41話 最初の一歩
次に訪れたのは、その翌日だった。
同じ道を歩いているはずなのに、昨日とは少しだけ感覚が違う。
場所を知っているというだけで、足取りが迷わない。
風景も、ただ通り過ぎるものではなくなっていた。
門の前で足を止める。
一度だけ息を整え、それから声をかけた。
「すみません」
少しして、昨日の男性が姿を見せる。
「来られましたか」
落ち着いた声だった。
昨日と同じ調子だが、わずかに間が短い。
「はい。昨日はありがとうございました」
頭を下げると、男性は小さく頷いた。
「どうぞ」
それだけ言って、中へ戻る。
私は後を追う形で敷地に入った。
作業場に入ると、空気は昨日と同じだった。
だが、初めてではない分だけ、戸惑いは少ない。
男性はすでに手を動かしている。
私は少し離れた位置で、その様子を見る。
しばらくして、足元に落ちている桑の葉が目に入った。
端に寄せられているが、まだ片付けられてはいない。
一瞬だけ迷う。
勝手に触れていいものか分からない。
それでも、何もしないまま立っているよりはいいと思った。
「あの、これ……運んでも大丈夫ですか」
声をかける。
男性は手を止めずに、こちらを見る。
「ええ。そこの箱に入れてください」
短い指示だった。
「わかりました」
私は葉を拾い、言われた箱へと運ぶ。
量は多くないが、繰り返していると自然と手が動いてくる。
作業場の中は静かだった。
音は、葉の擦れる音と、かすかな動きだけ。
しばらくして、男性が言う。
「昨日より動きがいいですね」
不意の一言だった。
「そうですか」
思わず手を止めそうになるが、そのまま続ける。
「多少は慣れたのかもしれません」
そう答えると、男性は小さく頷いた。
「無理に動かなくてもいいですが、何もしないよりはいいです」
言い方は淡々としているが、拒まれてはいない。
「はい」
そのまま作業を続ける。
やっていること自体は単純だった。
だが、どこまでやっていいのかを測りながら動くのは、思っていたよりも気を使う。
それでも、昨日よりは確実に中に入っている感覚があった。
しばらくすると、男性が手を止める。
「今日はそのくらいで大丈夫です」
「はい」
私も手を止める。
外に出ると、少し風が出ていた。
作業場の中よりも、空気が軽い。
「続けて来られますか」
昨日と同じ言葉だった。
だが、意味は違って聞こえた。
私は少しだけ考えてから答える。
「もしご迷惑でなければ、明日も来たいです」
はっきりと言う。
男性は一度だけこちらを見て、頷いた。
「構いません」
それだけだった。
だが、十分だった。
「ありがとうございます」
頭を下げる。
門を出て、道に戻る。
来た時と同じ道のはずなのに、帰りの足取りは少し軽かった。
まだ仕事ではない。
ただ通っているだけかもしれない。
それでも、昨日までとは違う。
“来てもいい場所”になった。
その感覚を確かめるように、私はゆっくりと歩き出した。




