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4GB USB 〜29歳既婚者が過去に戻って一攫千金を狙ったけど現実は結構厳しそう〜  作者: ナカモリトマト


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40話 養蚕

 案内された座敷は、外から見た印象よりもずっと整っていた。

古い家ではあるが、手入れが行き届いている。畳の匂いと、わずかに混じる桑の葉の青い香りが残っていた。

男性は先に座り、私にも座るように促す。


 「どうぞ」


 「失礼します」


 向かい合う形になる。距離は近すぎず、遠すぎない。自然な位置だった。

少しの間、沈黙が続く。

無理に話を切り出す空気ではない。

相手の出方を待つ。

やがて、男性が口を開いた。


 「養蚕に興味があると」


 「はい」


 短く答える。


 「きっかけは?」


 視線は穏やかだが、言葉はまっすぐだった。


 「この町を見て、落ち着いていると思いました。その中で、続いている仕事を知りたくて」


 嘘ではない。ただ、全部でもない。

男性は小さく頷いた。


 「実際に見てどうでした」


 「思っていたよりも細かい仕事だと感じました。毎日見ないといけないという話も聞きました」


 さっきの場所で得た情報を、そのまま返す。


 「そうですね」


 男性は少しだけ表情を緩める。


 「単純な作業に見えるかもしれませんが、放っておけない仕事です」


 「はい」


 そこは素直に頷いた。

間が空く。次に何を言うかを測っているようだった。

私は一度だけ息を整えてから口を開く。


 「経験はありません。ただ、北海道にいた頃に、田植えの手伝いはしていました」


 男性の視線がわずかに動く。


 「田植えですか」


 「春先に入って、苗の準備と植えるところまでです」


 補足すると、男性はゆっくりと頷いた。


 「それなら、手を動かすこと自体には慣れていそうですね」


 「多少は」


 大きくは言わない。


 「養蚕はまた別ですが.......」


 「はい」


 その言葉は否定ではなかった。距離を測るための確認に近い。

男性は湯のみを手に取り、一口だけ飲む。それから、こちらを見た。


 「さっき名前を伺いましたが」


 「はい」


 「昔、この辺りに同じ姓の方がいました。もうだいぶ前ですが」


 静かな口調だった。

私は何も言わず、続きを待つ。


 「直接の関係があるかは分かりません。ただ、珍しいわけでもない名前ですから」


 そこで言葉を区切る。

期待させるでも、切るでもない距離だった。


 「そうですか......」


 それ以上は踏み込まない。

男性は少しだけ考えるように視線を落とす。


 「今すぐ仕事になるかと言われると、簡単ではありません」


 はっきりとした言い方だった。


 「はい」


 予想はしていた。


 「ただ」


 そこで一度、言葉が止まる。


 「見るだけなら、もう少し続けても構いません。作業の邪魔にならない範囲でですが」


 完全な受け入れではない。それでも、外ではなかった。


 「ありがとうございます」


 自然と頭が下がる。


 「いきなり入る仕事ではないので。まずは見て、判断した方がいい」


 「はい」


 その通りだった

立ち上がり、作業場の方へ案内される。さっき見た場所よりも広く、棚の数も多い。蚕の動きは静かだが、数が増えるだけで空気の密度が変わる。

男性は手を動かしながら言う。


 「朝と夕方で様子が変わります。時間帯によってやることも違う」


 説明は簡潔だったが、実際に見ながら聞くと理解しやすい。


 私は少し離れた位置で、その様子を目で追う。

無理に話しかけない。ただ、見る。

しばらくすると、男性がこちらを見る。


 「今日はこのくらいにしておきましょう」


 「はい」


 外に出る。空気が軽くなる。


 「また来ますか」


 確認のような言い方だった。


 「はい。来てもいいのであれば」


 「構いません」


 短い返事だった。

私は頭を下げる。


 「ありがとうございます」


 門を出て、道に戻る。

完全に決まったわけではない。それでも、昨日までとは明らかに違う。

外から見るだけの場所ではなくなった。


 振り返ると、作業場の屋根が見える。


 私はそのまま、来た道をゆっくりと戻り始めた。

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