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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第65ページ  身体は、先に限界を知っていた


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 次の日の朝。


 凛は目覚ましの音で目を覚ました瞬間から、身体が重かった。


 頭がぼんやりする。


 喉も少し痛い。


 でも。


「……行かなきゃ」


 反射みたいにそう思う。


 大学。


 課題。


 バイト。


 最近はずっと、気を張り続けていた。


 七海のこと。


 灯とのやり取り。


 就活への不安。


 色んな感情が、少しずつ凛の中へ積もっている。


 でも凛は、“まだ動ける”と思っていた。


 朝の電車。


 人が多い。


 湿った空気。


 誰かの香水の匂い。


 話し声。


 全部が少しうるさく感じる。


 凛は吊り革を握りながら、小さく息を吐いた。


 最近、自分の“限界”へ少し気づけるようになったと思っていた。


 でも。


 “気づくこと”と、“止まれること”は別だった。


 大学へ着く。


 教室へ向かう廊下を歩きながら、凛は少し視界がぼやけるのを感じた。


「……あれ」


 足元がふわふわする。


 でも。


 まだ大丈夫。


 そう思って、教室へ入った。


「おはよー」


 七海が手を振る。


 昨日より少し顔色はいい。


 凛は小さく笑い返した。


「おはよ」


 席へ座る。


 講義が始まる。


 教授の声。


 キーボードを打つ音。


 ページをめくる音。


 でも今日は、何も頭へ入ってこなかった。


 呼吸が浅い。


 胸が苦しい。


 凛はそっと手を握る。


 大丈夫。


 落ち着いて。


 でも。


 心臓の音がどんどん大きくなる。


 視界が少し狭くなる。


「……っ」


 息がうまく吸えない。


 その瞬間。


 凛は昔の記憶を思い出した。


 高校二年の冬。


 教室で突然息が苦しくなって、保健室へ運ばれた日。


 あの時も。


 “ちゃんとしなきゃ”で限界まで動いていた。


「凛ちゃん?」


 七海の声。


 凛はハッと顔を上げる。


「顔やばい」


 その言葉と同時に、凛は自分の呼吸がかなり乱れていることへ気づいた。


 苦しい。


 空気が入らない。


 周囲の音が遠くなる。


「……ごめ」


 うまく声が出ない。


 七海はすぐ立ち上がった。


「先生、朝比奈さんちょっと外出ます!」


 その声が聞こえる。


 凛は七海に支えられながら、教室の外へ出た。


 廊下の空気。


 冷たい壁。


 でも呼吸は戻らない。


「凛ちゃん、ゆっくり」


 七海が背中をさする。


「大丈夫、大丈夫だから」


 でも凛は、“大丈夫じゃない”ことが怖かった。


 まただ。


 また壊れそうになる。


 ちゃんとできない。


 普通に大学すら通えない。


 そんな思考が、一気に頭を埋める。


「……っ、は……」


「呼吸合わせて」


 七海の声は思ったより落ち着いていた。


「吸って、吐いて」


 凛は震えながら呼吸する。


 少しずつ。


 少しずつだけ、息が戻ってくる。


 廊下の窓の外では、灰色の空が広がっていた。


 しばらくして。


 凛は壁へ背中を預けたまま、小さく息を吐く。


 身体が震えている。


「……ごめん」


 反射的に謝る。


 七海は少し眉を寄せた。


「なんで謝るの」


「迷惑……」


「迷惑じゃない」


 その言い方が少し強くて、凛は目を瞬かせる。


 七海はしゃがみ込み、凛を見る。


「凛ちゃんさ」


 その声は静かだった。


「最近ずっと無理してたでしょ」


 凛は何も言えない。


 無理してないつもりだった。


 でも。


 本当はずっと、気を張っていた。


 “壊れないように”を考えながら、それでも動き続けていた。


「身体の方が先に限界きたんだと思う」


 七海が小さく言う。


 その言葉に、凛の胸がじわりと痛む。


 身体の方が先に。


 確かにそうだった。


 頭ではまだ、“頑張れる”と思っていた。


 でも身体は、もう無理だと言っていた。


「……情けない」


 凛は掠れた声で呟く。


「大学来ただけなのに」


 七海はすぐ首を振った。


「違うよ」


 その声は真っ直ぐだった。


「凛ちゃん、“大学来ただけ”じゃないじゃん」


 七海は続ける。


「ずっと色んなこと抱えながら頑張ってたじゃん」


 その言葉を聞いた瞬間、凛の目に涙が滲んだ。


 頑張ってた。


 そう言われるだけで、胸が苦しくなる。


 昔の凛は、“まだ頑張り足りない”しかなかったから。


「……最近さ」


 七海が少し笑う。


「凛ちゃん、人には“休んでいい”って言えるのに、自分には厳しいよね」


 凛は言葉を失う。


 本当にそうだった。


 灯には、“消えないで”と言った。


 七海には、“疲れてるんだと思う”と言った。


 でも。


 自分へはまだ、“もっと頑張れ”を向けている。


「……怖いんだと思う」


 凛は小さく言う。


「止まったら、置いてかれそうで」


 七海は静かに聞いていた。


「みんな前進んでるのに、自分だけ駄目になる気がする」


 その言葉を口にした瞬間、涙が静かに溢れた。


 怖かった。


 社会も。


 未来も。


 ちゃんとできない自分も。


 七海は何も否定しなかった。


 ただ、凛の隣へ座った。


「……でもさ」


 七海がぽつりと言う。


「壊れて動けなくなる方が、もっと苦しいと思う」


 凛は静かに目を閉じる。


 その通りだった。


 真白も言っていた。


 “壊れないこと”は逃げじゃないと。


 でも。


 凛はまだ、“止まる怖さ”に慣れていない。


 廊下には静かな空気が流れていた。


 遠くで授業の声が聞こえる。


 凛は壁へ身体を預けながら、小さく思う。


 身体は、先に限界を知っていた。


 自分が“まだ頑張れる”と思い込んでいても。


 ちゃんと、悲鳴を上げていたのだと。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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