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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第20ページ  休むことが怖かった


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。


 次の日の朝、凛は起き上がれなかった。


 目は覚めている。


 意識もある。


 でも身体が動かない。


 まるで全身に重い砂が詰まっているみたいだった。


 窓の外では蝉が鳴いている。


 夏の朝独特の、じっとりした空気。


 スマートフォンを見ると、午前八時を過ぎていた。


 本来なら、もう大学へ向かう準備をしている時間だった。


 凛はぼんやり天井を見つめる。


 行かなきゃ。


 その言葉だけが頭に浮かぶ。


 でも同時に、昨日真白に言われた言葉も思い出していた。


 ――壊れるまで耐えるくらいなら、逃げた方がいい時もある。


 凛は目を閉じた。


 逃げる。


 休む。


 その選択を、自分は本当にしていいのだろうか。


 スマートフォンが震える。


 大学のグループチャットだった。


『今日の課題やばくない?』


『わかる笑』


『一限眠すぎる』


 そんなやり取りを見ているだけで、胸が苦しくなる。


 みんな普通に大学へ行っている。


 疲れていても。


 眠くても。


 ちゃんと日常をこなしている。


 それなのに自分は、ベッドから出ることすらできない。


 凛はスマートフォンを伏せた。


 涙が出そうになる。


 どうしてこんなに弱いんだろう。


 その時、不意に真白の言葉が浮かぶ。


 ――“弱い”んじゃなくて、“限界だった”のかもしれない。


 凛はゆっくり息を吐いた。


 限界。


 その言葉を認めるのは怖かった。


 でも本当は、ずっと限界だった。


 周囲に合わせ続けて。

 空気を読んで。

 嫌われないようにして。

 “普通”を演じ続けて。


 その積み重ねが、少しずつ凛を削っていた。


 凛は震える手で大学の欠席連絡フォームを開いた。


 理由欄。


『体調不良』


 短いその文字を打つだけなのに、心臓が苦しくなる。


 送信ボタンを押す指が震えた。


 本当に休むの?


 逃げるの?


 頭の中で、いくつもの声が響く。


 甘えるな。

 みんな頑張ってる。

 その程度で休むなんて駄目だ。


 でももう、動けなかった。


 凛は目を閉じ、震える指で送信ボタンを押した。


 送信完了。


 その瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。


 でも同時に、強烈な罪悪感が押し寄せる。


 休んでしまった。


 また“ちゃんとできなかった”。


 凛は布団の中で顔を覆った。


 しばらくして、スマートフォンが震えた。


 七海だった。


『凛ちゃん今日いない!?』


 凛は画面を見つめる。


 どう返せばいいかわからない。


 少し迷ってから、


『ごめん、休んだ』


 と送る。


 既読がつく。


 数秒後。


『大丈夫!?』


 その文字を見た瞬間、凛は少し泣きそうになった。


 七海は責めない。


 でもそれが逆に苦しかった。


 期待を裏切っている気がするから。


『最近ちょっとしんどくて』


 凛はゆっくり打ち込む。


 その言葉を送るだけで、胸がざわつく。


 “しんどい”と言ってしまった。


 弱音を吐いてしまった。


 でも七海はすぐに返した。


『そっか』


『ちゃんと休みな』


 凛は目を見開く。


 ちゃんと休みな。


 その言葉が、思っていたよりずっと優しく胸に落ちた。


『私も去年、一回大学行けなくなった時あった』


 続けて送られてきたメッセージに、凛は息を止める。


『え?』


『なんか急に無理になって』


『教室入るだけでしんどくてさ』


 凛はスマートフォンを握る手に力を込めた。


 七海が。


 いつも明るくて、人付き合いもうまくて、どこにいても馴染めるように見える七海が。


『でも親には言えなかった』


『サボりって思われそうで』


 その文字を見た瞬間、凛の胸が強く痛んだ。


 同じだった。


 七海も、苦しさを隠していた。


 笑っている人が、苦しくないわけじゃない。


 凛は最近、そのことを少しずつ知り始めていた。


『凛ちゃん真面目だから、限界まで頑張っちゃうタイプでしょ』


 その言葉に、凛は静かに目を伏せる。


『……うん』


『だから休める時休みな』


 凛の目から、静かに涙が零れた。


 今まで、「頑張れ」はたくさん言われてきた。


 でも、「休め」はほとんど言われたことがなかった。


 午後になっても、凛はベッドから出られなかった。


 でも不思議と、以前ほど自分を責めてはいなかった。


 苦しい。

 疲れている。

 限界だった。


 そのことを、少しずつ認め始めていた。


 夕方。


 凛は少しだけ外へ出た。


 近くのコンビニまで歩くだけなのに、妙に緊張する。


 休んでいる自分が、世界から浮いている気がする。


 みんな働いている時間。

 みんな動いている時間。


 その中で、自分だけ止まっている。


 でも、止まらなければ壊れていたのかもしれない。


 コンビニで飲み物を買い、帰り道を歩く。


 空は少し赤く染まり始めていた。


 その時、スマートフォンが震える。


 真白だった。


『今日はちゃんと休めた?』


 凛は少し考えてから返信する。


『罪悪感すごい』


 すぐに返事が来た。


『そりゃそうだ』


 その返しに、凛は少し笑ってしまう。


『でも、休めたならそれで十分』


 凛は立ち止まり、画面を見つめた。


 十分。


 今までの自分は、何かが“できたか”でしか自分を測れなかった。


 学校へ行けた。

 働けた。

 笑えた。


 そういうことでしか、自分の価値を確認できなかった。


 でも真白は、“休めたこと”を肯定する。


 それが凛にはまだ少し不思議だった。


 夜。


 凛は久しぶりに少しだけ長く眠れそうな気がしていた。


 ベッドへ横になり、ぼんやり天井を見つめる。


 今日、自分は休んだ。


 ちゃんとできなかった。


 でも。


 世界は終わらなかった。


 七海は責めなかった。

 真白も責めなかった。

 灯もきっと、「生きてるだけでいい日あるよ」と笑うだろう。


 凛はゆっくり目を閉じる。


 休むことは、怖い。


 取り残される気がするから。


 でも本当は。


 壊れたまま走り続ける方が、ずっと怖かったのかもしれない。


 蝉の声が、遠くで小さく響いていた。


 凛はその音を聞きながら、静かに呼吸をした。


 “ちゃんとできない自分”を、少しずつ許すみたいに。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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