第11話 愚者への審判と、二度目の裏切り
「嘘だ……嘘だ、こんなの嘘だッ! コリンヌが私を騙していただなんて……! あの涙も、私を慕う言葉も、すべて作り話だったというのか!?」
床に這いつくばったまま、ウィリアムは狂ったように頭をかきむしり、叫び声を上げた。
書類に並ぶ生々しい証拠の数々――コリンヌが子爵の愛人として囲われている家の契約書、スラムの情夫と腕を組んで笑う隠し写真、そして何より、ウィリアムから毟り取った金で情夫が賭博に興じていた精算書の写し。それらが、彼の哀れな英雄妄想を容赦なく叩き潰していた。
「目を覚ましなさい、ウィリアム。貴方は『今度こそ可憐な彼女を救う騎士』になったつもりだったのでしょうけれど、現実の貴方は、ただの都合のいい三番目の男。それも、一番騙しやすくて金払いのいい、極上の『カモ』だったのよ」
私が冷ややかに言い放つと、ウィリアムは幽霊でも見たかのように真っ青になり、ガタガタと顎を震わせた。
「マーガレット、私は……私はただ、彼女が可哀想で……。コリンヌは、君のように強くないから、私が支えてあげなければと……」
「まだその見苦しい言い訳を口にするか、この大馬鹿者がッ!!」
ダグラス伯爵の怒号が、再びサロンの壁を震わせた。伯爵は床に転がる我が子を、心底汚らわしいものを見るような目で見下ろし、冷酷な宣告を下す。
「同じ女に二度騙され、挙句の果てに、我が家の資産を泥棒猫とその情夫の博打のために貢ぎ込んだのだぞ! しかも、マーガレットが命がけで我が家の初孫を産もうとしていたこの時期にだ! ダグラス伯爵家に、これほどの愚か者はいらん!」
「ち、父上! お待ちください、私はダグラス家の跡取りで――」
「跡取りだと? 笑わせるな。お前のような無能に継がせる領地などない! お前は本日をもって正式に廃嫡とする。籍からも除名だ。今すぐその衣服を脱ぎ捨て、我が家から叩き出せ!」
廃嫡、そして一族からの完全な放逐。
十一年前、一度目の婚約破棄の際にも突きつけられた絶望が、今度はさらに重い現実となってウィリアムの頭上に突き刺さる。当時はまだマーガレットの「婚約者候補」に戻る蜘蛛の糸があった。だが、今回は本当の終わりだ。
「そんな……嘘だ、マーガレット! 助けてくれ、マーガレット! 君は優しいから、私を許してくれるだろう!? 君なら、私を救ってくれるはずだ……っ!」
ウィリアムは床を這い、なりふり構わず私の靴へ縋り付こうと手を伸ばした。
――だが、その手が私に届く前に、鋭い革ブーツの底がウィリアムの手首を容赦なく踏みつけた。
「がぁっ……!?」
「兄上、いや、哀れな裏切り者か。二度とマーガレットにその汚い手を伸ばすな」
冷徹な声を響かせ、ウィリアムを見下ろしたのはセバスチャンだった。彼は騎士としての冷徹な眼差しで、兄であった男を踏みつけ、一切の容赦なく言い放つ。
「お前がコリンヌに流した金は、ダグラス伯爵家の公金、およびマーガレットの持参金の一部だ。これは明確な『横領罪』および『背任罪』に当たる。大人しく近衛騎士団に連行されるがいい」
セバスチャンが合図を送ると、サロンの扉が開き、護衛騎士たちが次々と入ってきた。私の兄が事前に手配していた、シシリー家直属の精鋭たちだ。
「さあ、お前の大好きなコリンヌのところへ連れて行ってやる。安心しろ、あいつらもすでに全員、捕縛済みだ」
兄が冷たく微笑みながら告げた通り、復讐の網はコリンヌとその情夫たちをも同時に捕らえていた。
私たちが用意した完璧な証拠書類は、すでに王宮の法務官へと提出されていた。伯爵家の公金を騙し取った詐欺罪、恐喝罪、そしてパトロンである子爵を裏切った背任行為。コリンヌは、ウィリアムから金を毟り取っていたまさにその隠れ家で、スラムの情夫と共に騎士団に踏み込まれ、一網打尽にされたのだ。
さらに、彼女を囲っていた子爵もまた、ダグラス家とシシリー家という二大有力貴族を敵に回した恐怖から、コリンヌを即座に切り捨て、彼女の悪事をすべて証言する側に回った。
「嫌だ! 離せ! 私は被害者だ! ウィリアム様が勝手に金をくれたのよ!」
牢の中でそう狂ったように叫ぶコリンヌの可憐な面影は、今や完全に消え失せ、ただの醜悪な犯罪者の顔しかなかったという。彼女とスラムの情夫には、極刑に近い重罪、あるいは一生物の強制労働刑が下されることが確定していた。
「コリンヌ……コリンヌ、君は、また、私を裏切っていたのか……っ。ああああっ!」
騎士たちに両腕を掴まれ、引きずられていくウィリアムは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、絶望の叫びを上げていた。
家柄も、地位も、名誉も、そして自分を心から愛してくれた最強の味方であった妻も。すべてを自らの愚かさで失い、ただの犯罪者として冷たい地下牢へと連行されていく。これ以上ない、完璧な「ざまぁ」の瞬間だった。
バタン、とサロンの重い扉が閉まり、静寂が戻る。
私はそっと胸に手を当て、深く息を吐き出した。
十四歳のあの日、初恋を無残に切り捨てられた少女の無念は、今、二十五歳になった私の手によって、完璧に晴らされたのだ。
「終わったな、マーガレット」
セバスチャンが静かに歩み寄り、私の肩を優しく抱きしめた。その手の温もりが、私の冷え切った復讐の心を、今度こそ完全に溶かしていくようだった。
「ええ。本当に、すべて終わったわ。……ありがとう、セバスチャン」
愚者たちへの審判は下り、彼らは二度と這い上がれない奈落へと落ちていった。そして私たちの前には、あの暗闇の檻を抜けた先にある、光に満ちた新しい未来が広がっていた。




