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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第23ページ  笑ってるだけで疲れる


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 九月の風が、少しだけ変わり始めていた。


 まだ暑い。


 けれど真夏の刺すような熱気ではなく、どこか終わりの気配を含んでいる。


 大学の後期が近づいていた。


 凛はまだ、以前のようには戻れていなかった。


 大学を休む日もある。


 外へ出るだけで疲れる日もある。


 でも最近は、“無理をして平気なふりをすること”の方が苦しくなっていた。


 朝、鏡を見る。


 少し痩せた顔。


 疲れの抜けない目。


 でも、前よりほんの少しだけ、自分の表情がわかるようになっていた。


 ――今、しんどいんだな。


 そう思えるだけで、以前より少し呼吸がしやすい。


 昼過ぎ。


 凛は七海と会う約束をしていた。


 大学近くの小さなファミレス。


 七海はいつものように、明るい声で手を振った。


「凛ちゃーん!」


 その笑顔を見て、凛は少し安心する。


「久しぶり」


「元気だった?」


 その質問に、凛は少し困った。


 元気。


 その言葉の基準が、最近わからない。


「……まあまあ」


 曖昧に笑うと、七海も「あー、わかる」と苦笑した。


 二人はドリンクバーを取り、席へ座る。


 周囲には学生たちの笑い声。


 楽しそうな会話。


 その空気を感じながら、凛は少しだけ息苦しくなる。


 七海はメニューを閉じながら言った。


「後期始まるの憂鬱すぎる」


「わかる」


「また人間関係リセットされる感じしない?」


 凛は少し驚いて顔を上げた。


「リセット?」


「グループとか距離感とか」


 七海はストローを弄りながら続ける。


「夏休み明けって、“ちゃんと馴染めるかな”って毎回怖い」


 その言葉に、凛の胸が小さく揺れる。


 七海も、怖いのだ。


 いつも明るく笑っている七海も。


「……七海ちゃんって」


 凛はゆっくり聞く。


「そういうの平気なタイプだと思ってた」


「えー、全然」


 七海は笑う。


 でも、その笑い方は少し疲れて見えた。


「むしろめっちゃ気にする」


 七海はジュースを一口飲む。


「嫌われるの怖いし、空気悪くなるのも無理だし」


 凛は静かに聞いていた。


「だから結構頑張ってるよ」


 その言葉に、凛は少し胸が苦しくなる。


 頑張っている。


 その裏にある疲労が、今の凛にはわかってしまう。


「なんかさ」


 七海は視線を落とした。


「ずっと笑ってると、本当に疲れるんだよね」


 その声は小さかった。


「でも笑ってないと、“機嫌悪い?”って言われるし」


 凛は何も言えなかった。


 わかる。


 凛もずっと、“ちゃんとしてる顔”を作って生きてきた。


 空気を悪くしない顔。

 心配かけない顔。

 普通の顔。


 でもそれは、想像以上に体力を使う。


「最近さ」


 七海は苦笑する。


「家帰ると何もできない」


 その言葉に、凛は静かに目を伏せた。


 同じだった。


 外で全部使い切ってしまう。


 だから一人になると、空っぽみたいに動けなくなる。


「でも周りには、“七海って元気だよね”って言われる」


 七海は笑った。


 その笑顔が少しだけ痛々しい。


「元気じゃない日もあるのにね」


 凛の胸が強く締めつけられる。


 “明るい人”。


 “元気な人”。


 そのイメージに、七海も縛られている。


「……疲れない?」


 凛が小さく聞くと、七海は少し黙った。


 それから、小さく頷く。


「めっちゃ疲れる」


 その瞬間。


 凛は初めて、七海の“明るさ”の裏側を見た気がした。


 明るい人は、最初から明るいわけじゃない。


 嫌われないように。

 空気を壊さないように。

 一人にならないように。


 そうやって笑い続けている人もいる。


「……私」


 凛はぽつりと言う。


「最近、“優しい子”でいるの疲れてきた」


 七海が目を見開く。


 凛自身も、その言葉に少し驚いていた。


 でも本音だった。


 いい子でいること。

 我慢すること。

 空気を読むこと。


 全部、疲れていた。


「凛ちゃんでもそんなこと思うんだ」


「……うん」


「なんか安心した」


 七海は少し笑った。


「私だけ性格悪いのかと思ってた」


 その言葉に、凛は首を振る。


「違うよ」


「でもさ」


 七海は視線を窓の外へ向ける。


「優しい人って、怒れないじゃん」


 凛の胸が小さく揺れる。


 昨日、真白も同じようなことを言っていた。


 怒りは、自分を守る感情だと。


「私ね」


 七海は静かな声で言う。


「本当は嫌なこといっぱいある」


 凛は黙って聞いていた。


「でも、“そんなことで?”って思われそうで言えない」


 七海は笑う。


 でもその目は、少しだけ潤んでいた。


「だから笑って誤魔化す」


 その姿が、凛には痛いほどわかる。


 笑っていれば嫌われない。

 明るくしていれば空気は壊れない。


 でも、その代わり、本当の自分はどんどん見えなくなる。


「……苦しいね」


 凛がそう言うと、七海は少し驚いた顔をした。


 それから、小さく笑う。


「うん。結構」


 二人の間に静かな空気が流れる。


 でも、その沈黙は不思議と苦しくなかった。


 凛はふと思う。


 昔の自分なら、こんな会話はできなかった。


 苦しさを口にすることも。

 弱音を見せることも。

 相手の本音を受け取ることも。


 全部怖かった。


 でも今は違う。


 “苦しい”と言える人がいる。


 “わかる”と言ってくれる人がいる。


 それだけで、少し呼吸ができる。


 帰り道。


 駅へ向かいながら、七海がぽつりと言った。


「凛ちゃん、前よりちょっと変わったよね」


「……そうかな」


「前はもっと、“ちゃんとしなきゃ”って感じだった」


 凛は少し驚く。


 そんなふうに見えていたのか。


「最近は、ちょっと力抜けた感じする」


 七海は笑う。


「まあ、まだめちゃくちゃ無理してそうだけど」


 凛は思わず笑ってしまった。


「否定できない」


「でしょ?」


 二人で少し笑う。


 その瞬間、凛は気づく。


 今、自分はちゃんと笑えている。


 空気を読むためじゃなく。

 嫌われないためじゃなく。


 自然に。


 それが少しだけ、嬉しかった。


 駅のホームで七海と別れたあと、凛は一人で電車を待つ。


 人混みの中。


 疲れた顔の会社員。

 楽しそうな学生。

 スマホを見つめる人たち。


 みんな、それぞれ何かを抱えて生きている。


 明るい人も。

 ちゃんとして見える人も。


 苦しくないわけじゃない。


 凛はホームの風を感じながら、小さく息を吐く。


 “優しい子”でいることに疲れてしまった自分も。


 笑って誤魔化してきた自分も。


 少しずつ、本当の声を出したがっているのかもしれなかった。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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