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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第47ページ  頑張ってるのに、足りない


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 金曜日の夕方。


 凛はアルバイト先のコンビニで、レジ打ちをしていた。


 店内には揚げ物の匂いと、小さなBGMが流れている。


「ありがとうございましたー」


 機械みたいに言葉を繰り返しながら、凛は少しだけ疲れた目をしていた。


 大学。


 人間関係。


 自分の感情と向き合うこと。


 最近の凛は、以前より“考えること”が増えていた。


 そして。


 考えるようになった分だけ、心も疲れやすくなっていた。


「朝比奈さん」


 不意に後ろから声がする。


 三崎だった。


 凛は反射的に身体を強張らせる。


「はい」


「今日ちょっと顔疲れてない?」


 三崎はいつもの穏やそうな笑顔を浮かべている。


 でも。


 凛はこの人の“優しさ”が時々怖かった。


 優しい顔をしながら、“ちゃんとできる側”の言葉を投げてくるから。


「……少しだけ」


 凛は曖昧に答える。


 本当は、“かなり”疲れていた。


 でも。


 仕事中に弱音を吐くことへの抵抗は、まだ強かった。


「最近の学生って大変だよね」


 三崎はレジ横へ立ちながら言う。


「就活とかあるし」


「はい」


「でもさ」


 三崎は軽く笑った。


「社会出たらもっと大変だからね」


 その瞬間。


 凛の胸が、小さく冷える。


 来た。


 そう思った。


「学生のうちから慣れとかないと」


 三崎は悪気なく続ける。


「みんなそうやって頑張ってるし」


 その言葉が、凛の胸へじわじわ刺さる。


 みんな頑張ってる。


 昔から何度も聞いてきた言葉だった。


 苦しくても。

 辛くても。

 普通にできなくても。


 “みんな頑張ってる”。


 だからお前も頑張れ、と。


 凛は俯きそうになる。


 でも。


 以前と少し違う感覚もあった。


 確かに刺さる。


 苦しい。


 でも。


 “だから自分が駄目なんだ”とまでは、思わなくなってきていた。


「……はい」


 凛は小さく返事をする。


 三崎は気づいていない。


 この言葉が、人によっては“励まし”ではなく、“追い詰める言葉”になることを。


「俺も新人の頃きつかったけど」


 三崎は笑う。


「結局、慣れだから」


 慣れ。


 本当にそうなのだろうか。


 凛はぼんやり考える。


 確かに、“慣れ”で乗り越えられる苦しさもある。


 でも。


 壊れてしまう人もいる。


 真白みたいに。


 灯みたいに。


 そして。


 多分、今までの自分も。


「朝比奈さん真面目だからさ」


 三崎は続ける。


「考えすぎない方がいいよ」


 凛は少しだけ苦笑した。


 その言葉も、何度も聞いてきた。


 考えすぎ。


 気にしすぎ。


 でも。


 “考えない”ができたら、最初から苦しんでいない。


「……すみません」


 気づけば、凛はそう言っていた。


 三崎は少し困ったように笑う。


「謝らなくていいって」


 その言葉を聞いた瞬間。


 凛の胸に、少し違和感が生まれる。


 最近、教授にも同じことを言われた。


 “謝らなくていい”。


 でも。


 三崎のそれは、どこか違った。


 凛はその違和感の正体を考える。


 教授は、“苦しい”を認めてくれた。


 でも三崎は。


 “みんな頑張ってるんだから、君も頑張れる”という前提で話している。


 そこに悪意はない。


 むしろ励まそうとしている。


 でも。


 その言葉は、苦しい人間をさらに追い込むことがある。


 凛はレジへ視線を落とす。


 昔の自分なら。


 きっとこの言葉を全部飲み込んでいた。


 そして。


 “頑張れない自分が悪い”と思っていた。


 でも今は違う。


 苦しいものは、苦しい。


 限界なものは、限界だ。


 “みんなできてる”が、自分にもできる理由にはならない。


 その考えが、少しずつ凛の中へ根づき始めていた。


 休憩時間。


 凛はバックヤードの椅子へ座り、小さく息を吐いた。


 疲れた。


 胸の奥が重い。


 でも。


 前みたいに、“全部自分が悪い”とは思わなかった。


 スマートフォンを見る。


 灯からメッセージが来ていた。


『バイト生きてる?』


 凛は少し笑う。


『ギリ』


『わかる』


 短いやり取り。


 でも、それだけで少し肩の力が抜ける。


『今日また、“みんな頑張ってる”って言われた』


 凛が送る。


 少し間が空いて。


『あー』


『あの呪文ね』


 その返事に、凛は思わず吹き出してしまう。


『呪文』


『“みんな頑張ってる”って言えば、人間動くと思ってるタイプいる』


 凛は静かに画面を見つめる。


 確かに。


 その言葉で頑張れる人もいる。


 でも。


 限界の人間には、“もっと無理しろ”に聞こえることがある。


『前の私、あれ聞くと自分責めてた』


 凛が送る。


『今は?』


 凛は少し考える。


 そしてゆっくり打ち込む。


『……苦しい人に言う言葉じゃない時もあるって思う』


 送信。


 灯からすぐ返事が来る。


『凛ちゃん、ちゃんと自分守る考え方できるようになってきたね』


 その言葉に、凛の胸が少し揺れる。


 自分を守る。


 昔の凛には、そんな発想がなかった。


 頑張ることが正義だった。


 耐えることが普通だった。


 でも。


 壊れるまで我慢することは、強さじゃないのかもしれない。


 バックヤードの時計を見る。


 まだ仕事は続く。


 疲れている。


 でも。


 以前のような、“自分を責め続ける苦しさ”は少し減っていた。


 凛は小さく息を吐く。


 “頑張ってるのに足りない”。


 ずっとそう思って生きてきた。


 でも今は。


 “足りない”んじゃなくて、“無理しすぎていた”だけかもしれないと、少しずつ思い始めていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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