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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第59ページ  画面の向こうにいた人


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 土曜日。


 空は薄い灰色だった。


 朝からずっと、凛は落ち着かなかった。


 部屋を片付けてみたり。


 服を何度も着替えてみたり。


 スマートフォンを意味もなく確認したり。


「……緊張する」


 小さく呟く。


 今日は、灯と初めて会う日だった。


 SNSで出会って。


 夜中に何度も言葉を交わして。


 “消えたい”を聞いて。


 “苦しい”を共有してきた相手。


 でも。


 実際に会うのは初めてだ。


 凛は鏡を見る。


 変じゃないだろうか。


 ちゃんと話せるだろうか。


 嫌われないだろうか。


 そんな不安が、胸の中でぐるぐる回っている。


 でも。


 会いたい気持ちは消えなかった。


 待ち合わせは、小さな駅前のカフェだった。


 凛は約束の二十分前には着いてしまっていた。


 早すぎる。


 でも落ち着かない。


 店の前で深呼吸する。


 その時、スマートフォンが震えた。


『今着いた』


 灯からだった。


 凛の心臓が跳ねる。


 周囲を見回す。


 すると少し離れた場所で、スマートフォンを見ながら立ち止まっている女性がいた。


 黒いパーカー。


 少し長めの髪。


 細い身体。


 どこか、“世界へ馴染みきれていない空気”を纏っている。


 目が合う。


 一瞬、お互い固まった。


 そしてほぼ同時に、小さく笑ってしまう。


「……灯ちゃん?」


「……凛ちゃん?」


 声は、想像より少し柔らかかった。


「なんか……」


 灯が苦笑する。


「ほんとにいた」


 その言葉に、凛も少し笑ってしまう。


「それ思った」


 緊張していた。


 でも。


 不思議と、“初対面の怖さ”だけではなかった。


 ずっと前から知っている人みたいな感覚も、少しだけある。


 二人はカフェへ入った。


 窓際の席へ座る。


 少し沈黙。


 でも、その沈黙はそこまで苦しくなかった。


「……思ったより普通に喋れてる」


 灯がぽつりと言う。


 凛は少し笑った。


「私も」


 本当はもっと気まずくなると思っていた。


 でも。


 夜中に“消えたい”まで話した相手だからだろうか。


 変に取り繕う感じが少なかった。


「なんかさ」


 灯がストローを触りながら言う。


「凛ちゃんって、“ちゃんとしてる人”だと思ってた」


 凛は少し目を瞬かせる。


「え」


「もっとこう……静かで、ちゃんとしてて、ちゃんと大学生してる感じ」


 その言葉に、凛は苦笑する。


「全然だよ」


「でもなんか、落ち着いてる」


 凛は少し考える。


 落ち着いているというより。


 多分、“人にどう見られるか”を常に考え続けてきた結果だった。


「灯ちゃんは?」


 凛が聞く。


 灯は少し笑った。


「思ったより生きてそう?」


「うん」


「よかった」


 その笑い方は、少し寂しそうだった。


 凛は静かに灯を見る。


 画面越しでも感じていたけれど。


 灯は本当に、“ギリギリで生きている人”という空気をしていた。


 笑っていても。


 どこか消えそうな感じがある。


「……昨日も結構しんどかった?」


 凛が小さく聞く。


 灯は少し視線を落とした。


「まあまあ」


 その答え方で、凛は少し察してしまう。


 本当はかなりしんどかったのだろう。


「でも今日、来れてよかった」


 灯がぽつりと言う。


「会いたかったし」


 その言葉に、凛の胸が少し熱くなる。


 会いたかった。


 凛も同じだった。


 “苦しい”を知っている人へ、ちゃんと会ってみたかった。


「……私も」


 凛は静かに答える。


 窓の外では、人が行き交っている。


 みんな忙しそうで。


 ちゃんと生きているように見える。


 でも。


 凛と灯は、その流れから少し外れた場所で、静かに向き合っていた。


「私さ」


 灯が急に言う。


「凛ちゃんに、“消えないで”って言われた時、ちょっとびっくりした」


 凛は少し息を止める。


「ああいうこと、言われ慣れてないから」


 灯は苦笑する。


「大体、“頑張れ”か、“考えすぎ”だから」


 凛は静かに頷く。


 わかる。


 本当に。


 苦しい時ほど、“正しい言葉”が刺さることがある。


「……消えてほしくなかった」


 凛は小さく言った。


 灯は少し目を丸くする。


「なんかさ」


 凛は視線を落とす。


「灯ちゃんの“苦しい”って、昔の自分見てるみたいだったから」


 その瞬間、灯の表情が少し揺れた。


「……そっか」


 短い言葉。


 でも、その中に色んな感情が混ざっている気がした。


 少し沈黙。


 それから灯がぽつりと言う。


「苦しい人って、多分苦しい人わかるよね」


 凛は静かに頷く。


 “平気なふり”。


 “無理して笑う感じ”。


 “消えたいのに生きてる空気”。


 それはきっと、同じ痛みを知っている人間にしか見えない。


「なんか安心する」


 灯が小さく笑った。


「ちゃんとしすぎてない人で」


 その言葉に、凛も少し笑ってしまう。


「何それ」


「いや、なんか世の中ちゃんとしてる人多すぎるから」


 灯はストローを回しながら言う。


「疲れる」


 凛は窓の外を見る。


 確かに。


 “普通に生きられる人”を見るだけで、息苦しくなる時がある。


 でも今は。


 その苦しさを共有できる相手が目の前にいる。


 それが少し不思議だった。


 凛はぼんやり思う。


 画面の向こうにいた人が、今ここにいる。


 苦しい夜を知っている人。


 消えたくなったことがある人。


 それでも今日、生きてここへ来た人。


 その存在が、凛には少しだけ眩しく見えた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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