57話 鴨川
翌朝、私は早い時間にホテルを出た。
空は曇っている。
京都の冬は、思っていたより静かだった。
スマホを見る。
雪から新しい連絡はない。
『鴨川』
昨夜送られてきたその一言だけが残っている。
私は駅前で少し迷い、
結局、川沿いを歩いて探すことにした。
どこにいるのか分からない以上、
動くしかない。
鴨川へ出る、広かった。
思っていたよりずっと広い。
川の流れる音が、街の中に続いている。
私は川沿いを北へ歩き始めた。
下鳥羽のあたりから、
ただひたすら川を辿る。
風は冷たい。
だが歩いているうちに体は温まっていった。
ジョギングをしている人。
犬を散歩させている老人。
学生らしい集団。
だが、その中に雪らしい姿はない。
私は何度もスマホを確認する。
通知は来ていなかった。
昼を過ぎる。
コンビニで適当にパンと缶コーヒーを買い、
川辺のベンチで食べた。
水面を見ながら、
私は小さく息を吐く。
「本当にいるのか」
その考えが、
また頭をよぎる。
ここまで来ても、
私はまだ雪を現実として捉えきれていなかった。
存在している。
会話もしている。
それなのに、
実感だけが薄い。
食べ終え、
私は再び歩き始めた。
川はずっと続いている。
街並みも少しずつ変わっていく。
観光客が増え、
古い建物が見え始める。
だが、雪はいない。
途中、私は一度だけメッセージを送った。
『どこにいますか』
既読はついた。
返事は来なかった。
私はスマホをポケットへ戻す。
試されている。
そんな感覚だけが続いていた。
夕方になる。
空が少し暗くなり始め、
川面が鈍く光っていた。
歩き続けたせいで、
足に疲れが溜まっている。
それでも私は止まらなかった。
ここまで来て、
引き返す気にはなれない。
むしろ歩いていないと、
不安が大きくなる気がした。
雪は何を考えているのか。
なぜ私を呼んだのか。
なぜ、
私の未来を知っているのか。
川沿いをさらに北へ進む。
周囲の空気が少し変わった。
人が増えている。
学生らしい声も聞こえる。
やがて、
飛び石の並ぶ場所が見えてきた。
私は足を止める。
鴨川デルタ。
たぶん、ここだった。
空はもう暗くなり始めている。
川の音だけが静かに響いていた。
私は周囲を見渡す。
人影はいくつかある。
だが距離が遠い。
その時だった。
向こう岸。
飛び石の先に、
一人の女が立っていた。
黒いコート。
長い髪。
こちらを見ている気がした。
私は動きを止める。
距離がある。
顔までは見えない。
だが、なぜか分かった。




