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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第43ページ  あの頃の私は、誰にも言えなかった


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 灯と別れたあと、凛は一人で駅まで歩いていた。


 雨はもう止みかけている。


 濡れたアスファルトが、街灯の光をぼんやり反射していた。


 胸の奥が、静かに揺れている。


 疲れているはずなのに。


 不思議と、いつもの“人と会った後の消耗感”とは違っていた。


 もちろん疲れた。


 気を遣わなかったわけじゃない。


 でも。


 “無理して自分を作った疲れ”じゃなかった。


 それが凛には新鮮だった。


 スマートフォンを見る。


 灯からメッセージが届いていた。


『今日ありがとう』


 その短い文字を見ただけで、凛の胸が少し温かくなる。


『こちらこそ』


 そう返す。


 少し迷ってから、もう一文打ち込んだ。


『会えて嬉しかった』


 送信した瞬間、少し恥ずかしくなる。


 でも本音だった。


 灯はすぐに返してきた。


『私も』


『なんか、呼吸しやすかった』


 その言葉に、凛は静かに目を伏せる。


 呼吸しやすかった。


 それは凛も同じだった。


 誰かといて、“疲れる”より先に“安心する”感覚。


 そんなもの、自分には縁がないと思っていた。


 電車へ乗り込む。


 夜の車内は空いていた。


 凛は窓際へ座り、ぼんやり外を見つめる。


 今日、灯は言っていた。


 “消えたい”を隠して、幸せそうに笑っていたと。


 その言葉が、凛の胸から離れない。


 凛は静かに思う。


 自分はどうだっただろう。


 “消えたい”とまでは言わなかった。


 でも。


 “いなくなりたい”と思ったことは、何度もあった。


 小学生の頃。


 教室で上手く馴染めなかった日。


 みんなの笑い声が、自分を責めているみたいに聞こえた。


 中学生の頃。


 クラスの空気に合わせ続けて、家へ帰ると毎日ぐったりしていた。


 高校生の頃。


 笑っているのに、心だけどんどん疲れていった。


 そして大学へ来て。


 “普通になれるかもしれない”と思ったのに。


 苦しさは消えなかった。


 むしろ。


 “普通に生きなきゃいけない圧”は、もっと強くなった。


 凛は窓へ額を寄せる。


 冷たい。


 その感覚が少し気持ちよかった。


「……私も、結構限界だったのかも」


 小さく呟く。


 今まで、認めなかった。


 自分より苦しい人はいる。

 もっと頑張ってる人もいる。


 だから、自分が弱音を吐く資格なんてないと思っていた。


 でも。


 灯の話を聞いて。


 真白の話を聞いて。


 凛は少しずつ気づき始めている。


 限界って、誰かと比べるものじゃない。


 苦しいものは、苦しい。


 無理なものは、無理なのだ。


 電車の窓へ映る自分の顔を見る。


 少し疲れている。


 でも。


 以前より、“苦しい顔”を隠していない気がした。


 家へ帰る。


 部屋の電気をつけると、静かな空気が広がった。


 凛はそのまま床へ座り込む。


 今日のことを思い返す。


 灯の疲れた目。


 “普通の人に見えたかった”という言葉。


 “苦しい”を苦しいまま置いてくれる感じがする、と言われたこと。


 凛は胸の奥へ手を当てる。


 自分は今まで、“ちゃんとした人”になろうとしていた。


 苦しい人を見ても。


 「頑張って」と言う側でいようとしていた。


 でも本当は。


 自分もずっと苦しかった。


 誰かに、「無理しなくていい」と言ってほしかった。


 誰かに、「苦しいよね」と言ってほしかった。


 でも。


 そんなこと言える空気じゃなかった。


 母はいつも、“頑張れ”と言った。


 学校でも、“ちゃんとやる”のが当たり前だった。


 だから凛は、自分の苦しさに蓋をした。


 その方が、生きやすいと思ったから。


 でも本当は違った。


 蓋をし続けた苦しさは、消えない。


 ただ、自分の中で腐っていくだけだった。


 凛はベッドへ倒れ込む。


 天井を見つめながら、ぼんやり考える。


 もし。


 もっと早く、“苦しい”と言えていたら。


 もし。


 誰かが、“そのままでいい”と言ってくれていたら。


 自分は、ここまで自分を追い込まなかったのだろうか。


 その時、ふと小学生の頃の記憶が浮かぶ。


 教室の隅。


 一人で俯いていた自分。


 みんなに合わせられなくて。


 でも理由もわからなくて。


 ただ、「普通にならなきゃ」と思っていた小さな自分。


 凛の胸がじわりと痛む。


「……頑張ってたんだ」


 自然に言葉が漏れた。


 小さな頃の自分へ向けて。


 あの頃の凛は、ちゃんと頑張っていた。


 空気を読んで。


 嫌われないようにして。


 苦しくても笑って。


 必死に、“普通”になろうとしていた。


 でも。


 誰もその苦しさに気づかなかった。


 凛自身ですら、「自分が悪い」と思っていたから。


 気づけば涙が滲んでいた。


 凛は目を閉じる。


 胸が痛い。


 でもその痛みは、どこか優しかった。


 今まで否定してきた自分を。


 少しだけ、“かわいそうだった”と思えたから。


 スマートフォンが震える。


 灯からだった。


『ちゃんと帰れた?』


 凛は涙を拭き、小さく笑う。


『帰れた』


『よかった』


『今日はちょっとだけ、生きててよかった』


 そのメッセージを見た瞬間、凛の胸が強く揺れる。


 生きててよかった。


 たったそれだけの言葉。


 でも。


 “消えたい”と思っていた人がそう言ったことが、凛にはとても大きく感じた。


 凛はゆっくり文字を打つ。


『私も』


 送信。


 そのあと、スマートフォンを胸へ抱える。


 苦しい人生だった。


 今も苦しい。


 でも。


 “わかってほしかった”と思っていたのは、自分だけじゃなかった。


 そのことが。


 少しだけ、凛を救い始めていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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