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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第63ページ  明るい人ほど、泣けない


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 雨だった。


 十一月の終わりに近づいた空は重く、朝から冷たい雨が降り続いている。


 凛は傘を差しながら大学へ向かっていた。


 雨の日は少し苦手だ。


 音が多い。


 空気も重い。


 それに今日は、朝から胸の奥がざわざわしていた。


 理由はなんとなくわかっている。


 周囲がどんどん“就活モード”になっているからだ。


 インターン。


 ES。


 面接練習。


 “ちゃんと社会へ向かっている人たち”。


 その流れを見ているだけで、自分だけ取り残されている気がする。


 教室へ入る。


 七海は珍しく、まだ来ていなかった。


 いつもなら凛より早く来て、誰かと話していることが多いのに。


「珍しいな……」


 凛は小さく呟きながら席へ座る。


 その時。


 教室の扉が開いた。


 七海だった。


 でも。


 凛は一瞬、誰かわからなかった。


 髪は少し乱れていて、目の下にはうっすら隈がある。


 何より、“いつもの笑顔”がなかった。


「あ……七海」


 凛が声をかける。


 七海は少しだけ笑った。


「おはよ」


 でもその笑い方は、かなり無理をしていた。


 凛の胸が少しざわつく。


 昔の自分みたいだった。


 “笑わなきゃ”だけで動いている感じ。


「大丈夫?」


 小さく聞く。


 七海は一瞬、「大丈夫」と言いかけた顔をした。


 でも。


 そこで止まった。


 凛は少し驚く。


 以前の七海なら、絶対笑って誤魔化していた。


「……ちょっと無理かも」


 七海は小さく呟いた。


 その声は、思っていたよりずっと弱かった。


 講義が終わったあと。


 二人は人の少ない階段踊り場へ移動していた。


 窓の外では、まだ雨が降っている。


 七海は壁へ背中を預けながら、ぼんやり床を見つめていた。


「なんかさ」


 ぽつりと七海が言う。


「最近ずっと、“ちゃんとしなきゃ”で動いてる感じして」


 凛は黙って聞く。


「インターン行って」


「笑って」


「空気読んで」


「“明るい子”やって」


 七海は苦笑した。


「もう疲れた」


 その言葉が、静かに胸へ落ちる。


 疲れた。


 それを口にするまで、七海はどれだけ無理していたのだろう。


「私さ」


 七海は少し視線を伏せる。


「昔から、“感じいい子”やるの得意だったんだよね」


 凛は小さく息を止める。


 わかる気がした。


 七海は、誰とでも話せる。


 空気も読める。


 だから周囲からは、“明るくてコミュ力高い子”に見えている。


 でも。


 その裏で、ずっと嫌われないように頑張っていたのだ。


「でも最近、就活始まってからずっと思う」


 七海は掠れた声で言った。


「私、誰にでも合わせてるだけで、“自分”空っぽなんじゃないかって」


 凛の胸が強く痛む。


 空っぽ。


 その感覚を、凛も知っていた。


 “嫌われない自分”ばかり作っていると、本当の感情がわからなくなる。


「面接とかさ」


 七海は笑う。


 でもその笑顔は泣きそうだった。


「“あなたらしさを教えてください”って言われても、わかんないんだよね」


 その瞬間。


 凛は言葉を失った。


 “あなたらしさ”。


 そんなもの。


 凛だって、最近まで考えたことがなかった。


 普通になろうとするだけで精一杯だったから。


「……七海」


 凛は小さく呼ぶ。


 七海は目を擦った。


「やばいよね。こんなんで社会人とか」


「やばくない」


 凛は反射的に言っていた。


 七海が少し目を丸くする。


「だって」


 凛は言葉を探す。


「ずっと頑張ってきたんだと思うから」


 嫌われないように。


 空気壊さないように。


 “明るい子”でいるために。


 七海はずっと、自分を削ってきた。


「……なんかさ」


 七海が小さく笑う。


「最近、凛ちゃんの方が人のこと見えてるよね」


 凛は少し戸惑う。


「え」


「前はもっと、自分責めるのでいっぱいだった感じする」


 その言葉に、凛の胸が静かに揺れる。


 確かに。


 昔の自分は、“自分が駄目”しか見えていなかった。


 でも最近は。


 七海も。

 灯も。

 真白も。


 みんな、それぞれ苦しみながら生きていることが少し見えるようになってきている。


「……七海、ちゃんと疲れてるんだと思う」


 凛が小さく言う。


 七海は少し俯いた。


「でも止まれない」


「うん……」


「みんな頑張ってるし」


 その言葉に、凛の胸がまた少し痛む。


 “みんな頑張ってる”。


 その呪いみたいな言葉。


 凛も何度も苦しめられてきた。


「……頑張ってる人ほど、止まるの怖いよね」


 凛は静かに言う。


 七海は少し目を見開いた。


 そして、小さく笑う。


「それ」


 笑った瞬間。


 七海の目から、ぽろっと涙が落ちた。


「あ……やば」


 慌てて拭う。


 でも涙は止まらない。


「なんか最近、ずっと泣けなかったのに」


 七海は苦しそうに笑った。


「もう無理かも」


 凛は何も言えなかった。


 ただ。


 その涙が、“ちゃんと限界だった”証拠のように思えた。


 明るい人ほど。


 周囲へ合わせられる人ほど。


 “助けて”が言えない。


 笑えてしまうから。


 頑張れてしまうから。


 だから限界が見えなくなる。


 凛は静かに七海の隣へ座った。


 窓の外では、まだ雨が降っている。


 灰色の空。


 冷たい風。


 でも。


 凛はその中で、小さく思う。


 “普通に見える人”も、みんな苦しい。


 ただ。


 見えないだけなのだと。


 そしてきっと。


 泣けることは、“弱さ”じゃなく。


 “限界へ気づけた”ということなのかもしれなかった。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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