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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第58ページ  会ってみたいと思えた


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 十一月の風は、少しずつ冬の匂いを混ぜ始めていた。


 大学帰り。


 凛はマフラーへ顔を半分埋めながら、駅までの道を歩いていた。


 吐く息が白い。


 街路樹の葉はかなり落ちていて、足元で乾いた音を立てていた。


 スマートフォンが震える。


 灯からだった。


『今週どっか空いてる?』


 そのメッセージを見た瞬間、凛の胸が少しざわつく。


 今まで灯とは、ほとんどSNSと通話だけだった。


 何度も夜を支え合った。


 “消えたい”を聞いた。


 “苦しい”を打ち明け合った。


 でも。


 ちゃんと会ったことはまだない。


 凛は立ち止まり、画面を見つめる。


 会いたい。


 そう思う。


 でも同時に、怖かった。


 実際に会って、もし空気が違ったら。


 文字の中では話せても、現実では上手く話せなかったら。


 嫌われたら。


 凛は唇を軽く噛む。


 昔の自分なら、多分断っていた。


 怖いことを避けていた。


 でも今は少し違う。


 人と繋がることが、怖いだけじゃなくなっている。


『土曜なら空いてる』


 凛はゆっくり返信した。


 送信した瞬間、胸がどきどきする。


 数秒後。


『ほんと?』


『会いたい』


 その文字を見て、凛の胸が小さく揺れる。


 会いたい。


 そんなふうに真っ直ぐ言われることに、まだ慣れない。


『私も』


 凛は少し迷いながら送信した。


 駅へ向かう足取りが、少しだけ軽くなる。


 でも。


 不安は消えない。


 本当に会って大丈夫だろうか。


 期待しすぎていないだろうか。


 その夜。


 凛は『cafe 月灯り』へ寄っていた。


 カウンター席へ座ると、真白が「珍しく機嫌よさそう」と笑った。


「そう?」


「ちょっと顔柔らかい」


 凛は少し視線を逸らす。


「……今度、灯ちゃんと会う」


 真白は少し目を瞬かせた。


「おお」


「初めて」


「そっか」


 真白は穏やかに頷く。


「緊張してる?」


「めちゃくちゃ」


 凛が即答すると、真白は吹き出した。


「まあそうだよね」


 凛はカップを両手で包みながら、小さく息を吐く。


「なんか、怖い」


「何が?」


「会って、“やっぱ違った”ってなるの」


 その不安は、昔から凛の中にある。


 人へ期待して。


 近づいて。


 でも結局、わかり合えなくて傷つく。


 だから本当は、深く関わるのが怖い。


「でも会いたいんでしょ?」


 真白が静かに聞く。


 凛は少し黙ってから頷いた。


「……うん」


 会いたかった。


 夜中、“消えたい”と言いながらも、生きようとしている灯へ。


 ちゃんと会ってみたいと思った。


 真白は少し笑う。


「じゃあ、その気持ち大事にしたらいいと思う」


 凛は視線を落とす。


「でも、期待しすぎるの怖い」


「それもわかる」


 真白は静かな声で言う。


「でもさ」


「?」


「人間関係って、“傷つかない保証”ないから」


 凛は小さく息を止める。


「怖いまま、少しずつ近づいてくしかない部分ある」


 その言葉が、胸へ静かに落ちる。


 怖いまま。


 本当にそうなのだと思う。


 誰かと深く関わるのは、怖い。


 でも。


 完全に孤独でいるのも苦しかった。


「凛ちゃん、最近ちゃんと“人を好きになる怖さ”感じ始めてる気がする」


 真白が少し笑う。


「え」


「前は、“傷つく前に距離置く”側だったから」


 凛は何も言えなくなる。


 その通りだった。


 嫌われる前に離れる。

 迷惑になる前に消える。


 そうやって、自分を守ってきた。


 でも最近は違う。


 怖いままでも、繋がっていたいと思う人ができ始めている。


「……変わったのかな」


 凛が小さく呟く。


 真白は穏やかに頷いた。


「かなり」


 店内には静かな音楽が流れている。


 凛は窓の外を見る。


 夜の街。


 行き交う人たち。


 その景色を見ながら、ぼんやり思う。


 昔の自分なら、“会いたい”なんて言えなかった。


 期待するのが怖かったから。


 でも今は。


 不安でも。


 怖くても。


 “会ってみたい”と思える人がいる。


 それはきっと、凛が少しずつ“孤独だけで生きる”ことをやめ始めている証なのかもしれなかった。


 帰り道。


 凛はスマートフォンを開く。


 灯から新しいメッセージ。


『会ったら多分、想像より陰キャだよ私』


 凛は思わず笑った。


『私もだから大丈夫』


『安心した』


 そのやり取りだけで、少し胸が温かくなる。


 凛はマフラーへ顔を埋めながら、小さく息を吐いた。


 怖い。


 でも。


 少し楽しみでもある。


 そんな感情を抱けること自体が、以前の自分にはなかった変化のように思えた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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