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生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


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第15ページ 普通になりたかっただけ


「どうして私は、みんなみたいに生きられないんだろう」


誰かの何気ない一言で深く傷ついてしまう。

人の感情ばかり気にして、自分の気持ちがわからなくなる。

ちゃんと笑っているのに、なぜか苦しい。


そんな“生きづらさ”を、

「甘え」や「弱さ」だと思い込んでしまう人がいる。


この物語は、

“普通”になれなかった人たちの物語です。


誰にも言えない孤独。

理解されない苦しさ。

消えたいわけじゃないのに、

この世界にうまく馴染めない感覚。


主人公・朝比奈凛は、

そんな痛みを抱えながら生きています。


けれど、

生きづらさには、理由があります。


そして、

名前のつかない痛みにも、

いつか誰かが寄り添ってくれる日が来るかもしれません。


この物語が、

今苦しんでいる誰かの心に、

小さな灯りとして残りますように。



 八月に入ると、大学は夏休みに入った。


 けれど凛の日常は、あまり変わらなかった。


 アルバイト。


 時々、七海と会う。


 『cafe 月灯り』へ行く。


 灯と夜にメッセージを交わす。


 その繰り返し。


 夏休みになったからといって、心が軽くなるわけではなかった。


 むしろ、時間が増えた分だけ、自分のことを考えてしまう。


 どうしてこんなに生きるのが苦しいのか。


 どうして自分だけ、普通にできないのか。


 夜になると、その問いが静かに凛を追い詰めた。


 その日、凛はバイト帰りに『cafe 月灯り』へ寄った。


 閉店まであと一時間ほど。


 店内には客が一人しかいなかった。


「いらっしゃい」


 真白が静かに笑う。


「こんばんは」


 凛はカウンター席へ座った。


 最近は窓際より、カウンターに座ることが増えていた。


 真白の近くの方が、少し安心するから。


「今日も疲れてる顔」


「そんなにわかりやすい?」


「うん」


 真白はコーヒーを淹れながら答える。


 凛は苦笑した。


 昔はもっと隠せていた気がする。


 でも最近は、真白の前では取り繕えなくなっていた。


「……今日、お客さんに怒られた」


 凛はぽつりと言う。


「ミスしたわけじゃないんだけど、ちょっと動き遅くて」


 真白は静かに聞いている。


「“使えないなら辞めれば?”って言われて」


 その瞬間を思い出し、胸が重くなる。


 たった一言なのに、ずっと頭から離れなかった。


「……結構きついね」


「うん」


 凛はカップを見つめる。


「なんか、その通りだなって思っちゃって」


 真白は少し眉を寄せた。


「どうして?」


「だって、みんな普通にできてるから」


 凛の声は小さかった。


「私だけ、こんなに疲れるし、ちゃんと動けないし……」


 真白は少し黙った。


 それから静かに言う。


「凛ちゃん、“普通”を基準にしすぎてる」


 凛は俯いた。


 わかっている。


 でも、やめられない。


「……普通になれたら」


 気づけば言葉が零れていた。


「もっと楽に生きれたのかな」


 真白の手が少し止まる。


 店内には静かな音楽だけが流れていた。


「俺ね」


 真白がぽつりと言う。


「昔、“普通になりたい”って思いすぎて、自分壊した」


 凛は顔を上げた。


 真白は窓の外を見ながら続ける。


「ちゃんと働ける人になりたかったし、空気読める人になりたかったし、人並みに頑張れる人になりたかった」


 その声は穏やかだった。


 でも、その奥にある苦しみを凛は感じる。


「でも、無理だった」


 真白は苦笑した。


「頑張れば頑張るほど、自分が削れていった」


 凛は何も言えなかった。


 その感覚がわかってしまう。


 普通になろうとするほど、自分が消えていく。


「……じゃあ、どうしたらいいの」


 凛は掠れた声で聞いた。


「普通になれないまま、生きるの?」


 真白は少しだけ笑う。


「多分、そう」


 その答えはあまりにも静かだった。


「でも、“普通じゃない=駄目”じゃない」


 凛は視線を落とした。


 そんなふうに、まだ思えない。


 普通じゃない自分は、ずっと欠陥品みたいだった。


「……怖い」


 凛は小さく呟く。


「普通じゃないまま生きるの」


 真白は頷いた。


「うん。怖いよ」


「……」


「だって、社会って結構“普通”を求めるから」


 その言葉は現実的だった。


 綺麗事じゃない。


 だからこそ、凛は少し救われる。


 真白は「大丈夫」と簡単には言わない。


 苦しいことを、ちゃんと苦しいと言う。


「でも」


 真白は静かに続けた。


「“普通になれない自分”を殺し続ける方が、もっと苦しい」


 凛の胸が強く揺れる。


 殺す。


 その言葉が、妙にしっくりきてしまった。


 凛はずっと、自分を消そうとしていた。


 敏感なところ。


 疲れやすいところ。


 人を気にしすぎるところ。


 全部、駄目な部分だと思っていたから。


「……私」


 凛はぽつりと言う。


「昔から、“普通になれば愛される”って思ってた」


 真白は静かに聞いていた。


「ちゃんとしてれば、迷惑かけなければ、嫌われないって」


 凛は苦笑する。


「だからずっと、頑張ってた」


 でも本当は苦しかった。


 無理して笑うたび、少しずつ自分がわからなくなった。


 真白は少しだけ目を伏せた。


「凛ちゃん、ずっと一人で頑張ってきたんだね」


 その言葉に、凛の喉が熱くなる。


 一人。


 確かにそうだった。


 苦しくても、「苦しい」と言えなかった。


 助けてほしくても、我慢していた。


 誰にも迷惑をかけたくなかったから。


「……でも」


 凛は小さく笑う。


「最近、前より怖い」


「何が?」


「人と離れるの」


 真白は少し驚いたように目を細めた。


 凛はカップを両手で包み込む。


「前は最初から期待しないようにしてた」


 傷つきたくないから。


 嫌われたくないから。


 深く関わらないようにしていた。


「でも今は……」


 灯のことが浮かぶ。


 七海のことが浮かぶ。


 そして真白のことも。


「いてほしいって思う人ができたから」


 その言葉を口にした瞬間、凛は少し後悔した。


 重かったかもしれない。


 でも真白は、静かに笑った。


「それって、多分いいことだよ」


「……そうかな」


「うん」


 真白は穏やかな声で言う。


「誰かに“いてほしい”って思えるのって、ちゃんと生きようとしてる証拠だから」


 凛は何も言えなかった。


 ちゃんと生きようとしてる。


 そんなふうに考えたことはなかった。


 ただ必死だっただけだから。


 でも最近。


 消えたいだけじゃなくなっていた。


 苦しい。


 怖い。


 それでも。


 真白に会いたいと思う。


 灯に生きていてほしいと思う。


 七海と笑っていたいと思う。


 その感情が、自分をこの世界に繋ぎ止めていた。


 閉店時間が近づき、店内の灯りが少し落とされる。


 窓の外には夏の夜が広がっていた。


 真白がグラスを片付けながら、ふと小さく言う。


「凛ちゃん」


「……?」


「普通になりたかっただけなんだよね、多分」


 その言葉を聞いた瞬間、凛の目に涙が滲んだ。


 そうだった。


 ただ普通になりたかった。


 みんなみたいに笑いたかった。


 苦しくないふりじゃなく、本当に自然に生きたかった。


 それだけだった。


 でも、それができなかった。


 だからずっと、自分を責めてきた。


 凛は涙を拭いながら、小さく笑う。


「……なんか、悔しいね」


 真白は少しだけ笑った。


「うん。悔しいよ」


 その答えがあまりにも優しくて、凛はまた泣きそうになった。


 理解されることは、時々苦しい。


 でも同時に、こんなにも救いになるのだと、凛は少しずつ知り始めていた。



『生きづらさに、名前をつけるなら』を読んでくださり、本当にありがとうございました。


この作品は、

「普通に生きること」が苦しい人たちへ向けて書いた物語です。


世の中には、

頑張っても周囲に馴染めなかったり、

人より敏感に傷ついてしまったり、

誰かの期待に応えようとして、

自分を見失ってしまう人がいます。


けれど、

それは決して“弱さ”ではありません。


誰にも見えない場所で、

必死に息をして、

壊れそうになりながら今日を生きている。


それだけで、本当は十分すごいことなのだと思います。


凛が少しずつ、

自分の痛みに向き合い、

「普通」ではなく「自分」として生きようとしたように、

この物語が、

誰かが自分を否定しすぎないためのきっかけになれたなら嬉しいです。


あなたの苦しさには、

ちゃんと理由があります。


そして、

その痛みを抱えたままでも、

人は誰かと出会い、

少しずつ生きていけるのだと、

この作品を通して伝えられていたら幸いです。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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