表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
124/150

第124ページ  怖い章を、七海に渡す

凛は、未来に小さな予定を置いた。

来週の水曜日、三十分だけWord入門を見る。

できなかったら移動してもいい。

それは、凛が未来の自分へ送った優しい約束だった。


今回は、その小さな予定を胸に、凛が「働くことが怖い章」をさらに整え、初めて七海へ読んでもらう決意をするページです。

怖い章だからこそ、信頼できる人に渡したい。

そう思いながら、凛はまた一つ、自分の言葉を誰かへ差し出します。

朝、凛はカレンダーアプリを開いた。


 来週の水曜日。


 そこに、小さな予定が入っている。


『Word入門を一つ見る。できなかったら移動OK』


 何度見ても、少しだけ胸がくすぐったくなる。


 たった三十分の予定。


 誰かから見れば、予定と呼ぶほどでもないことかもしれない。


 でも凛にとっては、確かに未来へ置いた小さな橋だった。


 就活の予定ではない。


 面接でもない。


 人生を決めるための予定でもない。


 ただ、Wordで文章を整える方法を少し学ぶだけ。


 それでも、今の凛と未来の凛を繋ぐものだった。


 凛は青いノートを開く。


 昨日の最後に書いた言葉が目に入る。


『私は来週の自分に会う約束をした。

三十分だけ。

できなかったら移動していい。

それでも、未来に小さな橋をかけられた。

怖いけど、少し嬉しい。』


 凛はその文章を指でなぞった。


 怖いけど、少し嬉しい。


 最近の凛は、この二つを同時に持つことが増えた。


 作品を灯へ渡した時もそうだった。


 母の言葉を受け取った時もそうだった。


 仕事候補を調べた時もそうだった。


 怖い。


 でも、少し嬉しい。


 怖い。


 でも、少し進みたい。


 その矛盾を、以前の凛はすぐに否定していた。


 怖いならやめよう。


 不安なら向いていない。


 苦しいなら自分には無理。


 そうやって、怖さの方だけを信じていた。


 でも今は、怖さの隣にある小さな興味や嬉しさも、少しだけ信じてみたいと思っている。


 凛はパソコンを開いた。


 作品ファイル。


『生きづらさに、名前をつけるなら』


 その中の章、『働くことが怖かった』を開く。


 昨日書いた文章が、画面に並んでいる。


『働くことが怖いと言うと、怠けたいだけだと思われる気がしていた。

みんな働いているのに。

みんな疲れているのに。

自分だけ怖いなんて言ってはいけない気がしていた。

けれど、本当は働きたくないのではなかった。

壊れる働き方が怖かった。』


 凛はその冒頭を読み返した。


 悪くない気がする。


 でも、もう少し整えたい。


 この章は、凛にとってとても大事な章だった。


 働くことへの怖さは、長い間、凛を縛ってきた。


 就活という言葉を聞くだけで、胸が詰まった。


 周りが当たり前みたいに企業説明会へ行き、エントリーシートを書き、面接の話をしている中で、凛だけが入口に立てていない気がしていた。


 その遅れを、凛はずっと自分の弱さだと思っていた。


 でも最近、少しずつ見方が変わってきた。


 怖い理由がある。


 壊れやすい条件がある。


 安心しやすい環境もある。


 自分を責めるだけではなく、壊れないための地図を作ることができる。


 それを、この章でちゃんと書きたい。


 凛は冒頭の下に、新しい一文を加えた。


『私は長い間、「働くことが怖い」と言うたびに、自分を責めていた。

怖いのは私が甘えているからだと思っていた。

でも本当は、私は働くことそのものより、“働くことで自分を失うこと”を怖がっていたのだと思う。』


 打ち終えて、凛は少しだけ息を吐いた。


 働くことで自分を失うこと。


 それは、とても近い言葉だった。


 凛は仕事がしたくないわけではない。


 誰かの役に立つことが嫌なわけでもない。


 自分で生活していきたい気持ちもある。


 でも、自分を消して、普通のふりをして、苦しさを飲み込んだまま働き続ける未来が怖かった。


 凛は続けて打つ。


『私は、人の顔色を読むことが癖になっている。

声の調子、表情、沈黙、ため息。

そういう小さなものを拾いすぎて、すぐに自分が悪いのではないかと思ってしまう。

だから職場という場所を想像すると、私はまだ見ぬ誰かの機嫌まで怖くなる。

ミスをした時、怒られることだけが怖いのではない。

その瞬間に、自分の存在ごと否定されたように感じてしまうことが怖い。』


 書きながら、胸が少し重くなった。


 でも、この重さは必要なものだった。


 働くことが怖い。


 その言葉の奥には、こういう具体的な痛みがある。


 そこまで書かなければ、凛自身も自分の怖さを理解できない。


 凛は青いノートを開き、少しだけ休んだ。


 ノートに短く書く。


『書いていて苦しい。

でも、これは私の弱さを並べているんじゃない。

私が壊れないために、怖さの形を見ている。』


 その一文で、少し落ち着いた。


 凛は再びパソコンへ戻る。


『けれど、怖さを具体的にしていくと、少しだけ見えてきた。

私には壊れやすい条件がある。

それは欠陥ではなく、情報なのかもしれない。

音が多すぎる場所。

急かされ続ける場所。

感情を押し殺すことが当たり前になっている場所。

休むことに罪悪感を植えつける場所。

そういう環境では、私は自分を失いやすい。』


 凛はさらに続けた。


『一方で、少し呼吸しやすい環境もある。

静かに考える時間がある場所。

言葉を丁寧に扱える場所。

一人で集中できる作業がある場所。

失敗した時に、人格ではなく作業を見直せる場所。

そういう場所なら、私は少しだけ力を使えるかもしれない。』


 そこまで打って、凛は手を止めた。


 この章を、七海に読んでもらいたい。


 ふいに、そう思った。


 灯には、夜に崩れそうな人へ向けた文章を読んでもらった。


 真白には、手紙や冒頭の言葉を見せた。


 でも、この「働くことが怖い章」は、七海に最初に読んでほしい気がした。


 七海はいつも、凛の重い未来を少し軽くしてくれる。


 「一段落書けたら勝ち」


 「検索の洞窟」


 「宝箱」


 そうやって、凛が怖がっているものを小さくしてくれる。


 でも、それだけではない。


 七海は凛の怖さを、茶化すだけで終わらせない。


 怖いね、とちゃんと言ってくれる。


 その上で、隣にいてくれる。


 だからこの章は、七海に読んでもらいたかった。


 けれど、思った瞬間に怖くなる。


 働くことが怖い。


 それを人に見せるのは恥ずかしい。


 七海なら否定しないとわかっている。


 それでも、自分の社会への怖さを、具体的な言葉にしたものを読まれるのは怖い。


 甘えだと思われないだろうか。


 考えすぎだと思われないだろうか。


 凛は青いノートへ書いた。


『七海ちゃんに、この章を読んでもらいたい。

でも怖い。

働くことが怖いと書いた文章を見せるのは、自分の弱さを差し出すみたいで怖い。

でも、七海ちゃんには最初に読んでほしい気がする。』


 書いていると、スマートフォンが震えた。


 まるで呼ばれたみたいに、七海からだった。


『今日、何の章?』


 凛は少し笑ってしまった。


『働くことが怖い章』


『おお、強敵再び』


『少し整えてる』


 凛はそこで指を止めた。


 読んでもらいたい。


 怖い。


 でも、送りたい。


 凛は深呼吸した。


 七海に言われたことを思い出す。


 怖いって一緒に送ればいい。


 凛は文字を打った。


『まだ途中だけど』


『七海ちゃんに少し読んでもらいたいかも』


『怖いけど』


 送信。


 すぐに既読がついた。


『読む』


『怖いなら、怖いまま送って』


 その返事に、凛の胸が熱くなった。


 怖いなら、怖いまま送って。


 七海らしい。


 凛はパソコンの文章をコピーする。


 長すぎないように、冒頭から少しだけ。


 働くことが怖いと自分を責めていたこと。


 働くことで自分を失うのが怖いこと。


 壊れやすい条件と、呼吸しやすい環境のこと。


 それを七海へ送った。


『この部分です』


 送信した瞬間、心臓が大きく鳴る。


 灯へ送った時とも、真白へ見せた時とも違う怖さがある。


 七海は、大学で一番近い友人だ。


 日常の凛を知っている。


 講義で隣に座り、学食で話し、休むことを一緒に選んだ人。


 その七海に、働くことへの恐怖を見せる。


 それは、日常の自分の弱さを差し出すような感覚だった。


 凛はスマートフォンを伏せた。


 すぐには読めない。


 心臓がうるさい。


 けれど、以前のように逃げ出したいだけではなかった。


 送れた。


 怖いまま、送れた。


 それだけで、今日の凛は少し進んだ。


 大学へ向かう支度をしながら、返信を待った。


 既読はついた。


 でも返事はなかなか来ない。


 きっと読んでくれている。


 そう思うと、胸がさらにざわつく。


 文字を追う七海の顔を想像する。


 どう思っているだろう。


 重いと思っているだろうか。


 それとも、凛らしいと思っているだろうか。


 電車に乗ってしばらくしてから、スマートフォンが震えた。


 七海からだった。


 凛は一瞬ためらい、それから画面を開いた。


『読んだ』


 短い一文。


 そのあとに、少し長い感想が続いていた。


『凛ちゃん、これ、めちゃくちゃ大事な章だと思う』


『働くことが怖いって言うと、ただ働きたくないみたいに思われるのが怖いってところ、すごくわかる』


『でもこの文章読むと、凛ちゃんが怖いのは仕事そのものじゃなくて、自分を失うことなんだって伝わる』


『あと、壊れやすい条件は欠陥じゃなくて情報、ってところすごくいい』


『これ、私も読んでて助かった』


 凛は画面を見つめたまま、動けなくなった。


 私も読んでて助かった。


 七海が、そう言った。


 七海はいつも明るい。


 軽い言葉で、凛の重さを少し軽くしてくれる。


 でも、その七海にも、働くことや未来への怖さがあるのかもしれない。


 凛は急いで返信した。


『助かった?』


 すぐに返事が来る。


『うん』


『私も就活とか将来とか、平気なふりしてるだけで普通に怖いし』


『でも私の場合、怖いって言うとキャラじゃない気がして言いにくい』


 凛は息を止めた。


 七海にも、言いにくい怖さがある。


 明るい七海。


 軽く笑う七海。


 いつも凛を支えてくれる七海。


 その七海も、平気なふりをしていることがある。


 凛は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。


 作品を渡すと、相手の知らなかった部分が返ってくることがある。


 灯に送った時もそうだった。


 そして今、七海も少しだけ自分の怖さを見せてくれた。


 凛は返信した。


『七海ちゃんも怖いんだね』


『怖いよ』


『でも凛ちゃんほど言葉にできてなかったかも』


『だからこの章、私にも必要だった』


 凛の目に涙が滲んだ。


 自分の怖さを書いた文章が、七海にも必要だった。


 それは、凛にとって大きなことだった。


 自分の弱さを差し出すようで怖かった文章が、誰かの隠していた怖さに触れた。


 凛はスマートフォンを胸へ抱えた。


 電車の中なので、泣くのをこらえた。


 でも、胸の奥はとても温かかった。


 大学に着くと、七海がいつもの場所で待っていた。


 凛を見ると、少し照れくさそうに笑った。


「読んだよ」


「うん」


「よかった」


 七海の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。


「本当に?」


「うん」


 二人は並んで歩き出した。


 今日は七海が少し静かだった。


 凛も、無理に話さなかった。


 教室へ向かう途中、七海がぽつりと言った。


「私さ、凛ちゃんにいつも偉そうに言ってるじゃん」


「偉そう?」


「一段落書けたら勝ち、とか、検索の洞窟とか」


「偉そうじゃないよ。助かってる」


「でも、私も普通に怖いんだよね」


 凛は七海を見る。


 七海は前を向いたまま続けた。


「就活も、働くのも、自分がちゃんと社会人になれるのかも怖い」


「うん」


「でも私、怖いって言うより先に笑っちゃうから」


 その言葉に、凛の胸が少し痛んだ。


 七海にも、七海の大丈夫なふりがある。


 凛は大丈夫と言って隠す。


 七海は笑って軽くする。


 形は違うけれど、どちらも自分を守るための方法なのかもしれない。


「七海ちゃんの笑うのも、守るため?」


 凛が聞くと、七海は少し黙った。


 そして、小さく頷いた。


「たぶんね」


 凛は静かに言った。


「そっか」


 それ以上、深く聞かなかった。


 七海が話したくなった時に話せばいい。


 凛がそうしてもらっているように。


 昼休み、二人は学食の端の席に座った。


 七海はいつも通りカレーを食べていたが、少しだけ口数が少なかった。


 凛はうどんを食べながら、朝送った章のことを考えていた。


 働くことが怖い。


 その言葉は、凛だけのものではないのかもしれない。


 みんな平気な顔をしている。


 説明会へ行く。


 面接の話をする。


 内定の話をする。


 でも、それぞれの中に怖さがあるのかもしれない。


 ただ言えないだけで。


 言える形がないだけで。


 凛の文章は、その怖さへ少しだけ名前を渡せるのかもしれない。


 七海が食後に小さく言った。


「凛ちゃんの章さ」


「うん」


「働くのが怖い人、結構読むと思う」


「そうかな」


「うん。特に、怖いのに怖いって言えない人」


 凛はその言葉を胸にしまった。


 怖いのに、怖いって言えない人。


 それはまさに、凛が届けたい読者の一人だった。


 夜に崩れそうな人だけではない。


 未来の前で立ちすくんでいる人。


 働くことが怖いのに、それを甘えだと思って責めている人。


 その人にも届く章にしたい。


 講義後、凛は図書館へ寄った。


 七海の感想を、作品へ反映したかった。


 パソコンを開き、『働くことが怖かった』の章へ新しい段落を加える。


『働くことが怖い人は、私だけではないのかもしれない。

みんな平気な顔をして、説明会へ行き、面接の話をし、未来へ進んでいるように見える。

でも、その中にも怖さを抱えている人がいる。

怖いのに、怖いと言えない人がいる。

笑って軽くしている人もいれば、大丈夫と言って飲み込む人もいる。

怖さの隠し方が違うだけで、私たちはそれぞれ未来の前で震えているのかもしれない。』


 打ちながら、七海の顔が浮かんだ。


 笑って軽くする七海。


 でもその奥に、未来への怖さがある七海。


 凛は続けて打つ。


『だから私は、この章を書きたい。

働くことが怖いと言うために。

それは怠けではなく、甘えだけでもなく、自分を失う未来への恐れかもしれないと伝えるために。

そして、怖さを責める前に、その形を見てもいいのだと書くために。』


 書き終えた時、凛は深く息を吐いた。


 七海に読んでもらったことで、この章が少し広がった気がした。


 凛だけの怖さから、誰かの怖さへ。


 それでも、凛の言葉で書く。


 凛の痛みから始まり、誰かへ届いていく。


 その流れが、作品の中に生まれ始めていた。


 夕方、凛は『cafe 月灯り』へ向かった。


 真白は店の奥で、棚の整理をしていた。


 凛が入ると、いつものように微笑む。


「いらっしゃい」


「こんばんは」


「今日は、誰かに読んでもらった顔」


 凛は目を丸くした。


「もう怖いくらい当たりますね」


「当たり?」


「七海ちゃんに、働くことの章を読んでもらいました」


 真白は嬉しそうに頷いた。


「どうだった?」


 凛はカウンター席に座り、今日のことを話した。


 七海が「私も読んでて助かった」と言ってくれたこと。


 七海も就活や未来が怖いと話してくれたこと。


 笑って軽くするのも、守るためかもしれないと感じたこと。


 真白は静かに聞いていた。


 そして言った。


「作品を渡すことで、相手の本音が少し返ってきたんだね」


 凛は頷いた。


「はい」


「それは、すごく大事なことだと思う」


「大事?」


「うん」


 真白はココアを凛の前へ置いた。


「凛ちゃんが自分の怖さを言葉にしたから、七海ちゃんも自分の怖さを少し言葉にできた」


 凛の胸が温かくなる。


「言葉って、そういうことがあるんだと思う」


「そういうこと?」


「自分の中にあったものを差し出すと、相手の中にあったものも少し動く」


 凛はココアの湯気を見つめた。


 灯に作品を渡した時も、そうだった。


 七海に章を読んでもらった時も、そうだった。


 凛が言葉を差し出すと、相手が自分の中の言葉を少し返してくれる。


 それは怖いけれど、とても温かいことだった。


「私、書くことって、自分の中のものを外へ出すことだと思ってました」


 凛は言った。


「うん」


「でも、外へ出した言葉が、誰かの中の言葉を連れて戻ってくることもあるんですね」


 真白は静かに笑った。


「うん。あると思う」


 凛はその言葉を青いノートへ書き留めた。


『私が言葉を差し出すと、誰かの中の言葉が少し動くことがある。

言葉は、渡して終わりではなく、戻ってくることもある。』


 夜、家へ帰った凛は、パソコンを開いた。


 今日の出来事を作品に書き足す。


『この章を友人に読んでもらった時、彼女は「私も読んでいて助かった」と言った。

私は驚いた。

働くことが怖いのは、自分だけだと思っていたから。

でも彼女もまた、未来を怖がっていた。

ただ、彼女はそれを笑って軽くする人だった。

私は大丈夫と言って隠し、彼女は笑って隠す。

怖さの隠し方が違うだけで、私たちは少し似た場所に立っていたのかもしれない。』


 凛は続ける。


『自分の怖さを言葉にすることは、恥ずかしい。

弱さを差し出すようで怖い。

でも、その言葉が誰かの中にある言葉を動かすことがある。

私の怖さが、誰かの怖さへ名前を渡すことがある。

そのことを知った時、この章を書く意味が少しだけ増えた。』


 打ち終えると、凛の胸は静かに温かかった。


 七海に読んでもらってよかった。


 怖かった。


 でも、渡してよかった。


 青いノートを開き、最後に書く。


『怖い章を、七海ちゃんに渡せた。

弱さを見せるみたいで怖かった。

でも、その章は七海ちゃんの怖さにも触れた。

私の言葉が、誰かの言葉を連れて戻ってきた。』


 書き終えると、凛はペンを置いた。


 窓の外では、冬の夜が静かに広がっている。


 作品は少しずつ、凛一人のものではなくなり始めていた。


 灯へ届き、七海へ届き、真白に支えられながら、少しずつ呼吸を持ち始めている。


 それでも、凛は忘れないようにしたいと思った。


 この作品は、誰かの反応のためだけに書くものではない。


 自分を置き去りにしないために書くもの。


 その言葉を中心に置いたまま、誰かへも届いていくもの。


 凛はパソコンを保存し、静かに閉じた。


 今日、また一つ、大事な章が少し進んだ。


 未来はまだ怖い。


 でも、怖いと書いた言葉が、誰かに届くこともある。


 そのことが、今夜の凛を少しだけ支えていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、凛が「働くことが怖い章」を七海へ読んでもらうページでした。


働くことが怖い。

でも、それは怠けたいからではなく、自分を失う働き方が怖いから。

凛はその感覚を文章にし、怖いまま七海へ渡しました。


すると七海もまた、自分の中にある未来への怖さを少しだけ話してくれます。

凛は大丈夫と言って隠し、七海は笑って軽くする。

形は違っても、二人はそれぞれ未来の前で震えていました。


自分の怖さを言葉にすると、誰かの怖さにも名前を渡せることがある。

凛は今回、そのことを初めて実感します。


次のページでは、七海の感想を受けて、凛が「作品は自分だけのものではなくなっていく」という喜びと怖さに向き合っていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ