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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第50ページ  生き延びてきた私へ


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 夜十一時。


 実家の中は静かだった。


 リビングから聞こえていたテレビの音も消えている。


 母はもう寝たらしい。


 凛は自分の部屋のベッドへ座り、ぼんやりカーテンの隙間から外を見ていた。


 住宅街の夜。


 遠くで車の音が小さく聞こえる。


 胸の奥が、まだ少し熱かった。


 ――ちゃんとしてなくても、生きててくれればよかった。


 母の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


 あんな言葉。


 本当はずっと前に聞きたかった。


 小学生の頃。


 教室でうまく笑えなかった時。


 中学生の頃。


 周りに合わせ続けて、家へ帰ると毎日疲れ切っていた時。


 高校生の頃。


 “普通にならなきゃ”ばかり考えていた時。


 あの頃の自分へ、誰かがそう言ってくれていたら。


 少し違ったのだろうか。


 凛は膝を抱える。


 昔の自分を思い出す。


 いつも周囲を見ていた。


 空気を読んで。


 嫌われないようにして。


 “変な子”と思われないようにして。


 でも。


 どれだけ頑張っても、“普通”にはなれなかった。


 だからずっと、自分が悪いと思っていた。


 凛は机の上の古いノートを見る。


 さっき読んだ高校時代のノート。


『ちゃんとしなきゃ』


『頑張る』


『普通になりたい』


 その文字たちは、当時の凛の必死さそのものだった。


「……苦しかったよね」


 小さく呟く。


 今までなら。


 そんなふうに自分へ声をかけることはなかった。


 “甘えるな”。


 “もっと頑張れ”。


 ずっと、自分へそう言い続けてきたから。


 でも今は違う。


 苦しかった。


 本当に。


 誰にもわかってもらえないまま、“普通”を追いかけ続けるのは。


 凛はベッドへ倒れ込み、天井を見つめる。


 涙がじわりと滲んでくる。


 最近、泣くことが増えた。


 昔は泣かなかった。


 泣く余裕もなかった。


 感情を止めていないと、生きていけなかったから。


 でも今は。


 少しずつ、“感じること”を許し始めている。


 悲しい。

 苦しい。

 寂しい。

 怖い。


 その全部を、“なかったこと”にしなくなってきた。


 スマートフォンが震える。


 真白だった。


『実家どう?』


 凛は少しだけ笑う。


『苦しいけど、前より少しだけ苦しくない』


 送信。


 少し間が空いて、返事が来る。


『それ、かなり大きい変化じゃない?』


 凛は画面を見つめながら、小さく息を吐く。


 確かに。


 以前なら、実家へ帰るだけで全部苦しくなっていた。


 “ちゃんとした娘”へ戻らなければいけない気がして。


 でも今日は違った。


 怖かった。


 息苦しかった。


 それでも。


 母と少しだけ、本音に近い話ができた。


『お母さんに、“生きててくれればよかった”って言われた』


 凛が送る。


 既読。


 少し長く間が空く。


 それから。


『泣いた?』


 そのメッセージを見た瞬間、凛は少し笑ってしまった。


『泣いた』


『そりゃ泣く』


 凛はスマートフォンを握りしめる。


 ずっと欲しかった言葉だった。


 “普通”より、“生きていてほしい”。


 それを聞けただけで、心のどこかが少し緩んだ。


『凛ちゃんさ』


 真白から続けてメッセージが来る。


『最近、“自分に優しくする”覚え始めてる気がする』


 凛は少し目を伏せる。


 自分に優しくする。


 そんなこと、昔は考えたこともなかった。


 自分はもっと頑張るべき人間で。


 甘えてはいけなくて。


 ちゃんとできないなら価値がないと思っていた。


『まだ難しいけどね』


 凛が送る。


『でも前より、“責め続けるだけ”じゃなくなってる』


 送信。


 少しして真白から返ってくる。


『うん』


『それ、生きる上でかなり大事』


 凛はスマートフォンを胸へ抱える。


 生きる。


 その言葉を、最近よく考える。


 前の凛にとって、“生きる”は、“普通になること”だった。


 でも今は少し違う。


 壊れないこと。

 苦しいを無視しないこと。

 助けを求めること。


 そういうものも、“生きる”に含まれている気がしていた。


 窓の外では、風が小さく木を揺らしている。


 凛は目を閉じる。


 今日、母の言葉を聞いた瞬間。


 胸の奥で、小さな何かがほどけた気がした。


 “普通になれなかった私”は。


 駄目な人間だったわけじゃない。


 ただ。


 ずっと苦しかったのだ。


 それでも。


 壊れながら。


 泣きそうになりながら。


 ここまで生き延びてきた。


 凛はゆっくり息を吐く。


「……ちゃんと、生きてたんだ」


 その言葉を口にした瞬間、涙が静かに頬を流れた。


 頑張ってきた。


 本当に。


 誰にもわかってもらえなくても。


 自分で自分を責め続けながらでも。


 それでも、生きてきた。


 凛は涙を拭いながら、小さく思う。


 “普通になれなかった人生”じゃなく。


 “苦しみながらも、生き延びてきた人生”として。


 少しずつ、自分を見つめ直していきたいと。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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