表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/150

第34ページ  何もできなかった日


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 次の日、凛は昼過ぎまで起き上がれなかった。


 目は覚めていた。


 でも身体が重い。


 まるで全身へ濡れた毛布を巻きつけられているみたいだった。


 スマートフォンを見る。


 午後一時。


 大学の講義はもう始まっている時間だった。


 凛はぼんやり天井を見つめる。


 行かなきゃ。


 その言葉だけが、頭の中で小さく響く。


 でも身体は動かない。


 昨日。


 母へ本音をぶつけた。


 “苦しい”と言った。


 “もう無理していた”と言った。


 その反動みたいに、身体から全部の力が抜けていた。


 凛は布団の中で小さく丸まる。


 情けない。


 何もしていないのに疲れている。


 普通の人なら、こんなことで動けなくならない。


 その考えが浮かんだ瞬間、胸が少し痛んだ。


 でも最近は、そのあとに別の声も浮かぶ。


 ――本当に限界だったんじゃない?


 真白の声。


 七海の声。


 灯の言葉。


 その全部が、少しずつ凛の中へ残っている。


 スマートフォンが震えた。


 七海だった。


『今日いない?』


 凛はしばらく画面を見つめる。


 返信する気力すら少し重い。


『今日は無理そう』


 短く送る。


 既読がつく。


『そっか』


『ちゃんと休みな』


 その言葉に、凛は静かに目を閉じる。


 “ちゃんと休みな”。


 昔の凛なら、そんな言葉を受け取る資格がない気がしていた。


 休むのは駄目な人間だけだと思っていたから。


 でも今は少し違う。


 休まなければ、本当に壊れてしまうこともある。


 凛はゆっくり布団から出た。


 キッチンへ向かう。


 でも途中で立ち止まる。


 何をしようとしていたのか、一瞬わからなくなる。


 頭がぼんやりする。


 疲れている。


 何もしたくない。


 凛はそのまま床へ座り込んだ。


 冷たいフローリング。


 静かな部屋。


 外では誰かの話し声が聞こえる。


 みんな、生きている。


 動いている。


 それなのに自分だけ止まっている気がした。


「……駄目だな」


 小さく呟く。


 するとその瞬間、不意に真白の言葉を思い出した。


 ――壊れない生き方、探すしかないんじゃないかな。


 壊れない生き方。


 それは、“無理してでも動く”ことではないのかもしれない。


 凛はゆっくり息を吐く。


 最近、自分の中で何かが変わり始めている。


 今までなら、“動けない自分”を激しく責めていた。


 でも今は。


 責めるだけでは、本当に動けなくなることも知り始めている。


 凛は冷蔵庫から水を取り出し、小さく飲んだ。


 それだけで少し疲れる。


 身体より先に、心が消耗している感じだった。


 午後三時。


 凛は結局、何もできないままだった。


 洗濯も。

 課題も。

 掃除も。


 ただベッドと床を行き来しているだけ。


 それなのに、時間だけが過ぎていく。


 その時、スマートフォンが震えた。


 灯だった。


『今日しんでる』


 その一文を見て、凛は少しだけ笑ってしまう。


 いつもの灯だ。


『私も』


 凛が返すと、すぐに既読がついた。


『何もできん』


『わかる』


 短いやり取り。


 でも、その軽さが少し救いだった。


『凛ちゃん今何してる』


『床座ってる』


『人類終わってる』


 凛は小さく吹き出す。


 こんなふうに笑えるのが、不思議だった。


『灯ちゃんは』


『布団』


『仲間』


 そのやり取りを見ながら、凛は少し肩の力が抜ける。


 何もできない日。


 そんな日があってもいいのかもしれないと、少しだけ思える。


『なんかさ』


 灯からまたメッセージが届く。


『昔は、何もできない日あると自分殴りたくなってた』


 凛は画面を見つめる。


 その感覚がわかってしまう。


 何もできない自分が許せない。


 怠けている気がする。


 価値がない気がする。


『今も多少思うけど』


『でも最近、“生きてるだけで体力使う日ある”って思うようにしてる』


 その言葉が、凛の胸へ静かに落ちていく。


 生きてるだけで体力を使う日。


 本当に、そうだった。


 今日は起きるだけで疲れた。


 母と本音をぶつけ合ったこと。


 大学で気を張ったこと。


 バイトで理解されなかったこと。


 全部、凛の中へ少しずつ積み重なっていた。


『……私も今日、何もできてない』


 凛が送ると、灯はすぐ返した。


『でも死んでない』


 凛は少し笑う。


『それ結構大事』


 その不器用な言葉に、凛は静かに救われる。


 何かを頑張ったわけじゃない。


 前向きになれたわけでもない。


 でも。


 “何もできない日”を責め続けないでいる。


 それだけで、少し呼吸ができる。


 夕方。


 部屋の中がオレンジ色に染まる。


 凛は窓の外をぼんやり見つめていた。


 今日、自分は本当に何もしていない。


 でも。


 昨日みたいに、自分を追い込んでもいない。


 それは少し怖かった。


 怠けているみたいで。


 でも同時に、どこか静かだった。


 “何もできない日”にも、自分は存在していていい。


 そんな感覚を、少しだけ覚え始めている。


 スマートフォンがまた震える。


 灯だった。


『今日も生存確認完了』


 凛は小さく笑いながら返信する。


『そっちも』


『えらい』


 その文字を見ながら、凛はゆっくり目を閉じた。


 昔の自分なら。


 “何もできなかった一日”を、失敗だと思っていた。


 でも今は。


 壊れずに終われたなら、それだけで十分な日もあるのかもしれない。


 そう思える自分が、ほんの少しだけ増えていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ