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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第42ページ  消えたかった日の話


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 雨は静かに降り続いていた。


 喫茶店の窓に、小さな水滴が流れていく。


 店内は穏やかだった。


 静かな音楽。


 食器の触れる小さな音。


 その落ち着いた空気の中で、凛は少しずつ肩の力が抜けていくのを感じていた。


 灯と会う前は、あんなに緊張していたのに。


 今は、不思議なくらい呼吸が楽だった。


 沈黙が怖くない。


 無理して笑わなくていい。


 それだけで、こんなに疲れ方が違うのかと凛は思う。


 灯はカフェラテを両手で包みながら、ぼんやり窓の外を見ていた。


「なんかさ」


 ぽつりと呟く。


「実際会うと、“本当に存在してたんだ”って感じする」


 凛は少し笑った。


「わかる」


 画面越しでは何度も話してきた。


 でも。


 実際に目の前にいる灯は、文字だけではわからなかった。


 疲れている空気。


 どこか無理している呼吸。


 それでも笑おうとしてしまう癖。


 凛はその全部に、少しだけ自分を重ねていた。


「……灯ちゃん」


 凛は少し迷いながら聞く。


「前、“消えたい”って言ってたじゃん」


 灯の指先が少し止まる。


 でも否定はしなかった。


「うん」


 静かな返事。


 凛はゆっくり続ける。


「今も、そう思う時ある?」


 聞いていいのかわからなかった。


 でも。


 知りたいと思った。


 灯がどんな苦しさを抱えているのか。


 灯はしばらく黙っていた。


 窓を流れる雨粒を見つめながら、小さく息を吐く。


「……あるよ」


 その声は、とても静かだった。


「普通に」


 凛は胸の奥が少し痛くなる。


 普通に。


 まるで、“お腹空いた”と言うみたいに。


 灯は“消えたい”を抱えて生きている。


「最近は前よりマシだけど」


 灯は苦笑した。


「でも、疲れすぎると、“もう終わりたい”ってなる」


 凛は黙って聞いていた。


 簡単に「そんなこと言わないで」とは言えなかった。


 灯の苦しさが、本物だとわかるから。


「前、一回ほんとにやばかった時あって」


 灯は視線を落としたまま続ける。


「家から出れなくなった」


 凛の胸が小さく揺れる。


「人から連絡来るだけで吐きそうだった」


 その感覚が、少しわかってしまう。


 返信するだけで疲れる時。

 誰かと関わることが怖くなる時。


 凛にも、最近そんな日が増えていた。


「でもSNSでは普通に投稿してた」


 灯は少し笑う。


「空の写真とか載せて、“今日も頑張ろう”とか書いてた」


 その笑い方は、少し寂しかった。


「なんで?」


 凛が小さく聞く。


 灯は少しだけ黙る。


「……消えそうな自分を隠したかった」


 その言葉が、静かに胸へ落ちる。


「“ちゃんと生きてる人”に見えたかった」


 凛は目を伏せる。


 それは凛も同じだった。


 大丈夫なふり。

 普通のふり。

 苦しくないふり。


 そうしていないと、“価値のない人間”になる気がしていた。


「でもある日」


 灯はぽつりと言う。


「投稿したあと、急に虚しくなった」


 カフェラテの表面を見つめながら続ける。


「“私、何やってるんだろ”って」


 幸せそうに見せて。


 平気なふりをして。


 本当は、消えたいくらい苦しいのに。


「その時初めて、“私もう限界なんだ”って思った」


 凛は静かに息を止める。


 限界。


 その言葉は最近、凛の周りで何度も聞いている。


 真白も。

 灯も。


 みんな、“壊れるまで無理してきた人たち”だった。


「……誰かに言えなかった?」


 凛が聞く。


 灯は苦笑する。


「言えなかった」


「なんで?」


「だって、“消えたい”とか言ったら引かれるじゃん」


 その瞬間、凛の胸が強く痛む。


 引かれる。


 重いと思われる。


 面倒だと思われる。


 その恐怖が、灯をずっと黙らせていたのだ。


「だからずっと、“普通っぽく”してた」


 灯は静かに言った。


「でももう無理だった」


 その声は少し掠れていた。


 凛は目の前の灯を見る。


 細い身体。


 疲れた目。


 それでもここへ来た人。


 生きることに疲れながら、それでも今日を生きている人。


「……今は?」


 凛が小さく聞く。


 灯は少し考える。


「前より、“消えたい”だけじゃなくなったかも」


「え?」


「“苦しい”って言えるようになったから」


 その言葉に、凛の胸が小さく揺れる。


 苦しい。


 その言葉を口にできること。


 それは、凛にとっても最近やっと覚え始めたことだった。


「あと」


 灯は少し照れくさそうに笑う。


「凛ちゃんとか、真白さんみたいに、“わかろうとしてくれる人”いるから」


 凛は息を止める。


 自分が、誰かの“生きる理由”に少しでもなれている。


 そんなふうに思ったことがなかった。


「……私、そんな大したことしてないよ」


 凛が小さく言うと、灯は首を振った。


「でも、“消えたい”って言っても否定しなかった」


 静かな声だった。


「それ、結構救われた」


 凛は言葉を失う。


 今までの自分は、“正しい人間”になろうとしていた。


 頑張れと言う側。

 前向きになれと言う側。


 でも最近は違う。


 苦しい人に、“苦しいよね”と言えるようになってきた。


 それは多分、自分自身の苦しさを少し認め始めたからだ。


 雨音が静かに響く。


 灯は窓の外を見ながら、小さく呟いた。


「……生きるの、難しいね」


 凛は静かに頷く。


「うん」


 本当に難しい。


 普通になれなくて。

 壊れそうになって。

 それでも生きなければいけない。


 でも。


 こうして、“苦しい”を隠さなくていい相手と出会えたことは。


 きっと、小さな救いだった。


 凛はカップを両手で包みながら、静かに思う。


 “消えたい”と言ってしまうほど苦しかった人が。


 今、自分の前でちゃんと息をしている。


 そのことが、なぜか少しだけ希望みたいに感じていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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