表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生きずらさに、名前をつけるなら  作者: あーちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
123/150

第123ページ  小さな予定を、未来に置く

凛は、未来の候補を初めて具体的に調べた。

校正補助、編集アシスタント、Webサイト更新。

どれも怖い。

でも、少しだけ気になる。


その「怖い」と「気になる」が一緒にある場所を、凛は未来への小さな入口だと思い始める。


今回は、持ち帰った資料を読みながら、凛が初めて「学んでみたいこと」を選び、自分の未来に小さな予定を置いていくページです。

朝、凛は机の上に置いた一枚の資料を見つめていた。


 昨日、キャリアセンターの前で一度通り過ぎて、それでも戻って手に取った紙。


『未経験から始める事務・編集補助系の仕事』


 たった一枚の資料なのに、凛にはそれがとても重く見えた。


 紙そのものは軽い。


 薄くて、少し折れ曲がっていて、バッグの中で端が丸まっている。


 でもそこには、昨日までの凛が見ようとしなかった未来が少しだけ印刷されていた。


 仕事内容。


 必要なスキル。


 向いている人。


 身につけておくとよいこと。


 凛はその文字を眺めながら、胸の奥が少しざわつくのを感じた。


 怖い。


 まだ怖い。


 仕事の候補を調べたからといって、急に未来が明るくなるわけではなかった。


 就活の画面を見ると、今でも息が浅くなる。


 応募条件という文字を見るだけで、自分には何も足りない気がする。


 でも、昨日とは少し違っていた。


 怖いだけではない。


 少しだけ、気になる。


 その気持ちが、凛の中に残っていた。


 凛は青いノートを開いた。


 まず今日の自分を確認する。


『資料を読むのが怖い。

でも、少し知りたい。

仕事を決めるためじゃなくて、未来の入口を少し見るために読む。

今日、全部理解しなくていい。

ひとつだけ、学んでみたいことを見つけられたらいい。』


 書き終えると、少しだけ肩の力が抜けた。


 全部理解しなくていい。


 全部決めなくていい。


 今日の目標は、ひとつだけ。


 学んでみたいことを見つける。


 それなら、できるかもしれない。


 凛は資料を開いた。


 最初に目に入ったのは、「基本的なPC操作」という言葉だった。


 Word、Excel、メール、簡単な資料作成。


 凛はその文字を見ただけで、少し胸が重くなった。


 パソコンは使える。


 文章を書くことはできる。


 でも、仕事として使えるほどではない気がする。


 Excelと聞くと、急に難しい表や関数が浮かぶ。


 メールと聞くと、相手に失礼がないように何度も文章を見直して疲れてしまう自分が浮かぶ。


 資料作成と聞くと、正解がわからず、何度も直される未来を想像してしまう。


 凛はペンを持ち、青いノートへ書いた。


『基本的なPC操作。

怖い。

でも、全部を一度にできるようになる必要はないのかもしれない。

まずは、Wordで文章を整えること。

次に、Excelで簡単な表を作ること。

メール文の型を知ること。

分ければ、少し小さくなる。』


 分ければ、少し小さくなる。


 その一文を書いた時、凛は少しだけ息がしやすくなった。


 怖いものは、まとめて見ると巨大になる。


 就活。


 仕事。


 社会。


 PCスキル。


 そうやって一つの大きな塊にすると、凛はすぐ飲み込まれてしまう。


 でも分けると、少し違う。


 Word。


 Excel。


 メール。


 それぞれを、さらに小さく分ける。


 文字の大きさを整える。


 表を一つ作る。


 件名の書き方を知る。


 そのくらいなら、今日の凛にも少し近づけるかもしれない。


 凛は資料の次の項目を見た。


「文章を読むことに抵抗がない人」


 その言葉で、少しだけ胸が反応した。


 文章を読むこと。


 凛は読むのが嫌いではない。


 むしろ、言葉を読むことは昔から好きだった。


 誰かの文章の中に、自分の言えなかった気持ちを見つける瞬間があった。


 小説でも、エッセイでも、短い投稿でも。


 言葉の中に誰かの痛みや温度があると、凛はそこへ深く潜ってしまう。


 それは時々、疲れることでもあった。


 でも、仕事として文章を読むことに関われるなら、少しだけ興味があった。


 凛はノートへ書く。


『文章を読むことに抵抗がない人。

これは、少しだけ私に近いかもしれない。

ただ読むだけではなく、言葉の違和感や温度に気づくこと。

私は人の気持ちを拾いすぎて疲れるけれど、文章の中の小さな違和感なら、拾えることが役に立つかもしれない。』


 書きながら、凛の胸に小さな灯りがともった。


 自分の性質が、少しだけ別の見え方になる。


 拾いすぎるからしんどい。


 でも、拾えるから書ける。


 昨日、灯が言ってくれたこと。


 それが今日、仕事の候補と少し繋がった気がした。


 凛は資料の余白に、小さく丸をつけた。


 文章を読む仕事。


 文章を整える仕事。


 情報を整理する仕事。


 全部が自分に合うとは限らない。


 でも、少し気になる。


 その「少し」を、今日の凛は大事にしたかった。


 次に資料へ書かれていたのは、「学んでおくとよいこと」だった。


 基本的なパソコン操作。


 ビジネスメール。


 文章校正の基礎。


 Web更新の基礎。


 凛はその項目を一つずつ見つめた。


 どれも怖い。


 でも、どれも不可能には見えなかった。


 今すぐ完璧にはできない。


 でも、少し調べることはできるかもしれない。


 動画を一つ見る。


 入門記事を読む。


 図書館で本を借りる。


 大学のパソコン講座を探す。


 そういう小さな行動なら、凛にもできるかもしれない。


 凛は青いノートへ書いた。


『学んでみたいこと候補。

一、ビジネスメールの基本。

二、Wordで文章を整える方法。

三、Webサイト更新の基礎。

四、文章校正の基礎。』


 並べてみると、少しだけ心が整った。


 未来が、巨大な壁ではなく、いくつかの小さな階段に見える。


 どれを登るかは、今すぐ決めなくていい。


 全部登らなくてもいい。


 最初の一段だけ選べばいい。


 凛はしばらく考えた。


 今、一番怖すぎず、でも未来に少し繋がりそうなもの。


 ビジネスメールの基本。


 それなら、仕事だけではなく、就活でも使えるかもしれない。


 でも、メールは相手の反応を想像しすぎて疲れそうでもある。


 Wordで文章を整える方法。


 これは、今の作品づくりにも役立つかもしれない。


 Webサイト更新の基礎。


 気になるけれど、専門用語が怖い。


 文章校正の基礎。


 興味はあるけれど、最初から完璧を求めて自分を責めそうだ。


 凛はペンを握り、迷った末に書いた。


『最初に学ぶこと。

Wordで文章を整える方法。

理由。

作品にも使える。

仕事にも少し繋がる。

今の私の生活と未来の間に橋をかけられそう。』


 書いた瞬間、胸が少し温かくなった。


 今の生活と未来の間に橋をかける。


 それは、凛が欲しかったものかもしれない。


 未来のためだけの勉強は怖い。


 就活のため。


 仕事のため。


 社会に出るため。


 そう言われると、急に義務になる。


 でも、自分の作品を整えるためでもあるなら。


 今書いている『生きづらさに、名前をつけるなら』を、少し見やすくするためでもあるなら。


 それは未来だけでなく、今の自分にも繋がっている。


 凛はスマートフォンを開き、カレンダーアプリを立ち上げた。


 予定を入れる。


 それだけのことなのに、少し緊張する。


 予定を入れると、守れなかった時に自分を責める。


 だから凛は、未来に予定を置くのが苦手だった。


 でも最近、少しずつ覚え始めている。


 予定は自分を縛るためだけではない。


 自分を助ける目印にもなる。


 できなかったら終わりではない。


 ずらしてもいい。


 小さくしてもいい。


 凛は来週の水曜日の夕方に、予定を入れた。


『Word入門を一つ見る』


 時間は三十分。


 長くしすぎない。


 完璧に学ばない。


 動画を一つ見るだけ。


 それでいい。


 予定を登録した瞬間、凛の胸が静かに震えた。


 未来に、小さな予定を置いた。


 それは本当に小さなことだった。


 でも凛にとっては、とても大きかった。


 凛は青いノートへ書いた。


『来週の水曜日、Word入門を一つ見る。

三十分だけ。

できなかったら、責めずに別の日へ移す。

これは義務ではなく、未来への小さな橋。』


 書いたあと、凛は少しだけ泣きそうになった。


 未来への小さな橋。


 今まで未来は、遠くて黒い場所だった。


 でも今、その場所へ向けて、細い板を一枚渡したような気がした。


 頼りない。


 踏んだら折れるかもしれない。


 でも、そこにある。


 凛はパソコンを開き、作品の『働くことが怖かった』の章へ今日のことを書き足した。


『私は初めて、未来に小さな予定を置いた。

就活の予定ではない。

面接の予定でもない。

人生を決める予定でもない。

ただ、Wordの入門を一つ見るという予定。

三十分だけ。

できなかったら別の日へ移してもいい予定。

それでも私にとっては、未来へ小さな橋をかけるような出来事だった。』


 打ち終えた時、スマートフォンが震えた。


 七海からだった。


『今日、資料読めた?』


 凛は返信した。


『読めた』


『Word入門を来週見る予定を入れた』


 すぐに返事が来た。


『すご』


『未来に予定入れられたじゃん』


 凛はその言葉を見て、胸が温かくなった。


 未来に予定を入れられた。


 そう言われると、たった三十分の予定が、少し誇らしく思えた。


『でも、できなかったら責めそう』


『じゃあ予定名に「できなかったら移動OK」って書いとけば?』


 凛は思わず笑った。


 でも、それはいいかもしれない。


 凛はカレンダーを開き、予定名を編集した。


『Word入門を一つ見る。できなかったら移動OK』


 文字にしてみると、少しだけ安心できた。


 予定の中に、逃げ道ではなく、優しさを入れる。


 できなかった自分を責めないための一文。


 凛は七海へ送った。


『予定名に入れた』


『天才』


 七海から返ってきて、凛は笑った。


 大学へ向かう電車の中、凛はその予定を何度も見返した。


 来週の水曜日。


 Word入門を一つ見る。できなかったら移動OK。


 小さな予定。


 でも、未来に自分の意思で置いたもの。


 誰かに言われたからではない。


 母に急かされたからでもない。


 就活の不安に追われたからでもない。


 凛が、自分のために置いた予定だった。


 大学に着くと、七海がすぐに言った。


「予定入れた人、おはよう」


「もう知ってるでしょ」


「知ってるけど、直接言いたかった」


 七海は笑いながら、凛の隣を歩いた。


「で、どう? 未来に予定ある気分は」


「怖い」


「うん」


「でも、少し嬉しい」


「いいじゃん」


 凛は頷いた。


 怖いけれど、少し嬉しい。


 最近、そんな感情が増えた。


 母の優しさも、作品を見せることも、働き方を調べることも。


 怖いと嬉しいが一緒にある。


 以前は、その矛盾が苦しかった。


 でも今は少しだけ、同時に持てるようになっている。


 講義中、凛はノートの端に書いた。


『未来に予定を入れることは、未来を信じる練習なのかもしれない。

大きな夢ではなく、小さな三十分。

それでも、私は来週の自分に会う約束をした。』


 書いた瞬間、胸が少し熱くなった。


 来週の自分に会う約束。


 その表現が気に入った。


 予定とは、未来の自分との約束なのかもしれない。


 でも、守れなかったら罰する約束ではない。


 会えなかったら、また別の日に会おうと言える約束。


 そんな予定なら、凛にも持てるかもしれない。


 昼休み、凛はキャリアセンターでもらった資料を図書館で読み直した。


 昨日は怖くて流し読みした部分も、今日は少しだけ丁寧に読める。


 仕事候補の一覧。


 必要なスキル。


 学習方法。


 凛は「学習方法」の欄にあった言葉をメモした。


 無料の講座。


 大学内のパソコン講習。


 図書館の入門書。


 動画教材。


 凛はそれを見ながら、少しずつ考える。


 Word入門を見たら、次は何をすればいいだろう。


 でも、すぐに次を決めすぎると重くなる。


 だから凛は青いノートへこう書いた。


『次の次までは決めなくていい。

まず一つ。

一つできたら、そのあと考える。』


 この言葉も必要だった。


 凛はすぐ、先の先まで考えてしまう。


 Word入門を見る。


 次にExcel。


 次にWeb更新。


 次に求人。


 次に応募。


 次に面接。


 次に失敗。


 そこまで一気に想像して、怖くなる。


 だから、今日はひとつだけでいい。


 来週、Word入門を一つ見る。


 それ以上は、今日の凛が背負わなくていい。


 夕方、凛は『cafe 月灯り』へ向かった。


 真白はカウンターで、静かに本を読んでいた。


 凛が扉を開けると、ベルが鳴り、真白が顔を上げる。


「いらっしゃい」


「こんばんは」


「今日は少し、いい顔してる」


 凛は席に座り、バッグから資料を出した。


「学んでみたいことを一つ決めました」


 真白は本を閉じた。


「おお」


「Wordで文章を整える方法を、来週三十分だけ見ます」


「いいね」


「予定名に、できなかったら移動OKって入れました」


 真白は少し笑った。


「すごくいい」


「七海ちゃんの案です」


「七海ちゃん、いい仕事するね」


 凛も少し笑った。


 真白はココアを作りながら言った。


「Wordを選んだ理由は?」


「作品にも使えるからです」


「うん」


「未来のためだけだと怖いけど、今の作品にも繋がるなら、少し学んでみたいと思えました」


 真白はカップを置きながら、静かに頷いた。


「今の凛ちゃんと、未来の凛ちゃんを繋ぐ勉強なんだね」


 凛はその言葉に、胸が温かくなる。


 今の凛と、未来の凛を繋ぐ勉強。


 本当にそうだと思った。


 就活のためだけではない。


 社会に適応するためだけでもない。


 今、凛が大事に書いている作品を整えるため。


 そして、未来の仕事へ少し近づくため。


 その二つが繋がるから、凛は少しだけやってみたいと思えた。


「私、勉強ってずっと、できない自分を突きつけられるものだと思ってました」


 凛はカップを見つめながら言った。


「でも今日、少しだけ違う感じがしました」


「どんな感じ?」


「未来へ橋をかける感じ」


 真白は優しく笑った。


「いい言葉だね」


 凛は少し照れた。


「作品にも入れました」


「うん。入れた方がいい」


 その夜、家へ帰った凛は、パソコンを開いた。


 今日の出来事を作品に書き足す。


『学ぶことは、できない自分を突きつけられることだと思っていた。

けれど今日、少しだけ違う見方ができた。

学ぶことは、未来へ橋をかけることでもある。

今の私と、未来の私を繋ぐこと。

作品を書いている私と、いつか言葉を扱う仕事に近づきたい私を繋ぐこと。』


 凛は続けた。


『私は、来週の水曜日に小さな予定を入れた。

Word入門を一つ見る。

できなかったら移動OK。

たったそれだけの予定。

でもそれは、私が未来の自分に送った、小さな約束だった。

守れなかったら責めるための約束ではない。

会えなかったら、また別の日に会えばいい約束。

そんな優しい予定を、私は初めて未来に置けた気がした。』


 打ち終えると、凛は深く息を吐いた。


 未来に予定を置く。


 それは、凛にとってまだ怖い。


 でも今日、少しだけできた。


 青いノートを開き、最後に書く。


『私は来週の自分に会う約束をした。

三十分だけ。

できなかったら移動していい。

それでも、未来に小さな橋をかけられた。

怖いけど、少し嬉しい。』


 書き終えると、凛はペンを置いた。


 机の上には、資料と青いノートとパソコンが並んでいる。


 昨日より、未来が少しだけ近い。


 でも、押しつぶされるほどではない。


 手の届くところに、小さな予定が一つある。


 凛はその小ささが、今はありがたかった。


 大きな夢ではなくていい。


 完璧な計画ではなくていい。


 来週の自分に、三十分だけ会いに行く。


 それだけで、今夜の凛には十分だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、凛が初めて「学んでみたいこと」を一つ選び、未来に小さな予定を入れるページでした。


凛が選んだのは、Wordで文章を整える方法。

就活のためだけではなく、今書いている作品にも繋がる学びでした。


未来のためだけだと怖い。

でも、今の自分と未来の自分を繋ぐものなら、少しだけ手を伸ばせる。


凛は来週の水曜日に、三十分だけの予定を入れます。

「できなかったら移動OK」と添えて。


それは、守れなかった自分を責めるための予定ではなく、未来の自分へ送る優しい約束でした。


次のページでは、予定を入れたことで少し前向きになった凛が、作品の中で「働くことが怖い章」をさらに整え、初めて七海にその章を読んでもらう決意をしていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ