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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第24ページ  消えたいの裏側


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 その夜、凛はなかなか眠れなかった。


 七海と別れたあとから、胸の奥がずっとざわざわしている。


 “笑ってるだけで疲れる”。


 七海のその言葉が、何度も頭の中で繰り返されていた。


 凛はベッドの中でスマートフォンを開く。


 時刻は午前一時過ぎ。


 SNSのタイムラインには、相変わらず誰かの幸せが流れていた。


『最高の夏休み!』


『友達って一生もの』


『毎日楽しすぎる』


 笑顔の写真。

 海。

 花火。

 恋人とのツーショット。


 画面の向こうの世界は、眩しかった。


 凛はぼんやりその投稿を眺める。


 昔は、それを見るたび自分を責めていた。


 どうして自分は、みんなみたいに楽しめないんだろう。

 どうして普通に笑えないんだろう。


 でも最近は、少しだけ違う。


 この笑顔の裏にも、苦しさがあるのかもしれない。


 七海のことを知ってから、凛はそう思うようになった。


 明るい人が、苦しくないわけじゃない。


 楽しそうな人が、孤独じゃないわけじゃない。


 その時、通知が鳴った。


 灯だった。


『今日、人類向いてない』


 その一文を見て、凛は少しだけ笑ってしまう。


 でも、その軽い言葉の奥にある重さを、今の凛は知っている。


『今日はどんな感じ?』


 凛が返すと、少し時間が空いてから返信が来た。


『全部めんどい』


『息するのもしんどい』


 凛は画面を見つめる。


 その感覚が、わかってしまう。


 ただ生きているだけなのに疲れる日。


 何もしていないのに、もう限界みたいな日。


『凛ちゃんは?』


 そう聞かれて、凛は少し考えた。


 少し前までなら、「大丈夫」と返していた。


 でも今は。


『今日はちょっと疲れた』


 そう打ち込む。


 送信したあと、少しだけ怖くなる。


 弱音を吐いてしまった。


 でも灯はすぐに返した。


『そっか』


『おつかれ』


 その短い言葉だけで、少し胸が緩む。


 凛はスマートフォンを握りしめた。


 “わかってもらえる”という感覚は、こんなにも安心するものだったのかと思う。


『ねえ』


 灯からまたメッセージが来る。


『凛ちゃんってさ』


『なんでそんな優しいの』


 凛は少し困った。


 最近、何度も言われる言葉。


 でも凛自身は、自分を優しいと思えない。


『優しくないよ』


 そう返すと、灯はすぐに、


『優しい人ほどそう言う』


 と送ってきた。


 凛は苦笑する。


 でも最近、“優しい”という言葉が少し苦しい。


 優しい人でいなければいけない気がするから。


『今日、七海ちゃんと話してた』


『みんな結構無理してるんだなって思った』


 凛が送ると、灯から返事が来る。


『そりゃそうだよ』


『みんな隠してるだけ』


 その言葉に、凛は静かに目を伏せた。


 隠している。


 本当は苦しいのに。

 本当は限界なのに。


 笑って。

 頑張って。

 普通のふりをする。


 凛もずっとそうだった。


『私ね』


 灯から続けてメッセージが届く。


『“消えたい”って、死にたいとはちょっと違う時ある』


 凛は息を止める。


『どういうこと?』


 少し時間が空く。


 やがて、ぽつりぽつりと文字が届いた。


『もう疲れたって感じ』


『全部やめたいって感じ』


『誰にも期待されたくないし』


『頑張れって言われたくないし』


『一回全部終わってほしいみたいな』


 凛は画面を見つめたまま動けなかった。


 それは、凛がずっと感じてきたものに似ていた。


 死にたいわけじゃない。


 ただ。


 苦しさから逃げたかった。


 頑張り続けることを終わらせたかった。


『……わかる』


 凛はゆっくり打ち込む。


 送信したあと、胸が少し苦しくなる。


 “わかる”と言っていいのだろうかと思う。


 でも、本当にわかってしまった。


『でもさ』


 灯から返事が来る。


『結局、“わかってほしい”んだと思う』


 凛は目を見開く。


『消えたいって言う時って』


『本当は、“こんなに苦しい”って誰かに気づいてほしい時ある』


 その言葉が、凛の胸へ深く落ちていく。


 苦しい。


 限界。


 助けてほしい。


 でもそんなこと、ずっと言えなかった。


 だから「消えたい」という言葉になる。


 その痛みを、凛は今なら少しわかる気がした。


『凛ちゃんもそうじゃない?』


 そのメッセージを見た瞬間、凛の呼吸が止まる。


 図星だった。


 大学を休んだ日。

 真白に「逃げたい」と言った夜。

 母の言葉に苦しくなった時。


 本当はずっと、「苦しい」と気づいてほしかった。


『……うん』


 凛は小さく返す。


 灯はしばらく既読のままだった。


 やがて。


『凛ちゃん、生きるの頑張りすぎだよ』


 その一文が届く。


 凛はスマートフォンを見つめた。


 涙が少し滲む。


 頑張りすぎ。


 真白にも、七海にも似たようなことを言われた。


 でも。


 頑張らなければ、生きていけないと思っていた。


 ちゃんとしなければ。

 嫌われないようにしなければ。

 普通でいなければ。


 そうしないと、居場所がなくなる気がした。


『最近ね』


 凛はゆっくり文字を打つ。


『優しい子でいるの疲れてきた』


 送信した瞬間、少し怖くなる。


 でも灯は、


『わかる』


 とだけ返した。


 それだけで、十分だった。


 凛はベッドへ寝転び、暗い天井を見つめる。


 “消えたい”という言葉の裏には、たくさんの感情が隠れている。


 疲れた。

 苦しい。

 助けてほしい。

 わかってほしい。


 そして本当は。


 “ここにいていい”と思いたい。


 凛は静かに目を閉じた。


 今まで、自分の苦しさを「弱さ」だと思っていた。


 でも最近は、それだけじゃない気がしている。


 ずっと無理をして。

 ずっと我慢して。

 ずっと“普通”を演じ続けてきた。


 その痛みには、ちゃんと理由があったのかもしれない。


 スマートフォンがもう一度震える。


 灯からだった。


『今日も生きててえらい』


 凛は少し笑った。


 その言葉は、どこか不器用で、少しだけ救いみたいだった。


 凛は画面を胸に抱えながら、小さく息を吐く。


 苦しさは、まだ消えない。


 でも。


 “わかってくれる人がいる”というだけで、世界は少しだけ静かになる気がしていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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