求めるみたいに。


 弱さを見せるみたいに。


 それでも。


 嫌われなかった。


 面倒そうにされなかった。


 その経験が、凛の中へ少しずつ積み重なっていく。


 昔の凛は。


 弱さを見せたら、価値がなくなると思っていた。


 でも今は。


 “怖い”と言えることが、壊れないために必要なのかもしれないと思い始めている。


 窓の外では、雨がまだ降っていた。


 静かな夜。


 凛はスマートフォンを胸へ抱えながら、小さく息を吐く。


 一人で抱え込まなくてもいい。


 そう思える瞬間が、少しずつ増えてきている。


 それはきっと。


 凛が“弱さを隠す生き方”から、少しずつ離れ始めている証なのかもしれなかった。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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