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第7話 私は強いので、貴方はいりません

「……分かりましたわ、ウィリアム。ええ、仰る通り。私は強いので、貴方はいりません」


 私が突きつけた冷徹な拒絶の言葉に、ウィリアムは呆然としたマヌケな顔を晒していた。


 まさか私が、これほどあっさりと彼を切り捨てるなど思ってもみなかったのだろう。「君は強いから一人でも大丈夫」という言葉は、彼にとって都合のいい免罪符であり、私が物分かりよく身を引くための呪文だったはずなのだから。



「ま、マーガレット? 何を言って―」


「これ以上、貴方の汚らわしい声を聞きたくありませんの。部屋から出て行ってくださる?」


「汚らわしいって……! 私はただ、困窮しているコリンヌを見捨てられなくて」


「下がれ、と言っているのよ。この愚か者が!」


 氷の刃のような私の声音に気圧されたのか、ウィリアムはそれ以上言葉を続けることができず、逃げるように部屋を飛び出していった。バタン、と大きな音がして扉が閉まる。



 一人残された室内に、静寂が戻る。

 私はそっと、震える手で自分のお腹を抱きしめた。

 

 悲しい? いいえ、そんな安い感情はとっくに消え失せた。


 胸の奥で煮え滾っているのは、ただただ純粋な、漆黒の怒りだ。


 同じ女に、二度。


 一度目の裏切りをあれほど泥塗れになって詫び、私の優しさに縋って復権したくせに、またしても同じ毒婦の安っぽい涙に騙され、今度はあろうことか、妊娠中の妻を裏切った。

 

(よくも……よくも私を、そしてこの子を侮ってくれたものだわ)


 ウィリアムへの愛は、一瞬で完全に冷め切った。灰にすら残らない。


 男の不貞など、貴族の社交界では珍しくもないかもしれない。だが、私はかつて彼を信じ、二度目のチャンスを与えたのだ。その信頼を、これ以上ないほど最悪の形で踏みにじられた。もはや、慈悲を与える価値など塵一つとして残っていない。


「あなたが私を『強い』と言うのなら……ええ、望み通りその強さで、あなたたちを完璧に叩き潰してあげるわ」


 私は深く息を吸い、冷徹な復讐者としての覚悟を決めた。


 泣き寝入りなど絶対にしない。子供が生まれるまでは、刺激を与えぬよう現状維持を装う。そして出産後、すべての事実を公にして、ウィリアムとコリンヌを社会的に、徹底的に断罪する。


 そのためには、まず味方を固め、逃げ場のない完璧な包囲網を築かなければならない。


 私は即座に行動を開始した。


「お義父様、お義母様。夜分遅くに申し訳ありません。どうしても、今すぐお耳に入れたい緊迫した話がございますの」


 私が最初に向かったのは、同じ邸内に暮らす義両親、ダグラス伯爵夫妻の部屋だった。


 突然の訪問に驚きながらも、夜着のまま私を迎えてくれた伯爵夫妻に、私はウィリアムから今さっき告げられた言葉、そして彼の外套から漂うコリンヌの香水の匂いについて、淡々と、しかし克明に事実を報告した。


「な……んだと……っ!?」


 話をすべて聞き終えたダグラス伯爵は、顔を真っ赤に猛らせて、執務机を思い切り叩きつけた。あまりの怒りに、その拳が小刻みに震えている。


 伯爵夫人もまた、信じられないというように青ざめ、怒りと絶望で声を震わせた。


「ウィリアムが、また……あの、あの悪辣な男爵令嬢と!? しかも、マーガレットが私たちの初孫を体に宿している、この大事な時期に……っ! なんという、なんという恥知らずな……!」


「お義父様、お義母様。私は、ウィリアム様を絶対に許すつもりはありません。お腹の子を出産後、正式に離婚いたします。そして、ウィリアム様には二度と立ち上がれないほどの罰を受けていただきます」


 凛とした態度で告げる私に、伯爵は深く、深く頭を下げた。


「すまない、マーガレット……。我が息子ながら、これほどまでの愚者だとは思いもしなかった。十年前、あやつの猛省を信じて籍を戻させた私にも責任がある。……約束しよう。ダグラス伯爵家は、全面的に君と、君のお腹の子の味方だ。あんな愚息、我が家にはもう必要ない。即座に廃嫡の手続きを進める」


「ありがとうございます、お義父様。ですが、廃嫡は出産後、一気に断罪する瞬間まで伏せておいてくださいませ。今動いて、ウィリアム様がヤケを起こし、お腹の子に危害が及ぶのが一番恐ろしいのです」


「分かった、君の言う通りにしよう。体には絶対に障らないようにしなさい。私たちが全力で君を守る」


 義両親の確約を取り付けた私は、その足で自室に戻ると、今度は実家であるシシリー伯爵家へ宛てて密書を認めた。


 宛先は、実家の両親、そしてシシリー家の嫡男であり、現在、王宮の近衛騎士団で要職に就いている、私の頼れる兄だ。


『ウィリアムが二度目の不貞を働きました。相手は十一年前と同じ、コリンヌ・メーンです。出産後に一網打尽にします。お兄様、どうかお力をお貸しください』


 翌朝早くには、実家から凄まじい熱量の返信が届いた。


 特に兄からの手紙には、『我が最愛の妹を二度も侮辱したあの男の首を、今すぐ撥ね飛ばしに行きたい衝動を必死に抑えている。お前の指示通り、出産の瞬間まで牙を研いで待つ。実家の全戦力をもって、あの馬鹿どもを地獄へ叩き落としてやる』と、凄まじい怒りと共に、完璧なバックアップを約束する旨が書かれていた。


 義実家、実家、そして王宮の権力。


 ウィリアムが「コリンヌを今度こそ守る」などと身勝手な感傷に浸っている間に、彼の退路は、実の親と妻の手によって、音もなく完全に塞がれたのだ。


 逃げ道のない完璧な檻。その中で、何も知らぬ哀れなピエロたちは、ただ破滅の時を待つことになる。


「さあ、始めましょうか」


 朝の光を浴びながら、私は冷たく微笑んだ。


 マーガレット・シシリーの完璧なる復讐劇が、ここに幕を開けた。



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