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第8話 外堀を埋める、完璧な調査

 復讐の第一歩は、敵を正確に知ることから始まる。


 ウィリアムが私に二度目の不貞を告げた翌日から、私は体調不良を理由に自室に引きこもる生活を装った。お腹の子を守るためという大義名分があれば、夫の接近を合法的に拒むことができる。


「マーガレット、体調はどうだい? 何か食べたいものは……」


「お気遣いなく、ウィリアム様。今はただ、静かに休ませてくださいませ」


 扉越しに聞こえる夫の気遣わしげな声。その裏で、彼が足繁く王都の裏通りへ通い、コリンヌに伯爵家の金を流していることはすべて把握していた。


 何も知らないウィリアムは、自分が「哀れな薄幸の美女を救う高潔な騎士」にでもなったつもりなのだろう。だが、その滑稽な英雄ごっこも、あと数ヶ月の命だ。



 私がベッドの上で優雅にハーブティーを嗜んでいる間、ダグラス伯爵家とシシリー伯爵家が誇る優秀な隠密たちは、王都の闇に潜むコリンヌの「本当の姿」を容赦なく暴き立てていた。


「若奥様、調査報告書を持ってまいりました」


 シシリー家に長年仕える私直属の隠密が、気配もなく室内に現れ、一冊の分厚い革綴じの書類を差し出してきた。

 私はそれを手に取り、ページをめくる。そこに並んでいたのは、ウィリアムの脳内のおめでたいファンタジーを、跡形もなく粉砕する真っ黒な現実だった。


「ふふ……。期待を裏切らない、本当に見事なまでの毒婦ですこと」


 思わず、冷たい笑いが唇から漏れた。



 コリンヌがウィリアムに涙ながらに語った『悪い男たちに無理やり関係を迫られ、脅されていた』という身の上話は、文字通り一から十まで大嘘だった。


 彼女には現在、王都のスラムを根城にする素行の悪い破落戸の情夫がいた。

 それだけではない。驚いたことに、彼女は数ヶ月前から、社交界でも悪名高いある子爵家の当主の「囲い者」――つまり愛人として、王都の一軒家を与えられていたのだ。


「つまり、彼女は現在進行形で子爵家の男に養われ、破落戸の情夫に貢ぎ、その上で、さらに都合のいい金蔓としてウィリアム様を引っ掛けた……というわけね?」


「仰る通りでございます。コリンヌは子爵からの手当てだけでは足りず、情夫のギャンブルの借金を返済するために、かつて騙しやすかったウィリアム様に狙いを定めた模様。再会の件も、偶然を装った周到な待ち伏せであったことが判明しております」



 書類には、コリンヌが子爵の愛人として契約した際の書類の写し、破落戸の情夫と裏路地で抱き合ってウィリアムから巻き上げた金を数えている現場の隠し写真、さらには、二人が「あの伯爵令息、十一年前と全く変わらない馬鹿さ加減でチョロいわ」と笑い合っていたという目撃証言まで、これ以上ないほど緻密に記録されていた。


 ウィリアムは、自分が「唯一無二の愛で結ばれた救世主」だと信じ込んでいる。

 だが現実の彼は、ただの『三番目の男』。それも、最も効率よく大金を毟り取れる、極上の「カモ」に過ぎなかったのだ。



「ウィリアム様が彼女に与えた金や宝飾品は、すべてその日のうちに情夫の酒代と賭博の資金に消えているようですわね」


「はい。ダグラス伯爵家の財産が、王都の底辺の賭博場に流れております」


 あまりの愚かさに、怒りを通り越して哀れみすら湧いてくる。

 一度托卵で破滅しかけたというのに、人間はここまで学習しないものなのだろうか。真面目で優秀という彼の皮を一枚剥げば、そこにあるのは「自分を無条件に頼ってくれる可哀想な女」に依存しなければ自尊心を保てない、あまりにも肥大化した自己愛と愚鈍さだった。



「ご苦労様。この書類の正本は私が厳重に保管します。写しを三部作成して、お父様とお兄様、そしてお義父様へ届けてちょうだい」


「御意に」


 隠密が闇に消えた後、私は机に向かい、集まった証拠を法的に言い逃れのできない形へと整理し始めた。



 ウィリアムがコリンヌに貢いだ金額の目録、伯爵家の資産の横領の証拠、そしてコリンヌの不貞および詐欺行為の証明書。これらすべての書類が完成した時、それはウィリアムとコリンヌの息の根を完全に止める、完璧な処刑宣告書となる。


 お腹にそっと手を当てる。トントン、と確かな胎動が返ってきた。


「大丈夫よ、私のかわいい赤ちゃん。あなたの父親になるはずだった男は、自ら進んで泥沼に飛び込んだ無能な道化よ。そんな男の血も、名前も、あなたには一滴たりとも必要ないわ」



 外堀は、砂の一粒に至るまで完璧に埋まった。


 ウィリアムの後悔と絶望のカウントダウンは、もう始まっている。何も知らない夫は、今夜も笑顔で私の部屋の前にやってくるのだろう。その足が、すでに底なしの地獄へと踏み込んでいることすら気付かずに。




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