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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第45ページ  助けてって、言えなかった


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 雨は次の日の朝には止んでいた。


 空気は冷たく、空は薄い青色をしている。


 凛は大学へ向かう電車の中で、ぼんやり窓の外を見ていた。


 昨日、母と長く話した。


 “普通でいてほしい”という言葉の裏にあった不安。


 母自身も、“普通”から外れることを怖がっていた事実。


 その全部が、まだ胸の中へ静かに残っている。


 凛は小さく息を吐く。


 今まで、“わかってもらえなかった”気持ちばかり見ていた。


 でも本当は。


 母もまた、苦しかったのかもしれない。


 もちろん、だから全部許せるわけじゃない。


 傷ついた記憶は消えない。


 それでも。


 “敵”だと思っていた存在が、少しだけ“同じように不器用だった人”へ変わり始めていた。


 大学へ着く。


 朝のキャンパスは人が多い。


 話し声。

 笑い声。

 急ぎ足で歩く学生たち。


 凛はその空気の中へ入った瞬間、少しだけ肩に力が入る。


 最近は前より、自分の“しんどさ”に気づけるようになってきた。


 でもその分、疲れも感じやすくなっていた。


 講義室へ入る。


 後ろの方の席へ座る。


 周囲では友人同士が話していた。


「昨日の課題やった?」


「やばい、寝不足」


「就活ほんと無理」


 そんな会話を聞きながら、凛はノートを開く。


 少しだけ息苦しい。


 でもまだ大丈夫。


 そう思っていた。


 講義が始まって二十分ほど経った頃。


 突然、教室の空気が重たく感じ始めた。


 人の声。

 椅子の音。

 ペンを走らせる音。


 全部が耳へ刺さる。


 呼吸が浅くなる。


 胸が苦しい。


「……っ」


 凛は小さく俯いた。


 まただ。


 最近増えている。


 急に空気へ飲み込まれるみたいな感覚。


 昔なら。


 ここで絶対に耐えていた。


 “普通に授業を受けること”を優先して。


 苦しくても我慢して。


 でも今は違う。


 無理をすると、本当に壊れる。


 それを少しずつ知っている。


 凛はゆっくり立ち上がった。


 周囲の視線が少し怖い。


 でも。


 今はそれより、呼吸が苦しかった。


 教室を出る。


 廊下へ出た瞬間、少しだけ空気が軽くなる。


 凛は壁へ背中を預け、ゆっくり呼吸を整えた。


 情けない。


 また普通にできなかった。


 その感情が胸へ浮かぶ。


 でも同時に。


 “出られた”とも思った。


 限界になる前に。


 倒れる前に。


 逃げることを選べた。


 それは以前の凛にはできなかったことだった。


「朝比奈さん?」


 不意に声をかけられる。


 振り返ると、担当の女性教授だった。


 四十代くらいの、穏やかな人。


「大丈夫?」


 凛は反射的に「大丈夫です」と言いそうになる。


 いつもの癖。


 心配をかけないように。


 迷惑をかけないように。


 でも。


 喉の奥で言葉が止まった。


 苦しい。


 本当は。


 凛は少し俯きながら、小さく言う。


「……ちょっと、しんどくて」


 その瞬間、胸が強く鳴る。


 言ってしまった。


 “平気じゃない”を。


 教授は驚いた顔をしなかった。


 ただ静かに頷く。


「そっか」


 その反応に、凛は少しだけ拍子抜けする。


 怒られない。


 呆れられない。


 それだけで少し呼吸が楽になった。


「無理しなくていいから、落ち着いたら戻っておいで」


 穏やかな声だった。


 凛は目を瞬かせる。


 “頑張れ”じゃなかった。


 “ちゃんとしなさい”でもなかった。


 無理しなくていい。


 その言葉が、胸へじわりと広がる。


「……すみません」


 凛が小さく頭を下げると、教授は少し苦笑した。


「謝らなくて大丈夫」


 その瞬間、凛の胸が少し熱くなる。


 謝らなくていい。


 苦しいことを。


 限界なことを。


 謝らなくていいと言われたのは、いつぶりだろう。


 教授はそのまま教室へ戻っていく。


 凛は廊下へ一人残された。


 静かだった。


 窓から入る風が少し冷たい。


 凛はゆっくり息を吐く。


 今まで。


 助けを求めることができなかった。


 苦しいと言えなかった。


 だって。


 迷惑をかけるから。


 弱いと思われるから。


 “普通”じゃないとバレるから。


 でも。


 今日、少しだけ違った。


 限界を隠さなかった。


 苦しいを、ちゃんと苦しいと言えた。


 それだけなのに。


 凛の中では、大きな出来事だった。


 スマートフォンが震える。


 七海だった。


『どこー?』


 凛は少し笑って返信する。


『廊下で休憩中』


 すぐ既読がつく。


『また無理した?』


 その言葉に、凛は少し考える。


 前の自分なら。


 “平気だよ”と返していた。


 でも今日は違う。


『ちょっとしんどかった』


 送信。


 数秒後。


『そっか』


『飲み物いる?』


 そのメッセージを見た瞬間、凛の胸がじわりと熱くなる。


 助けようとしてくれる人がいる。


 “迷惑”じゃなく。


 “心配”として。


 凛はスマートフォンを握りしめる。


『ありがとう』


『少し休んだら大丈夫そう』


 送ると、七海からすぐ返事が来た。


『無理すんなよー』


 その軽い言葉が、妙に優しかった。


 凛は窓の外を見る。


 青い空。


 冷たい風。


 世界は相変わらず忙しそうに動いている。


 でも。


 “助けて”を言えなかった自分が。


 今日、少しだけ変わった。


 それは小さな変化だった。


 けれど。


 凛にとっては、“壊れない生き方”へ近づく、大事な一歩のような気がしていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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