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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第31ページ  わかってもらえない痛み


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 バイトが終わる頃には、凛はもうほとんど限界だった。


 身体が重い。


 頭もぼんやりする。


 でも、一番疲れていたのは心だった。


 ――慣れない人もいますよね。


 休憩室で口にした自分の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。


 あんなこと、今までなら絶対に言えなかった。


 相手の言葉に逆らうみたいで怖かったから。


 でも今日は、勝手に口から出た。


 “頑張ればできる”だけじゃない。


 そう思ってしまった。


 凛は制服のまま夜道を歩く。


 秋の風が少し冷たい。


 街灯の光が、濡れたアスファルトにぼんやり反射していた。


 凛は胸の奥に残るざわつきを抱えたまま、『cafe 月灯り』へ向かった。


 最近、自分でも驚くほど自然にこの店へ足が向く。


 苦しい時。


 疲れた時。


 わかってもらえなかった時。


 ここだけは、呼吸をしてもいい場所みたいだった。


 扉を開ける。


 ベルの音。


 真白が顔を上げる。


「お疲れさま」


 その声を聞いた瞬間、凛の肩から少し力が抜けた。


「……ただいま」


 真白は少し笑う。


「今日はかなり疲れてる顔」


「うん……」


 凛はカウンター席へ座り、そのまま深く息を吐いた。


 真白は何も急かさず、温かい紅茶を置いてくれる。


「バイト?」


「うん」


「何かあった?」


 凛は少し黙った。


 どう説明すればいいかわからない。


 三崎は悪い人じゃない。


 むしろ優しい。


 でも。


「……わかってもらえなかった」


 気づけば、そう言っていた。


 真白は静かに聞いている。


「“頑張れば慣れる”って言われて」


 凛は紅茶の湯気を見つめる。


「前なら、“私が弱いからだ”って思ってた」


 でも最近は違う。


 苦しさには理由がある。

 限界には限界になる理由がある。


 そう思い始めている。


「でも今日は……」


 凛は少し言葉を探す。


「“この人には、多分わからないんだ”って思った」


 その瞬間、胸の奥が少し痛んだ。


 誰かを“わかってくれない人”だと思うこと。


 それは凛にとって、とても怖いことだった。


 今までは全部、自分が悪いと思っていたから。


「……それで?」


 真白が静かに聞く。


「なんか、悲しかった」


 凛は小さく笑う。


「でも、ちょっとだけ楽でもあった」


 その本音を口にした瞬間、自分で驚く。


 楽だった。


 “全部自分が悪い”と思わなくて済んだから。


 真白はゆっくり頷いた。


「凛ちゃん、今まで“理解されない=自分がおかしい”って思ってたんだね」


 凛は静かに目を伏せる。


「……うん」


「でも、本当は違う」


 真白は穏やかな声で言った。


「わからない人には、わからないこともある」


 その言葉が、凛の胸へ静かに落ちていく。


 わからない人には、わからない。


 それは少し冷たい考え方にも思えた。


 でも同時に、自分を守る言葉でもあった。


「凛ちゃん」


 真白がぽつりと言う。


「全部の人に理解されようとすると、壊れるよ」


 凛は息を止めた。


 全部の人に理解されたい。


 嫌われたくない。

 変だと思われたくない。

 ちゃんとした人間に見られたい。


 その気持ちで、ずっと生きてきた。


「……でも」


 凛は小さく言う。


「理解されないの、怖い」


「うん。怖いよ」


 真白はすぐに頷いた。


「でも、“わかってもらえない人”にまで、自分削って合わせ続けると、本当に自分なくなる」


 その言葉に、凛の胸が強く痛む。


 自分を削る。


 それは、凛がずっとやってきたことだった。


 相手に合わせる。

 嫌われないようにする。

 苦しくても笑う。


 その結果、自分が何を感じているのかすらわからなくなっていた。


「……最近ね」


 凛はぽつりと言う。


「“無理してまで好かれなくていい”って、ちょっと思う」


 言った瞬間、心臓が大きく鳴った。


 そんなこと、考えてはいけない気がした。


 でも本音だった。


 全部の人に好かれようとして、自分が壊れるくらいなら。


 少し距離を取ってもいいのかもしれない。


 真白は少しだけ笑った。


「かなり大きな変化だね」


「……悪いこと?」


「全然」


 真白は紅茶のカップを整えながら続ける。


「それ、“自分を守ろうとしてる”ってことだから」


 凛は静かに息を吐く。


 自分を守る。


 最近、その言葉を何度も聞く。


 でもまだ慣れない。


 今までの凛にとって、“我慢すること”が優しさだったから。


「でも罪悪感ある」


 凛は正直に言った。


「“わかってもらえなくてもいい”って思うと、冷たい人になった気がする」


 真白は少し考えるように黙る。


 それから静かな声で言った。


「凛ちゃん、“優しい”と“自分を犠牲にする”が、まだ繋がってるんだね」


 凛はハッとする。


 確かにそうだった。


 相手を優先すること。

 我慢すること。

 無理をすること。


 それを“優しさ”だと思ってきた。


「でも本当は」


 真白は穏やかに続ける。


「自分を守れない人って、いつか誰かのことも守れなくなる」


 その言葉に、凛は言葉を失った。


 灯のことを思い出す。


 七海の疲れた笑顔を思い出す。


 そして、自分自身を思い出す。


 ずっと無理して、空っぽになりかけていた自分を。


「……私」


 凛は掠れた声で言う。


「最近、“嫌だ”って感情がちょっとわかるようになってきた」


 真白は静かに笑った。


「いいことだと思う」


「前までは全部、“私が悪い”だったから」


 でも今は違う。


 苦しい。

 嫌だ。

 怖い。

 無理。


 そういう感情が、自分の中にもちゃんとある。


 それを押し殺し続ける方が、きっと苦しかった。


 店の窓の外では、夜の街が静かに光っている。


 凛はその灯りをぼんやり見つめながら、小さく思う。


 全部の人にわかってもらえなくてもいい。


 せめて。


 自分だけは、自分の苦しさを否定したくなかった。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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