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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第41ページ  はじめまして、だったのに


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 待ち合わせ場所へ向かう電車の中で、凛はずっと落ち着かなかった。


 スマートフォンを開いては閉じる。


 時間を確認して。


 また画面を消す。


 そんなことを何度も繰り返している。


 心臓がうるさい。


 逃げたくなる。


 でも同時に、会いたいとも思っている。


 それが凛には少し不思議だった。


 人と会う予定がある日は、いつも疲れるだけだったから。


 嫌われないようにしなきゃ。

 変だと思われないようにしなきゃ。


 そんなことばかり考えていた。


 でも今日は少し違う。


 怖い。


 でも、“ちゃんとした自分”を作るより先に、灯に会いたいと思っている。


 待ち合わせは、小さな駅の近くにある静かな喫茶店だった。


 人が多い場所が苦手だと、二人ともわかっていたから。


 凛は改札を出て、ゆっくり辺りを見回す。


 胸が苦しい。


 もし会って、「思ってたのと違う」と思われたら。


 その時。


「……凛ちゃん?」


 小さな声。


 振り返る。


 一人の女性が立っていた。


 高瀬 灯。


 凛は一瞬、言葉を失った。


 SNSで見ていた写真より、ずっと細かった。


 白い肌。


 少し大きめの黒いパーカー。


 肩までの髪。


 どこか眠そうで、疲れた目。


 でも。


 その目が凛を見た瞬間、少しだけ安心したように緩んだ。


「……灯ちゃん?」


「うん」


 短いやり取り。


 なのに、二人とも少し緊張していた。


「なんか」


 灯が小さく笑う。


「本当にいた」


 その言葉に、凛も少し笑ってしまう。


「私も思った」


 画面越しでは、何度も話してきた。


 でも実際に会うと、不思議な感覚だった。


 初対面なのに。


 少し前から知っていた人みたいだった。


 二人は喫茶店へ入る。


 静かな店だった。


 窓際の席へ座る。


 しばらく沈黙。


 でも、不思議と苦しくない。


「……人と会うの久しぶり?」


 凛が小さく聞く。


 灯は苦笑した。


「必要最低限しか会ってない」


「そっか」


「最近、人といるとめちゃくちゃ疲れる」


 その言葉に、凛は静かに頷く。


 わかる。


 空気を読むこと。

 話を合わせること。

 笑うこと。


 全部、エネルギーを使う。


「凛ちゃんは?」


「私も」


 凛は少し笑った。


「大学だけで瀕死になる日ある」


「わかりすぎる」


 灯が吹き出す。


 その笑い方は、メッセージより少し柔らかかった。


 でもどこか、“頑張って笑ってる感じ”が薄い。


 凛はそのことに少し安心する。


 無理していない。


 それだけで、呼吸がしやすかった。


 注文した飲み物が運ばれてくる。


 灯はカフェラテを見つめながらぽつりと言った。


「凛ちゃん、思ってたより静か」


「……よく言われる」


「なんか安心した」


 その言葉に、凛の胸が少し温かくなる。


 嫌われていない。


 今のところ。


 その事実だけで、少し呼吸が楽になる。


「灯ちゃんは……」


 凛は少し言葉を探す。


「思ってたより、ちゃんと疲れてる」


 言った瞬間、失礼だったかもしれないと思った。


 でも灯は吹き出した。


「何それ」


「ごめん」


「いや、合ってる」


 灯は苦笑する。


「最近ほんとボロボロ」


 その言葉を聞いた瞬間、凛の胸が静かに痛んだ。


 画面越しでも苦しそうだった。


 でも実際に会うと、その危うさがもっと伝わってくる。


 細い腕。

 少し落ちた頬。

 疲れた目。


 “生きること”に消耗している人の空気だった。


「……ちゃんと寝れてる?」


 凛が聞く。


 灯は少し目を逸らした。


「微妙」


「ご飯は?」


「気分による」


 凛は小さく息を飲む。


 危ない。


 そう思った。


 でも同時に、その感覚がわかってしまう。


 苦しい時。


 食べることも、眠ることも、全部どうでもよくなる日がある。


「凛ちゃん優しいね」


 灯がぽつりと言う。


 凛は少し困った。


「そんなことないよ」


「いや、でもちゃんと心配してくれる」


 灯はカフェラテを見つめたまま続ける。


「最近、“大丈夫?”って聞かれるのもしんどい時あるけど」


 少し笑う。


「凛ちゃんに聞かれると、なんか嫌じゃない」


 その言葉に、凛の胸が小さく揺れる。


 嫌じゃない。


 それは凛も同じだった。


 灯と話していると、“ちゃんとした人”にならなくていい。


 苦しいを隠さなくていい。


「……なんでだろ」


 凛が小さく呟く。


 灯は少し考えるように黙った。


 それから静かな声で言う。


「多分、“治そう”としてこないからじゃない?」


 凛はハッとする。


 治そう。


 頑張れ。

 前向きになれ。

 ちゃんとしろ。


 そう言われ続けてきた。


 でも凛も灯も、今はもう、“正しい言葉”に少し疲れていた。


「凛ちゃんって」


 灯がぽつりと言う。


「“苦しい”を、苦しいまま置いてくれる感じする」


 その言葉が、凛の胸へ静かに落ちる。


 凛は今まで、自分の苦しさをずっと否定してきた。


 でも最近は違う。


 苦しい。

 無理。

 怖い。


 そういう感情を、すぐ“間違い”にしなくなってきた。


 それはきっと、真白や七海や灯が、凛の感情を否定しなかったからだ。


 窓の外では、小さな雨が降り始めていた。


 店内には静かな音楽が流れている。


 凛は灯を見ながら、ふと思う。


 この人も、自分と同じように苦しんできたんだ。


 普通になれなくて。

 生きることに疲れて。

 それでも消えきれずにここにいる。


 その事実が、どこか少しだけ救いだった。


「……会えてよかった」


 気づけば、凛はそう言っていた。


 灯は少し驚いた顔をする。


 それから、小さく笑った。


「私も」


 その笑顔は、SNSで見るどの写真よりも、少しだけ本物に見えた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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